束の間の休息
残暑も和らぎ、空が少し高くなった気がする。吹き抜ける風は爽やかで、まさに遠乗り日和!
「クロ、今回は熱出さなかったのね!えらいじゃない。」
「う、ウルサイっ!!…そう毎回おじゃんにして堪るか!」
馬上のシロクロが仲良くじゃれている。あ~、和むわぁ…。
私たちは王都の外縁をぐるりと周る形で王都外れの草原へと来ていた。私は愛馬の黒馬に跨り、クロは王子様らしく優美な白馬、シルビアは凛とした眼差しの栗毛の馬に乗っている。
遠乗りとはいえ、駆け抜けること重視では無く、あくまで景色を楽しむ気分転換である。三人でおしゃべりしながらゆっくりと進んでいた。――クロードの護衛は気を利かせて姿が見えない様にしながら追いかけてきていた。…お仕事ご苦労様です。
――先日のく~ちゃんとのお茶会を終えた後、私は改めて陛下への面会希望を求めた。――手紙でも良いと言ったのだけれど――直接お会いになって下さるとの事で指定場所まで行き、早速クロードと出かけたい旨を伝えた。その際、護衛は最小限にして欲しいこと、出来るだけクロードから見えない様にして欲しいこともお願いした。二つ返事で了承を貰えたものの、逆に不安になってしまう。…陛下が何を考えているのか分からなくてコワイ……。
閑話休題。
お陰様で私たちは快適に遠乗りを楽しんでいた。
クロードは王城の敷地外を自力で駆けるのが初めてということでとても興奮しているし、シルビアもお嬢様然とした横乗りでは無く、乗馬服に身を包み、前向きに跨って凛々しく馬を駆っている。たまにシロクロで競い合いながら目的地を目指した。
草原の先、王都と他領の境近くにある林の傍までやってきた。
今日の目的地はココだ。
馬たちは鞍を外し草原に放って、私たちも良さ気な木陰に座りこんで休憩する。
開けた視界に広がる草原の草花が風にそよいでいく。奇麗に晴れて本当に良かった。
「じゃ~~ん!約束通りお弁当作って来たよ!!」
私は馬に担いで持ってきていたピクニックバスケットを開いて中身をお披露目してから、それを二人の前に取り出して並べ始めた。お茶の入ったポットも忘れていない。
「…ほ、本当にアーシェが作ったのか?」
「嘘なんかつかないよ!…えっとね~サンドイッチが玉子とハムとレタスチーズにきゅうりでしょ~、甘味に洋ナシパイを焼いたし、お茶はね、さっぱりレモンミントティーよ」
「私お腹すいちゃった~!」
シルビアが素早くサンドイッチに手を伸ばして頬張った。
淑女としては減点だけれど、今日は大目にみましょう。息抜きだもんね!
クロードはサンドイッチを手に取ったまでは良かったのだけれど、何やらブツブツと独り言を呟き固まっている。
「…私の為に、アーシェが手作り……」
…うん。食べる為に作って来たのだから食べて欲しいな?…早くしないとシルビアに全部食べられちゃいそうな勢いだよ?
それに気付いたく~ちゃんがシルビアを非難。シルビアは気にも留めず食べ続け、またそれにクロードが絡む。ぎゃいぎゃいと姦しくしながらも、パイまでしっかり平らげてお茶を飲み干した二人をほっこりと眺め続けた。あ~、和むわぁ……。
一息ついて、お腹もくちくなり、私は原っぱに寝転んだ。…大丈夫、牛にはならない…はず。
シルビアは元気いっぱいにバッタや蝶々を追いかけている。――目の届く範囲にいるように言ったので、言う通りにしているようだ――クロードは私の傍で、どうしようかと悩んでいる風だったのでお昼寝に誘った。ポンポンと隣の芝を叩く。そうすれば、おずおずと私の隣に並び同じように仰向けになった。
ゆっくりと時間が流れる。
こんなにのんびりしたのも久しぶりかも知れない。
ふっと、過去を思い出してそのまま言葉が零れ落ちた。
「一緒にダンデハイム領から帰った日を思い出すね…」
私がく~ちゃんの顔を見ながら呟けば、クロードはきょとんとした後大きく目が見開き、僅かに顔を赤らめそっぽ向いてしまった。
その背中にそっと語りかける。
「…ねぇ、あの時私に話してくれたこと、覚えてる?」
「……~~~~~ああ。」
「私、今も応援してるんだよ?」
するとクロードがこっちに向きなおった。
真摯な瞳が私を捉える。
「ああ、分かっている。…だから私は、頑張れるんだ。」
まっすぐ言い切った彼に素直に顔が綻ぶ。「そっか!」私はゴロリと再び空を見上げた。
快晴の透き通る蒼が眩しくて少しだけ目を眇める。
「…そうだ。」
同じようにクロードも仰向けになった気配がした。
何となく気恥ずかしくてこみ上げた笑いに、く~ちゃんもつられて笑いだす。二人でくすくすと笑いあった。
「二人してな~に?」
ぷくっと頬を膨らませたシルビアが顔を覗き込んできた。
私はそれにも微笑を零し、よっと半身を起きあがらせた。シルビアの頭に手を伸ばし優しく撫でる。
「ふふ、二人ともいい子で私は嬉しいよ!」
「そうやって子供扱いするのはアーシェの悪い癖だと思う。」
クロードも起き上がればシルビアと共に頷きあっている。
(…子供扱い?してないと思うけど…?素直な気持ちを吐露しただけなのだが。)
呑み込めず首を傾げれば、シロクロが目を合わせてわざとらしくため息を吐いた。何なのよ!
