言葉にするということ②
ダンデは何やら俺を注意深く観察しているようだ。
俺も武人を志す者。そんなに簡単に心中を読まれる訳にはいかない。時折通りの通行人を眺めやる奴に倣って、俺も同じように街ゆく人を見るとはなしに眺めた。
(…そういえば、先ほどの店員の女性はとても女らしかったな。)
今しがた通り過ぎたスタイルの良い女性を見ながら思った。俺の母上はとてもスレンダーな人なので、豊満な女性が物珍しくてつい目で追ってしまう。…重くないのだろうか?バランスが取れなくて剣も振り辛そうだ。俺は女に生まれなくて良かった。
そんなどうでもいい事を考えていた時
「…ロン……豊満な女性が好きなの?」
ダンデは俺の視線の先からそんな深読みをしたらしい。まさかそんな見え方をしてたなんて、誤解だが見ていたのは確かだ。羞恥で顔が朱に染まる(…気がする)
どう誤魔化そうかと思案していれば、勢いよくダンデに呼ばれた。何だろうか?まだ上手く説明できる自信が無いのだが…。
「来週のこの時間にまたここに集合!僕と手合わせしたいんだろ?なら、言う通りに来れば受けてあげないこともないよ?」
良く分からないが何かがダンデのやる気を出させたらしい。先ほど断られた手合わせをしてくれそうな気配に飛びついた。
…また来週。同年代の人間と次の約束をするなんて初めてで、こんなにも面映いものなんだなと知った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
待ち遠しくもあっという間にやってきた約束の日に、俺は逸る鼓動を抑えながらあのカフェの傍まで来ていた。彼の少年は先週と同じ席に座り俺を待っている。それを視界に捉えた所で足が止まった。…こういう時にどうしたら良いか分からない。
第一俺とダンデの関係は何だ?…と、友?いや、そんな話は出なかったし、ではライバル?いいや、まだ手合わせもしていないし、明らかに力量は向こうが上だろう。
ああやって待っていてくれているのだから、俺を待っていてくれているのだと思うが、万が一忘れられていたら?先週少し話したきりだしありえなくもない。
まんじりと動けずにいれば向こうが気づいてくれた。視線が合って、手招きしている。間違いなく俺を呼んでいる。…良かった。ほっとしながらダンデの元へ向かった。
「やあ、ロン。来てくれて嬉しいよ。元気だったかい?」
俺もまた会えて嬉しい。今日が待ち遠しかった。お前こそ元気だったか?手合わせはどこで行おうか?何なら俺の屋敷に来ないか?
何一つ音にならない思考にもどかしさを感じる。…どうしよう。相手を不快にさせるわけにはいかない。でも何て言えば正解なんだ?無表情な俺が愛想を振りまいた所で変に勘ぐられたりしないか?ぐるぐる混乱しつつもダンデの言葉に肯定だけはしたい。
そんな思いを込めて頷けば、何か軽いもので頭を叩かれた。
(!!!!!??????)
目の前には笑っているのに物凄い威圧感を発するダンデ。…逆らっちゃいけないと本能が警鐘を鳴らす。彼の望むままに何とか返事をすれば許してもらえたらしい。…危なかった。
ダンデはそんな俺を見かねて指導してくれるらしい。俺は礼儀作法なんか必要ないと思っていたけれど、好ましい相手と最低限の接触をする為に、失礼のない程度の学習は必要みたいだ。ダンデの申し出はありがたく受け取る事にした。
でもどうして?こんなに良くしてくれるんだろう?俺に構ってくれるのは何故だ?
その気持ちがそのまま零れた。「ダンデは?」との呟きを拾われて奴が聞き返してきた。…どうしよう。
「…ダンデ(がこうやって構ってくれるの)も、…(俺が)貴族(として余りに見苦しいから)……?」
「そうだよ」
やはりか。こいつは強いし貴族としても誇り高く振舞えている。騎士を目指す身とはいえ俺だって子爵子息だ。親父の威厳に泥を塗るわけにいかないじゃないか。それを教えてくれる良き友に巡り合えたようだ。俺は納得して自然と頷いた。
早速ダンデが未熟な俺を修行へと駆り出してくれるらしい。
一体どんな修行なのだろうか?ワクワク期待が高まるのに、奴は優雅にのんびり茶を飲んでいる。…あれ?移動するのではないのか?折角だから少しでも長く指導してもらいたいのに…。
ソワソワ、ソワソワ。
……これも修行なのだろうか?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そうして連れてこられたのは王都の孤児院だった。
こいつはここでも馴染みらしい。子どもたちがやたら歓迎している。その中に同じ年頃の少年を見つけた。ダンデが手を振っている。レイというのか?二人は親しそうだ。
聞けばレイとは噂のベイン男爵子息らしい。流石に少し驚いた。…でもダンデに比べれば貴族然とした感じはなく、何となく親近感を覚えた。レイとも仲良くなれるだろうか?どぎまぎしていれば、何故か俺だけ置き去られた。俺の周りには年少の子どもたち。曇りのないキラキラした視線に囲まれて何だか居た堪れない。…俺はどうしたらいいんだ?
