おともだちができました
ダンデハイム家のお茶会から数日。ネルベネス家からの正式な招待状が届き、私たち親子は今、件のお屋敷まで来ていた。
「我が家へようこそお出でくださいました。…サロンで少しお待ちください。
すぐに娘を呼んでまいりますわ」
ネルべネス夫人――イリーニャ――に歓迎され、感じの良いサロンへと案内された。
「ライラ様とナハディウムさんはお紅茶でよろしい?
…ナターシャさんはジュースが良いかしら?」
「いえ、お母様たちと一緒で構いません」
はっきり返すと、夫人は目を丸くした。
「ナターシャさんは本当に大人びているのね。…うちの子が幼いのかしら?」
「いいえ、うちの子が少々特殊なのよ、気になさらないで」
「そうですか…。では、皆様にお茶を出して差し上げて。
…私は一度失礼しますわね」
てきぱきと使用人に指示を出して、イリーニャは娘を呼びに退室していった。
「兄様、私、失敗しちゃったかしら?」
「ナターシャは何も悪くないから大丈夫だよ」
ぽそっと呟いた私を兄様は優しく撫でてくれる。
「うふふ、シルビアさんはどんなお嬢様かしらね。
仲良くなれると良いわね、ナターシャ」
「はい!」
陽光降り注ぐサロンで出されたお茶を飲みながら待つこと暫し。
部屋の外から何やら慌てたイリーニャの声と、軽い足音が小走りで近付いてきて―――
―― バ ン ッ !!
勢いよく開いた扉から小さな女の子が飛び出してきた。
ネルベネス夫人と同じ薄い水色でふわふわの髪が背中で踊り、眦がやや上向いたエメラルドの大きな瞳はキラキラと好奇心をいっぱいに湛え、柔らかそうな白い頬はバラ色に上気して――走ってきたからだろう――いる。真っ赤なドレスが勝気な雰囲気に良く似合っていた。
小さなご令嬢は部屋内を首ごとぐるりと見渡して私を見つけると、一目散に私の前に駆け寄り、
「あなた、なまえは?シルビアがおともだちになってあげるわ!!」
子ども特有の傲慢さで言い放った。
遅れてやってきた夫人が青い顔で額に手を当てている。
何やらニヤニヤと様子を窺っている母様と兄様に軽く嘆息して、私はふかふかのソファから降りニコリ、
「初めましてシルビア様。ナターシャと申します。本日はお招きにあずかり光栄です。」
優雅にカーテシー。
シルビアは面食らい、私の振る舞いに大きな目をぱちくりしている。
「シルビア、あなたもご挨拶なさい。…練習したでしょう?」
ネルベネス夫人が呆れながら娘を促すと、今思い出しましたとばかりに
「シルビアです。はじめまして。」
ぎこちない動きでシルビアが礼をとった。
「ナターシャさん、不躾にごめんなさい。
…この通りうちの子はまだまだ礼儀作法の勉強中なのだけれど、仲良くしてくれるかしら?」
「勿論です、イリーニャ様。
シルビア様、改めましてナターシャです。是非私とお友達になって下さい。」
そう言って手を差し出すと、シルビアの笑顔が咲いた。
「きなさい!あなたにおにわをあんないしてあげる。とくべつよ!!」
言うが早いか私の手首をむんずと掴み、問答無用で引っ張り歩いていく。
若干の焦りとともに母様を見上げると、生暖かい微笑の家族+イリーニャは助ける素振りもなく、ひらひら手を振って私たちを見送ってくれた。
(ど、ドナドナ~~~~~~!)
