ワノココロ
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月間ランキング100位内に入る事が出来ました。
これからも拙作をよろしくお願い致します。
トントントントン―――……
包丁がまな板を叩くリズミカルな音が響いている。
近くでお湯の沸くポコポコした音、竈からあがるパチパチ爆ぜる音。
私は忙しく土間を動き回る。
(もうすぐご飯が炊けるから、蒸らしてる間にお味噌汁仕上げて…あ、魚もそろそろ焼き上がるかな?)
そう…私は今飯炊きに勤しんでいる。三人分の夕飯作りだ。どうしてこうなった!?
「ふぉっふぉっ、大分様になってきたのぅ♪」
「あ、ライ爺ちゃん。…!?つまみ食いは駄目っ!!」
ペシッ!っと伸ばされたライメイの手の甲を叩けば「ふぉっふぉ♪」と笑って軽やかに去って行った。
―――ライメイの隠れ家に連れて来られて五日が経過していた。
ライメイの庵は竹林に囲まれ、藁ぶき屋根の平屋建築。見た目も内装も日本昔話に出てくるお家みたいで何かもうすんごい和みます。
頭を下げた次の日から修行と称して、起床後廊下掃除、朝餉の後に瞑想、昼食、午後から庭掃除、夕暮れ前から厨房――何と昔の日本のような土間!――で仕込み、夕飯作り、夕餉の後就寝までは自由時間…を今日まで繰り返しました。
あれ?修行ってもっとこう組手とか、奥儀の伝授とかさ……。何か思ってたのと違う……。
(いやいや、こういう下積みも意味があってのことの筈!)
とは思うものの、こんな悠長に修行していたら私はいつ王都へ帰れるのか…。
「姫さ~ん、焼き魚出来たぞ!焦げる前に皿に乗せといたぜ。」
「あ、師匠ありがとう。」
「しっかし、姫さんよく極東式の食事なんて知ってたなぁ。この厨房の使い方だって割とすぐ覚えたし、独特の調味料が多いだろ。王都の貴族は苦手な奴も多いんだぜ。」
「あ~……領邸の図書館で読んだ本に書いてあったのよ。こうして自分で調理して実体験出来るなんて思わなかったけど……」
(…というのは建前で。いやまさか自領に和食文化があったなんて知らなかったわ~…)
白米、味噌、醤油に出汁!懐かしき和食!!
土間や竈の扱いなんか知らなかったから――火おこしとかね!――最初は悪戦苦闘したけど、調理の内容は問題ない。寧ろ馴染み深いと言えよう。伊達に36歳まで一人暮らししてないわよ!
「…しかも箸の使い方なんかどこで覚えたんだ?」
「……フィーリング?」
…目が泳ぐ。『生まれる前から知ってました☆』とか言えるわけがない。
「ほ、ほら師匠!そんな事より、早く配膳手伝って。折角のご飯が冷めちゃう!」
グイグイとソウガの背中を押しやる事で強引に話題を終了させました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
リィィィン―――
夜風に風鈴が揺れた。
(お風呂上りに縁側で涼むとか贅沢な気分。)
目を閉じて感覚を開く。
風が吹き抜けて風鈴を鳴らす。草むらに隠れた小さな虫たちが愛を囁き合っている。竹の葉擦れの音、枯れ葉が揺すられ土の匂いが微かに漂ってくる。ああ、夜の匂いだ。ほんのり湿気を含んだ夏の夜の匂い。…何処か郷愁を誘う憂いを孕んだ空気が揺れた。
――あ、師匠だ。自然とそう感じた。
「師匠?」
「やっぱり早いなぁ、姫さん。」
私をすっぽりと抱えるように背後に現れたソウガ。足の間にチョンと収まった私のお腹辺りに組まれた師匠のおっきな手。何が?と振り向き仰いで後ろを窺えば、何でも無いと頭をくしゃくしゃに撫ぜられた。甘やかされるくすぐったさに無邪気な微笑が零れる。ソウガはとってもあったかい。
「ねぇ、師匠もこの修行?受けたの?」
「ああ。…俺の時はこんなに優しくなかったけどな!」
後ろから漂う胡乱な気配にくつくつ笑ってしまった。
師匠と大師匠は顔を合わせる度に何かと試合続けている。
「明日は多分違う課題が待ってるぞ。しっかりな!」
「はい!…って師匠、重たい!」
私の頭の上に乗せられた師匠の顎。その重みにクレームを付ければ今度は後ろから脇腹を擽られた!じたばた暴れてソウガの腕から抜け出すと、お返し!と師匠に飛び掛かり馬乗りで擽り返した。
そうやって暫く笑い合いじゃれ合えば、その後訪れた軽い疲労感で私はその日ぐっすりと熟睡。夢も見なかった。
私が微かな緊張から浅い眠りが続いていたことを師匠はお見通しだったみたい。
…ほんと、師匠には敵わないなぁ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
エルバスは王城に参内し、お目通りを願った国王と面会が叶った所だった。
防音の優れた会議室。許しを得て顔を上げると、上司である宰相と国王が軽く頷いた。
「して、内密に報告したい事とは何だ?」
宰相が切り出してきた問いに、――僅かに躊躇いを残しつつ――エルバスは答えた。
「…東の御大が動きました。」
「ほぅ。それは誠か。」
「はい……。」
興味深そうに己を見やる王の視線に言い難さを隠さず頷く。
「どうした?歯切れが悪いなど、そなたらしくも無い…」
宰相が常にない部下の様子を指摘した。渋面のままエルバスは押し黙る。
「何だ、当代の候補はそんなに難しい人物なのか?」
「いえ、陛下。…申し訳ありません。それが……どうやら私の娘のようなのです。」
「ナターシャ嬢かい!?」
驚いた宰相にただ頷いて肯定した。
本来なら父親としてこんな報告はしたくない。しかし娘は選ばれてしまった。ならばどれだけ可愛い身内であれど、ダンデハイム当主として、クロムアーデル王国の臣として、その責務を果たさねばならない。
「…なるほど。どうやら我が愚息たちとの縁は運命だったのやもしれぬな。」
王が愉快そうに笑ったのにエルバスは何とも複雑な気持ちで頭を下げた。
「まあ、仕上がるにしろ別の候補が台頭するにしろ、風は自由だ。むしろ余の愚息たちがその忠を勝ち取れるのか、見ものだの。どの道今暫くは静観するしかあるまい?…ダンデハイム伯爵よ。今後また動きがある様なら報告するように。」
「御心のままに。」
「しかし。王子たちも熱心に入れ込んでおる様子のそなたの娘、余も話してみたくなったな。」
「そんな、勿体無きお言葉でございます」
言ってエルバスは内心冷や汗が止まらない。ニヤニヤしているあの顔は良からぬ事を企んでいる証拠だ。
思わず宰相を仰ぎ見れば、溜息と共に首を振られた。駄目だ。王妃様以外にこの方を止める事が出来ない!!
本人の与り知らぬところで盛大なフラグが立ったことにナターシャが気付く由も無く。
エルバスはただ、我が子の行く末をハラハラと見守る事しか出来ないのだった。
ナターシャの知らない所で、周囲も色々動き始めた模様。