「お兄ちゃん、ダン兄ちゃんの友達なの~?」
「何歳?…オレは6歳だぜ!」
「ねえねえ、その剣本物っ!!?ぼくにも触らせてっ!」
「ダンのお願いだから、私が一緒に遊んであげるわ。さ、あっちでオママゴトしましょ?」
一斉に話しかけられて思わず怯んでしまう。ねえねえと四方八方から引っ張られてどこを向いたらいいのか分からない。俺には兄弟はいないから、年少の人間とどう接したらいいのか分からない。下手に腕を振りほどけば怪我をさせそうだし…。
混乱で硬直すればその内の一人が笑った。いや、嗤われた。
「何だコイツ、だっせぇ」
カチン。俺はダサくない。反射的にその男児を睨みつけてしまった。…相手はちっとも怯む様子がない。
「へんっ。腰抜けに睨まれたってちっとも怖くねぇや!悔しかったら、お前の方が上だって証明してみろよ!!」
「…いいだろう」
沸々と。プライドを刺激されて血が沸く。
「言ったなっ!!じゃあお前、オレを捕まえてみろっ!ま、絶対に捕まらないけどな。お前トロそうだし?」
「…お前ではない。…俺はロンだ。」
闘争心がメラメラ燃える。こんな子供に舐められて堪るか!
「オレに勝てたら覚えてやってもいいぜっ!」
言い捨ててそいつが走りだした。俺はそれを追いかける。周りの子どもたちがワッと沸いた。囃し立てる者もいる。
子ども一人捕まえるのなんて簡単だと思っていた。それなのに中々達成できない。そんな俺を見かねて手を差し伸べてくれる子どもが現れた。逆にあちらの肩を持つ者もいる。
キャーキャーワーワー、騒ぎたてながら追いかけっこは続いた。
俺は気がつけば今の状況に至った理由なんか忘れていた。
子どもたちと一緒になってはしゃいで、そして一番最初に体力が尽きた。…信じられない。
「ほらみろ、だらしねぇ!」
「バカね!ダンが私たちに任せてくれたのにいじめるんじゃないわよっ!!」
「ロンよりボクの方が足が速いよ~!やったぁ!!」
…世界は広い。こんな身近でさえ、俺より出来る奴がうじゃうじゃいるじゃないか。
俺はどこかで自分は特別だと思っていた。憧れの父親の息子である自分は、人より優れているのだと。だから、やりたく無い事を我儘で撥ね退けても許されるし、出来る俺にはさして問題も無いと。
…そんな事は無かった。
俺はただのガキだったらしい。
「お疲れ様、ロン。いい運動になっただろ?」
綺麗な赤毛が揺れている。
「……まぁ、…悪くない……」
楽しかった。自己完結していた己の部屋を飛び出してみれば、自分の知らない事ばかりなのだ。俺は今まで随分と勿体無い人生を送っていたのかもしれない。
「しっかし。ロンは騎士になりたいんでしょ?体力で子供たちに負けてるようじゃまだまだだね。」
――驚いた。ダンデとあったのは今日で二回目。その中で明確に『騎士』という話はしなかった筈だ。
「き、…聞いてないけど、ほら、父君の事尊敬しているようだったから?強くなりたいって言ってたし、そ、そうなのかなぁ~?…なんて?」
最初から見抜かれていたのか。そうして未熟な俺を解った上で、こうして手を差し伸べて、引き揚げてくれたのか…。
凄い奴だ。みんなから慕われているのも解かる。
強くて、優しくて、漢らしいじゃないか。そして俺もいつの間にかダンデのペースに巻き込まれている。一人じゃ無いから気付いた事。
言葉として紡がれたから伝わったこと。
良いも悪いもひっくるめて感情が動くとはこういう事なんだ。
「そうか…そう、…だな。」
自然と口角が上がった。俺は今、楽しんでいる。喜びを感じている。
気付けばダンデが俺の両手を握りしめていた。
「あのさ、この孤児院の隣に職業訓練所が出来るんだ!皆で遊んだり学んだりできる場所。誰でも利用できる施設にするつもりだから、ロンも通っておいでよ!家庭教師とだけじゃ分からない事もいっぱいあると思うよ!それに、レイと一緒に礼儀作法も徹底的に勉強すれば、この先きっと役に立つから。ね?」
「俺も道連れがいれば心強いし、お互い頑張ろうぜ?」
レイが俺の肩をガシっと抱いた。
三人で円陣を組むみたいに団子状に固まって、至近距離で見つめ合う。
(道連れっていい言葉だな……)
そう感じた自分に驚いた。こいつらとなら俺はもっと変われるのかもしれない。
「俺は…もっと、…色々知りたい……」
「じゃあ決まり!僕も協力するからさ。」
「…もっと、体力も、つけたい。」
「あ~、チビどもと遊んでれば嫌でも逞しくなるぞ。」
ダンデは嬉しそうに笑い、レイがお道化て力こぶをつくって見せた。
屋敷にいたら、ずっと分からなかったんだろう。
褒められた事では無いが、あの時授業をサボったのは正解だったようだ。俺は今『友』と呼べる人間たちと出逢えたのだから。
それがこんなにもくすぐったくて、腹の底から力が湧いてくるような不思議な活力に漲る事なんだ。
俺はダンデの手から抜け出し、両脇に腕を広げ、ダンデとレイを抱き返した。
「二人とも、よろしく。」
感情のままに自然に零れた言葉は、穏やかな笑みの形になった。
書いてみてビックリ。微妙に周囲と噛み合っていない、コミュ障のロンです。
この子が何考えてるのか、作者も良く分かりません。勝手に喋ってくれましたが、当初の予定と全然違う事考えてたりしてて、困惑しております。ええ、とても困惑しております!
…どうしてこうなった?




