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変わらないもの、変わっていくもの。

 勝手知ったる王宮の王族プライベートスペース。

 私は兄様と一緒にラルフの部屋に向かっていた。


「ラドクリフ殿下、ナハディウムが参りました」

「入れ」


 短いやり取りの後、ラルフ個人の談話室へと入っていく。応接セットにゆったり腰かけているのはこの部屋の主、ラドクリフ・クロムアーデル第一王子殿下だ。

 私も一年ほど姿を見ていなかった彼は、兄様同様第二次成長期の恩恵を十分に受けたようだった。

 聞きなれない男の人の声。凛と通るその声音はラルフによく似合っていた。

 私は兄様の背中から身体をずらし、成長したラルフをまじまじと観察。

 中性的な線の細い面立ちはそのままだが、意思の強く宿った碧い瞳から頼もしさが感じられる。俯き加減の睫は影が落ちるほど長く密度があり、どこか神秘的な魅力の美青年がソファーでゆったり足を組んでいた。

 不躾な視線を感じ取ったのか、ラルフが訝しげにこちらを向いた。


「っ!!?ナターシャっっ!!!!??」


 ガタンと音を立てて立ち上がったラルフが瞳を大きく見開いて私を見やった。


「お久しぶりね、ラルフ」


 そんな彼ににっこり笑いかける。次いで正式な礼をとった。


「ラドクリフ第一王子殿下、この度は正式な立太子、誠におめでとうございます」

「――っ……」


 言葉を飲み込んだナハトの顔が歪む。私は意味が分からず気まずげに兄様を見上げたら、とっても良い笑顔を返されてより困惑……。


「ほら、バカ王子!俺の可愛い妹が困ってるだろ。変な顔するのをヤメロ」


 え!?あの、兄様!!?兄様がとてつもなく見下した視線を浴びせているのって王子様ですよ!次期国王様ですよ!!


「ウルサイ!!この小姑っ!!変な顔とは何だ、美しいの間違いだろっ!!」

「はぁ…。視力まで落ちてしまったのですか?嘆かわしい……」

「お前ホントに私の従者なのかな!!?チェンジっ!!チェーンジっっ!!!」


 喧々囂々言い合う二人を茫然と眺めながら、寄宿学校の同室で過ごした三年間は確かに彼らの親密度を上げたようだと自分に言い聞かせ続けた。


 ――――――…。

 ――――――――――……。


 うん。私が口喧嘩の原因故我慢してたけど、いつまで言い争ってるのかな?このボンクラ主従どもは……?堪らず引き攣る口の端、私はたっぷり息を吸い込み両足を開いて踏ん張ると、腰に両手をあてて目の前の兄様たちを睨みつけた。


「二人とも、いい加減にしなさいっ!みっともないっっ!!!!」


 滅多に荒げぬ声を張り上げたのが効果覿面だったのだろうか?


「「はいっっっ!!!!!!」」


 折り目正しくきっちりと返事をした二人が整列敬礼した後深々と頭を下げた。


「「すみませんでしたっっ!!!!」」


 その息の合った動作に目を見張り、すぐに可笑しさで吹き出してしまった。

 クスクスと笑いを堪えていると、ワザとらしく咳払いをしたナハトが私を促す。


「んんっ!……取りあえずお茶にしようか?」


 バツの悪そうなその表情が可笑しくて、私は更に破顔したのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……まとめると、開花日に立太子の公布、翌日が立太子の儀にお披露目パレード、【花1-1の週】は王都中でお祭り続きって感じかしら?」

「ああ、それで合っているよ。」


 そうして【花1-7】の夜に晩餐会が催されそのまま舞踏会となるらしい。毎年恒例のデビュタントたちのお披露目だ。ナハトとラルフもこの舞踏会で社交界デビューする。


(貴族学園の入学生たちは全員参加のイベントなのよね……)


 私も16歳になったら貴族学園の入学式の後、この舞踏会に参加する事でいよいよ『星姫』の世界が動き出すはず……。


(それにしても、兄様たちが貴族学園に行かないなんて……)


 私は横目で二人を盗み見た。

 私の記憶では、彼らは寄宿学校卒業後そのまま貴族学園に入学、卒業することで数々の伝説を後輩たちに残す予定だった。その伏線からナハトが学園にOBとして現れ、隠しキャラルートが解放されるはずなのに。


(……以前、シチュエーションを変えて補完されたみたいに、何処かでイベントが変更されるって事?)


