訓練はさり気なく…
今月に入り、また日間ランキングにチラホラ載るようになりました!
ブクマ&評価を頂けるのは本当に嬉しいものですね。
また、評価の平均ポイントが地味に上がっていて、皆さま…上方修正してくださったのですか…??
感想もとてもありがたく読ませて頂いております!筆者は幸せ者ですっ!!(*^^*)
「よっ!ダンいるか~?」
明るい声に振り向くとそこにレイがいた。隣には相変わらず無表情のロンもいる。
「あ、レイ久し振り!ロンも。…元気にしてた?」
「元気にしてた~?…じゃないよ!孤児院に行ったらさ、こっちだって言われて来たんだ。訓練所?…出来たんなら教えてくれれば良いのに…。」
ぷぅっと頬を膨らませてレイが拗ねた。その頬を人差し指で突っつきながら苦笑してしまう。
「ごめんごめん、まだ準備が完璧ってわけじゃなかったから…」
言ってホールを見やるように促せば、さもありなんと二人が頷いた。
いよいよ明日から街で宣伝しようと話していたところだったのだ。
「ちょうどいいや、二人に紹介しておくね。こちら、この場所の管理をお願いしているベルナンドさん。」
「お初にお目にかかります。ベルナンドと申します。」
「そしてこちらが補佐のメアリーさん。」
「あらまあ、素敵なお坊ちゃま方ですこと。メアリーです。よろしくお願いしますね。」
「二人とも僕の友達なんだ。右の栗毛がレイモンド、左の無愛想なのがロン」
「どうぞよろしく。レイモンド・ベインです。」
「…ロン・オーウェン。」
にっこりと愛想を振りまくレイと、無愛想と言われたのを気にするでもなく飄々としているロン。…この二人はホントに好対照だと思う。
そうして名乗られたベルモンドさん達は一瞬瞬いて、すぐ穏やかに笑う。そのまま模範的な使用人の礼をとった。
「…二人もお忍びみたいなものだから大げさにはしないであげて。」
私が言えば使用人組は心得たとばかりに軽く目礼した。そして、子ども二人はきょとんとしたまま。
「…まったく。前にも言ったでしょ?家名は重たいものだって。簡単にバレるんだよ、身分が。ここで働く人たちはね、ナターシャの所の領地からスカウトしてきた人たちなんだ。とある貴族邸に仕えてたんだけどね。故あってここで引き受けることになったんだよ。だ・か・ら。それなりに有名な君たちのお家の事も知ってるってわけだね。そうなるとだ。身分差という上下関係が必然になる。」
「……うん?」
怪しくなってきた雲行きにレイの頬が引き攣り出した。ロンは…あ、何も考えてないなこの子。
「…貴族の世界はね、礼節によって成り立ってるって話だよ。ふふふ、ベルナンドさん、最初の生徒さんだよ!今日はこの二人に、子息のマナーを叩き込もう!」
私がにんまりと笑えばレイが逃げ出そうとしたので素早く退路を塞いだ。「「うふふふふふ」」レイと微妙に笑いあう。
「さぁ、ロン。前に言ってた修行だ!良いでしょ?」
「ああ、分かった。」
ロンは素直に頷いている。…うん、良く解ってない感じだけどま、いっか。
「ナターシャ、いる~?」
ばぁん!と扉を開け放ち現れたのはシルビア。…ナターシャはいませんっ!!
私を見つけたシルビアの顔がパッと綻び――可愛いけどもっ!!――次いで「あっ!」と手の平で口を覆った。
それだけで状況を察したらしきベルナンドさんとメアリーさんは流石です。微笑ましげに笑っております。
「久しぶりだね、シルヴィー?」
「そ、そうね~……久し振り?……だ、ダンデ?」
あ、名前うろ覚えだったな?目が泳いでるぞ。でも可愛いから許す!
「ちょうど良かった。相手がいた方が勉強になるし、シルヴィー、ちょっと手伝ってよ?」
「え?良いけど、何を手伝うの?」
「この二人のエスコート相手。」
「はい?」
シルビアが促された方へ視線を向けた。レイは知ってるけどロンとは初対面だよね。
「レイはもう知ってるから良いよね?…ロン、こちら僕の友人のご令嬢でシルヴィー。シルヴィー、こっちはロン。最近知り合った僕の友達だよ。」
「ふ~ん…。よろしくね?」
シルビアが値踏みをするようにロンを眺めながら手を差し出した。
「…ロン……だ…」
あ、ロンが家名を言うのを躊躇った。ちょっと学習出来たらしい。そうだよ!初対面の相手に用心は必要。…まして、相手があからさまに貴族令嬢だと分かるなら尚更です。
ロンがシルビアの手を取ろうとした瞬間、
「あ、手の甲にキスは要らないわ!普通に握手して頂戴。」
ツンと顔を上に持ち上げてシルビアが宣った。…こういうとこ、良いとこのお嬢様だよね。彼女の容姿にはこういうお高くとまった感じが似合うけれども、言い方を考えないと敵を作っちゃう。
「もう、シルヴィー!そういう言い方しないの。ロン、この子はね、公式の社交場じゃないから気楽に仲良くなりましょって言ってるんだよ。」
ロンはじっと私を見て、シルビアを見てコクリと頷いた。あ、この二人、何となく似た者同士の気配がする……。
そうして躊躇いがちにシルビアの手を取った。
「あら、貴方…。結構剣の鍛錬積んでるのね!」
シルビアの眼がキラリと光った。……マズいっ!!