上機嫌で屋敷を進むシルビアに屋敷の使用人たちが慌てて道を譲る。
4歳児に怯える風の使用人たちを見て、この家での彼女の様子を何となく想像できた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
▶『シルビア・ネルベネス』
ステラのライバルポジション。
ネルべネス公爵家の姫で、誇り高く負けず嫌い。生粋のお嬢様故に庶民であるステラに冷たくあたる。
攻略対象である第二王子に憧れている婚約者候補の一人。
ステラが第二王子攻略ルートに入ると宣戦布告され、ライバルと称して事ある毎に対峙してくる(ステラ次第で和解イベント有)
父が宰相であることを笠に着ており、我を通そうとする我儘な部分も持ち合わせている。
ステラとの友好度が上がらないまま第二王子とステラの親密度が上がると、宰相補佐の父を持つナターシャを脅して協力させ、ステラを失脚させようと画策する。その際取り巻きに良い様に操られ罪を犯し、責任を取らされたネルべネス家共々没落していく。
(―――という設定だったわね。)
私は現在ネルべネス家の中庭で頭に生花を挿されまくっていた。
「ねぇ、いい加減花が可哀想だからやめない?」
15本目の花を手折ろうとしていたシルビアに堪らず言い放つ。その物言いが気に食わなかったようで、全然怖くない顔で睨んできた。
「あなた、わたしにもんくがあるの?」
「え、あるけど?」
「なっ!?なまいきよ!!
わたしをだれだとおもっているのっ!!」
「シルビア・ネルベネス様。」
「そうよ!!なら、わたしのめいれいにしたがいなさい!!」
「え、ヤダ。」
信じられないモノを見たとばかりの驚愕を顔面に貼り付けて、私の言が飲み込めたシルビアがブルブルと震え出した。ゆでダコのように真っ赤になって、眦に涙を浮かべている。
「ぶ、ぶれいものっっ!!!!」
泣き喚く寸前の危うさでシルビアが怒鳴った。
(…なるほどねぇ。)
イリーニャが手を焼いているのはこういうところか。子どもの癇癪とは瞬間湯沸かし器のようなもので、大人にとっては理解しがたい。
でも、子どもには子どもなりの理屈が存在していると、身近で幼い甥っ子と触れ合っていた私は学んでいた。
「ねぇシルビア様。
シルビア様は私とお友達になったのでしょう?」
「そうよ、なってあげたの!」
「友達っていうのは、命令なんてしないのよ。」
「……そうなの?」
きょとんとシルビアが私を見てくる。
「楽しい事も、悲しい事も、嬉しい事も、嫌な事も、一緒に分けるの。
それが本当のお友達なのよ。
私はシルビア様のお友達になったのだから、貴女の事を助けるわ。
だから、シルビア様が間違ったらちゃんとダメって言うの。」
「お友達だからね」と続けて彼女の両手を包んでにっこり笑った。
シルビアは私の顔と、包まれた両手を交互に見返して必死に考えている。うんうん、おばちゃんは待ってるからしっかり自分の頭で考えなさい。
「…おはなをとっちゃだめなの?」
おずおずと切り出してきた。私はそれにしたりと笑む。
「このお花は、この後どうするの?」
私は頭を指さす。
「ナターシャにあげる。」
「そうだね。でもこのままじゃお花はすぐに枯れてしまうのよ。
お花だって生きているのだから、こんなに奇麗に咲いているのにすぐに枯らしちゃ可哀想だと思わない?」
「……おもうわ。」
「じゃあ、私が言ったこと、分かるでしょ?」
「はい。……ごめんなさい。」
(やだ、この子!ちゃんとごめんなさい出来るじゃない!!
か~わ~い~い~!!!!!)
しゅんと項垂れるシルビアとホクホク顔の私。
「でも、私の為にお花をとってくれたのはとっても嬉しかったわ!
ありがとう、シルビア様!!」
その言葉にパッと笑顔を咲かすシルビア。子どもってホント百面相だわ。…私も見た目は子どもなんだけどさ。
ゲーム設定からも分かるように、シルビアは箱入りのお嬢様故、良くも悪くも素直なのだ。イベントの殆どもステラに対して正々堂々と向かっている。そんな憎めなさから和解シナリオが用意された。そして、ある意味おバカな為、傀儡バッドエンドが存在出来たという。
(…この素直さはいい方向に伸ばしてあげたいわね。)
「シルビア様、私喉が渇いたので、そろそろお母様たちのところへ戻りましょう。」
「し、しょうがないわね!おともだちのおねがいだからきいてあげるわ」
「ふふ、ありがとう」
私たちは仲良く手を繋いで皆の待つサロンへ歩き出した。
「次は私の家に遊びにおいで」と言うと、シルビアはソワソワモジモジ嬉しそうに「そ、そうね。あしたはどうかしら」なんて言っている。大層可愛い。
そんな可愛いシルビアの為に、サロンに戻ったら一騒動起こそうと私は心に決めた。