 これはく~ちゃんの未来にも大いに関係してくる為、ここ数日私の頭を悩ませていた。


(……でも考えても解らないんだから、切り替えなくっちゃね!)


 両手で包んだティーカップを口に運び、良い香りのする琥珀色の水面を眺めた。嚥下した香気が胃の腑をじんわり温めていく。ほぅ、という軽い嘆息と共にカップをテーブルに置くと、ほんの少しだけ身体を伸ばしながら天井を向いた。


「……社交界、かぁ」


 伸びながら漏れた言葉に兄様たちが反応した。どうしたの?と視線で問いかけられ苦笑を返す。


「ほら、私も来年からお茶会のホストになれるでしょう?……母様が張り切ってるから、きっと早い内に開かれると思うの。その……大変そうだなって思って……」

「何だそんな事か。大丈夫、ナターシャなら何も問題ないよ」


 相変わらずのだだ甘な兄様は根拠なく麗しい微笑を湛え、


「ナターシャのデビュタント……ファーストダンスの予約は可能なのか……」


 ラルフはよく分からない独り言をブツブツ呟いていた。


「……良かった。思ってたより平気そうなのね」


 私がラルフにそう言うとキョトンとされた。


「立太子。前に不安そうにしていた事があったでしょう?……一応心配してたんだけど」

「ああ、成程。」


 記憶を探し当てたのかラルフが苦く笑った。


「……私が不安なのは立太子される事じゃないからね。王太子になるべく研鑽してきたのだから、現状に不満はないよ。」

「じゃあ、何が不安なの?」

「ん~……、早々に婚約者を作らなきゃいけないこと、かな」

「婚約者……」


 そうか、王太子の婚約者とは未来の国母も等しい存在。個人の感情でどうこうなるものじゃないのだ。二十歳前には結婚が当然の世界だからこそ、眼前に迫った見合いは不安要素だろう。それも政略最高峰の相手だ。確かに舞踏会で遊んでいる場合では無いかも知れない。あれ?そしたら兄様は?王太子の側近でダンデハイム伯爵家の跡取り。間違いなく縁談わんさかよね?私、未来のお義姉様は優しい人が良いなぁ。しっかりと兄様を支えて下さる方でなきゃ!でもでも、兄様には政略じゃなくて、ちゃんと好きになった人と結ばれて欲しい。だって幸せになって欲しいもの!ラルフは好きな人探すことも出来ないのか…。そりゃあ不安にもなるよね……


 ―――思考の渦に没頭する私に意味深な視線を投げかけていたラルフは、それを全く受け取って貰えずにガックリと肩を落とした。


「ナターシャはそのままでいて良いからね」


 馬耳東風の妹に優しく笑みかけ、ナハトはラルフを鼻で嘲笑った。


「私の人生で最も不幸な事は、ナハトが一番の側近だという現実だよ」

「奇遇ですね。俺もラルフが主人なんて信じたくないですよ」


 ウフフフフフと見た目だけは綺麗な笑顔で牽制し合うブリザードが猛吹雪く中、全くそれに気づかない少女は己の思考に囚われたまま。


 何とも混沌(カオス)な談話室内で、すっかり慣れっこの侍従たちだけが淡々とお茶を入れなおしていくのだった。

ナハト兄様はすっかり一人称使い分けが定着した模様。

公の場→わたし

通常→俺

家族の前→僕

…ややこしいなぁ、もう。

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2020/6/26
あの、中年聖女がリターンズでございます!
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今日も元気だビールが美味い!~夏といえばビールでしょ~

+++

こちらも引き続きよろしくです☆

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