「ねぇ、私も少し嗜んでるの!是非手合わせして頂戴!!」
言ってグイグイロンを引っ張って外に出て行こうとするシルビア。状況についていけず困惑した表情のロンが縋るように私を見ている。
…ごめん、言い出したら聞かないんだその娘。……ロン、頑張れ。
「女だからって手加減したら許さないんだからっ!」
扉の向こうから聞こえた楽しそうな声に若干の頭痛を覚えた。
「…レイ?逃がさないよ?」
どさくさに紛れて逃げ出そうとしていたレイモンドに釘をさす。あはは~とぎこちなく笑ったレイが振り返った。
「さ、君が養子に入ってからどの位勉強できてるのか、今の力量から見ていこっか♪」
「お…お手柔らかにお願いします……」
ガックリと項垂れたレイに私とベルナンドさんの腕が鳴った。
―――しかし残念な事に、レイは思っていたよりも優秀だった。元々愛想は良いし、実直な性格な為、きちんと家庭教師の言う事をこなしていたのだろう。後はもう回数を重ねて身体に叩きこむしかない。
問題はダンスと文字だった。
社交界デビューまでまだ数年はあるので、ダンスはゆっくり覚えていけばいいだろう。でも文字は今からでも取り掛からないとヤバそう。
努力の見えない歪んだ字ほど、令嬢をガッカリさせるものはないだろう。このままじゃ恋文を認める度にレイが失恋してしまいそう!…と思えるくらいミミズがはっている。
「レイ……。これは拙い。」
「そ、そんなお通夜みたいな顔になるほどっ!!?」
私は真顔で頷いた。そのリアクションにレイが息を呑む。
そこへ丁度シルビアたちが戻ってきた。
「あ、ダン兄ちゃん!!このお姉ちゃん、すっごく強いんだねぇ!!!」
高揚したミケルが増えていた。どうやら孤児院の前庭で良い見世物になっていたらしい。
誇らしげにツヤツヤ肌色の良くなったシルビアと…あれ?ロンは?
……ロンは、訓練所の扉付近でこの世の絶望を一身に背負ったような顔色で腐っていた。……目が虚ろ、というか自嘲しながら灰になってませんか!?どんだけやられたのロン!!?
(……そっとしておこう。)
私は見なかった事にして、ミケルに話しかけた。
「ミケル、このお姉ちゃんは僕の友達でシルヴィーっていうんだ。」
「あら、新顔?」
「うん!僕、この前引っ越してきたの。ミケルです。お姉ちゃん、すっごいねぇ!!!」
キラキラと尊敬の眼差しを向けられてシルビアが破顔した。ミケルの頭を嬉しそうに撫でまわす。
「ミケル?…あなた中々見る目があるじゃない!将来有望ねっ!!」
えへへ~とミケルも嬉しそうにはにかんでいる。癒されるわぁ……。
と、そうじゃなくて。
「ねぇ、ミケル。今からレイと一緒に自分の名前書き大会に参加しない?」
「えっ!!僕の名前、教えてくれるの!!?」
ミケルがはしゃいだことによってレイは完全に参加が決定しましたよ。まずは自分の名前から。大切な一歩です。
お手本を書いて二人にそれぞれ渡すと、各々真剣に取り組みだした。
ウンウン唸りながら格闘しているミケルに昔の自分が重なった。私も初めて兄様に自分の名前を教えて貰った時はあんな感じだったのかな?
少し経った頃、訓練所のホールは孤児院の子ども達の大書き取り大会会場となっていた。
ミケルの真剣かつ楽しそうな雰囲気を見て、シルビアが孤児院の子ども達に声をかけに行ったところ、自分の名前を覚えたい子ども達が沢山集まって来たのだ!
正直これは嬉しい悲鳴だった。
私は子供たちの識字率を上げたいと思っていたので、取っ掛かりとしては十分と言えよう。
レイも兄弟たちと冷やかし冷やかされながら楽しそうにしているし、これならきっと時間をかけずに上達できることだろう。
―――――こうして『木漏れ日の丘』となった今、子どもたちの間では手紙のやり取りが流行している。遊びやお手伝いの合間合間に簡単な単語を綴ったメモ書きのようなものを渡し、貰った子は次の日までに返事を用意するというものらしい。
驚いたのはミケルがとても積極的だということ。
木漏れ日の丘に集う文字の書ける大人を捉まえては、色々と語彙を増やしているようだ。
因みにロンはシルビアを見つける度に手合わせを挑む様になった。
これも此処を訪れる大人たちの良い娯楽となる様で好評を博している。