「ねぇナターシャ!クロは本当に頑張っているのよ!!…ほらっ」
話の後半が聴こえていたらしいシルビアがクロードの手を徐に掴んで私に握らせた。
大きく疑問符を頭に浮かべると、手の平を撫でるように言われる。言われるままにしてみたが一体何だというのだろう?…く~ちゃんの顔が真っ赤に茹であがってしまったのだが。
「ねっ!…クロの剣ダコ、凄いでしょ?」
ニコニコしながらシルビアが屈託なく笑う。
…ああ、なるほどそう言う事か。確かにく~ちゃんの努力の証がここにはあった。嬉しくて手の平を更に揉み解す。
「うふふ、く~ちゃんは本当に頑張ってるんだねぇ♪…えらいえらい!」
「……っ!」
言葉にならない言葉を吐いてクロードが俯いてしまう。可愛いなぁ、うちの子。
「お母様に怒られるから私は剣ダコつくれないけど、私もクロと一緒に頑張っているのよ!」
褒められるクロードが羨ましくなったシルビアが自己主張をしてきた。あ~もう、ホントうちの子たち可愛い!天使!!
私は愛情込めてシルビアの頭を撫で直した。嬉しそうに笑うシルビアに癒される。
「よしっ!二人に元気を貰ったから、私も頑張ろうっ!!」
すっくと立ち上がりガッツポーズ。高らかに宣言したのに、
「いや、アーシェはもっと落ち着いて良いと思う。」
「そうよ、ナターシャは行動的過ぎよ!」
クロシロの非難を頂きました。あるぇ?
……でも、立ち止まるつもりは無いのですよ!
あと少しで職業訓練所が完成する。そうしたら契約したダンデハイム領の使用人たちが移住してくるから、孤児院の子どもたちと引き合わせて、レイやロンも加えて交流開始。勿論ミケルもね!
…本当は此処にく~ちゃんも入れたいんだけれど、そうするとダンデとして動きづらくなっちゃうから我慢。学園入学よりは早くロンを紹介するから待っててね!
「そろそろ戻ろっか?」
お尻を叩いて二人に笑いかける。それに頷いた二人を見やって馬たちを呼んだ。大人しくやってきた各自の馬に鞍や鐙を装着しながらく~ちゃんに話しかけた。
「あ、そうだく~ちゃん。次はどこに行きたいか考えておいてね!」
「そうね、クロ!決まったら私がナターシャに伝えてあげるわ♪」
「…だから、兄様たちが帰ってくるまで一緒に頑張ろうね!!」
ラルフと兄様が寄宿学校を卒業すれば、ラルフは正式に立太子されると言っていた。公表されれば、クロードは迷いなく騎士の道へと進めるのだから。
「ああ…。ありがとう、二人とも……」
くしゃっと笑ったクロードの表情を目に焼き付けた。
本日は快晴。
残暑も和らぎ、空が少し高くなった気がする。吹き抜ける風は爽やかで、まさに遠乗り日和!
そして私たちは今日も仲良し!
――うん。とっても良い日だったな!!
良かった…。
ほのぼの回、実現できて良かった……。




