初めてのお茶会
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麗らかな午後。
マナー講師からの芳しい報告を受けた母――ライラ――が幼い娘の様子を見る為に、サロンで親子だけのささやかなお茶会を催してくれた。
「ほら、お母様!
ナターシャはもう立派なレディでしょ?」
「本当ね!どこに出しても恥ずかしくない淑女だわ!!」
私はここぞとばかりにマナー講座で身につけたスキルを遺憾無く披露する。母の表情を見るに、どうやら合格を貰えたらしい。
サロンでニコニコと寛ぐ母子。
可愛らしい焼き菓子に手を伸ばして頬張りながら、ナターシャは凛としながらもお日さまのような温かさのあるライラをまじまじと見つめた。ナターシャと同じバラ色の髪が日に透けて赤金色に煌き、ナハトと同じ金眼は優しく細められている。
(…お母様はいつ見てもお綺麗だわ)
娘ながらつい見惚れてしまう。ライラは派手さはないものの、陽だまりを彷彿とさせる優しい美貌の持ち主だった。生まれた時から今生の母を見てきて、優しいライラが大好きになっていた。
ダンデハイム家の両親は基本的に親バカの気があるけれども、永らえてきた歴史ある伯爵家の当代としての責務はきっちりこなしている有能な面も持っている。
父は領地経営に加え宰相補佐として忙しく参内し、母はそんな父――エルバス――を支えつつ社交界の重鎮として咲き誇っていた。
そんなライラはこの機会に娘の社交能力を厳しくチェックしていたのだが、卆なくこなしてみせたナターシャに心から感嘆する。
「それにしても……我が家の子たちは優秀すぎるわね。
…これはちょっと、ご婦人方に自慢しちゃおうかしら!」
何気なく零した母の言葉が本気も本気100%だったのだと知るのは10日後のことである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「まぁまぁ皆様、ようこそお出で下さいました。
どうぞごゆるりとお寛ぎくださいね。」
サロンの方向から母の声が届く。
朝からやたら入念に侍女たちに飾り付けられたと思ったら、サロンから開け放たれた中庭でガーデンパーティが催されていた。先日の有言実行とばかりにライラがお茶会の招待状をばら撒いたらしい。
入念に手入れされた中庭には季節の花々が美しく咲いているが、それに負けないくらい色とりどりのご婦人がたが華やいで、
(…ま、眩しい……
これがお茶会なのかぁ……)
初めて目の当たりにする貴族文化に、庶民歴36年の精神が気おくれし過ぎて埋まりそうだ。
「ナターシャ、こっちにおいで」
「兄様……。」
「母様に呼ばれたから一緒に行くよ。逸れない様に……はい、」
差し出された手に迷いなく小さな手を重ねる。
「お嬢様、エスコート致します」
冗談めかして令息らしい礼をしたナハトに
「お願いいたしますわ」
クスリと笑って乗り返した。
堂々とドレスの海を泳ぐ小さな紳士とレディを見て、ご婦人たちが喜色を浮かべ、何か囁いている。
見事母の元まで辿り着くと、適度な距離で立ち止まった兄妹は
「母様、お呼びとの事で。ナハディウムが参りました」
「お母様、ナターシャも同じく。本日もご機嫌麗しゅう存じますわ」
そろって紳士淑女の礼をとった。
「二人とも、よく来ましたね。今日は大切なお友達がたくさんいらしているの。
母様と一緒にご挨拶してちょうだい」
「「はい、(お)母様」」
私たちの大人びた様子に、ライラが扇子の後ろでにんまり笑った気配がした。満足げに子供たちを引き連れて招待客たちに話しかけていく。その度に私たちも挨拶をしてはご婦人がたの好奇の的になった。
「さすがライラ様のお子様ね」「うちの子も見習わせたいわ」賞賛の言葉を浴びるたび、母様の機嫌が右肩上がりで増していく。
どの位そうしていただろうか?この中で一番体力値の低い私がへばり出した頃、そのご婦人は現れた。
「ご機嫌ようライラ様。本日はお招きありがとうございます」
薄水色の波打つ髪はサイドを編みこみに。エメラルドの瞳が冷やかにツンとした印象のほっそり美人が流れるような礼をとった。
柔和な笑みを浮かべる事で地顔の冷たさが薄らいでいる。
「まぁ、イリーニャ様!来ていただけて嬉しいわ。
紹介するわね、私の子でナハディウムとナターシャよ。」
「うふふ、はじめまして。
私はイリーニャ・ネルベネス。」
「ダンデハイム家長男のナハディウムです。」
「娘のナターシャです。…はじめまして」
兄妹は優雅に礼を返した。
全然初めまして感の無いご婦人は『ネルべネス』と名乗りました?既視感半端ないんですけど、この美人…。
「お二人ともしっかりしていて素晴らしいわね、ライラ様も鼻が高いのではなくて?」
「本当に。出来た子たちでとても助かっていますわ」
「うちにも娘がおりますが、とても比べられないわね。
ねぇ、ナターシャさんはおいくつ?」
ライラが私に答えるよう視線で促してきたので、軽く頷いて口を開いた。
「4つになりました」
「まぁ、うちの娘とおんなじね、信じられない!…本当に見習わせたいものだわ……。
―――そうだライラ様、よろしければ今度皆様で我が家にいらっしゃいませんこと?
娘にも友人が欲しいと思っておりましたの!」
「あら素敵、ナターシャはお茶会に出すには幼いから同年代のお友達がまだいないの。
そのお話是非受けさせて頂くわ!」
きゃっきゃと盛り上がる奥様方。
その娘とは『シルビア』で間違いないだろう。ゲームの彼女にこの母親は瓜二つなのだから。
(4歳のシルビアかぁ―――)
流石にまだ悪役令嬢は完成してないだろう。今からシルビアと良好な関係を築ければナハディウムのフラグを折る助けにもなる筈だ。
突如降り注いだイベントフラグに、隠れてにんまり笑みを零した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
日暮れ前にはお開きとなった母様のお茶会。
ネルべネス夫人と簡単な打ち合わせをした後に解放された兄様と私は、内心ぐったりしながら食堂に避難していた。軽食や取り分けたお菓子を頂きながら休憩していると、全てのお客様の見送りが終わったライラがやってきた。
「二人とも、今日はとっても立派だったわね!母様嬉しいわ!!」
迷わずナターシャの元へ来てぎゅっと抱き締めた。小さな頭を撫でながら、近くのナハトにも慈母の視線を向け労う。
「母様がよろこんでくれたなら頑張った甲斐があったよ。
僕も茶会デビュー前に練習出来て良かった。母様ありがとう」
「あら、お見通しだったの?」
「まぁね。…でも、本命はナターシャでしょう?」
「…あまり賢しいのも考えものね。可愛げがないわ。」
じと目で息子を見つめるライラ。
「まぁこれで貴方のデビュー後にナターシャを付けても問題ないでしょう。
……今は難しい時だから、変なご令嬢に捕まらないで頂戴ね。」
「僕は可愛い妹のお守で手一杯だからね。」
「…貴方はもう少し、子供らしくてもよくてよ?」
……何だか私の頭上で二人が謎のやり取りをしている。不安気に母様を見上げると、視線を落としたライラがふんわり笑った。
「うふふ、何でもないのよナターシャ。そんな顔しないで頂戴。
それよりも、イリーニャ様の所へお伺いする為のドレスを誂えなければ!」
「え?わざわざ新しく仕立てるのですか!?」
「勿論!あちらのご令嬢に負けないようにしなければね。」
(…勝ち負けとか関係ない気がするけど……)
「ふふ、ナターシャは何を着ても可愛いけど僕も楽しみにしているね」
兄様まで煽ってくるし。
何やら黒い二人は置いといて、私は『シルビア』対策を考えなくっちゃ!
シルビアだって可愛い私の子どもの一人だ。ゲームの役どころとしてライバルが必要だっただけなのだから、現実世界となったここでは是非とも素敵なご令嬢に成長して頂きたい。
まだ見ぬシルビアに思いを馳せつつ、私はゲームでの彼女のキャラ設定を呼び起こした。