不器用な心情たち
「随分と手馴れているんだな」
ベッドサイドに腰掛け器用に果物ナイフを操る幼馴染に感嘆した。
家格ではシルビアに劣るとはいえ、彼女もれっきとした伯爵令嬢であるにも関わらず、幼少の頃からどうにも規格外だ。シルビアとは別の意味で何を仕出かしても驚かない自信があった。
次々とナターシャの手から生み出されていく『ウサギ』に注目していると、ふっと彼女の笑う気配がした。
「そんなに珍しい?」
切り分け終わったリンゴを綺麗に皿に並べて差しだしてくる。赤い耳をつけた集団は一斉にこちらを向いていて、――ついていないはずの円らな瞳に一斉に見つめられているようで――食べるのが躊躇われた。
皿の上を凝視する私に何を思ったのか、彼女が一匹をつまみ上げ私の口元に突き出した。
「はい、く~ちゃん。あ~ん!」
「…?」
意味が分からずリンゴとナターシャとを交互に見やると、ニコニコ顔の彼女がもぎゅっと私の唇にウサギを押し込んだ。
「食べる為に切ったんだから、ちゃんと食べてね?」
むりやりリンゴを口内に押し込まれて涙目になりながらコクコク頷くと、満足気な顔でナターシャが笑った。
思えばこんなに近くでナターシャとゆっくり過ごすのは久し振りかも知れない。咀嚼を続けながら何となく彼女の顔を見つめた。
「食べたら熱さましの薬湯を飲んでね」
さして気にした風も無くナターシャが静かに笑う。それに素直に頷いて応えた。
静かな部屋に響くシャリシャリという咀嚼音。聞こえるのはそれだけで、あとは沈黙が漂っているのに不思議と不快感は無く、むしろ穏やかな気持ちでいられた。
(…私はナターシャとこうしているのが好きだ。)
彼女が傍にいるだけで、真綿に包まれるような安心感がある。
最後の一片を食べ終われば薬湯がスッと差し出された。無言で受け取り一気に飲み干す。爽やかなリンゴの甘味が一気に苦い薬湯に洗い流されて思わず顔を顰めた。
「偉い偉い!」
ナターシャが微笑みながら私の頭を優しく撫でる。
ダンデハイム家の人間はよくお互いを撫で合う。刷り込まれたコミュニケーション故か、彼女も頻繁に周囲の人間を――恥ずかしげもなく――撫でる。その癖は周囲にも伝播し、気付けば兄上からもよく撫でられるようになっていてこっそり喜んだ。
「早く元気になって、一緒に遊ぼうね。そうだ、ピクニックに行かない?私お弁当作るよ!」
「ナターシャが作るのか?」
「うん。凝ったものでなければ平気よ。」
「それは楽しみだが、外出か……」
「大丈夫。『課外学習』って態にすれば問題ないわ!如何様にも出来るから安心しなさい♪」
えっへんと薄い胸を張る彼女の何と頼もしい事か。――いっぱしのご令嬢が料理する件に関してはもう何も言うまい。
彼女と次の約束が出来ただけでこんなにも安堵するものなのかと、己の心の機微に驚いた。
……やはり自分は寂しかったらしい。こうして興奮して発熱するほどには彼女との交流を欲していたのだろう。
「…じゃあ、『約束』だ。」
小指を差し出せば、緩く笑んだナターシャの華奢な小指がするりと絡まった。
「…シルビアに怒られたの。く~ちゃんが寂しがってるって。貴方、ラルフと違ってあまりお城から出して貰えないものね。…ごめんなさい、気を付けるわ。」
指切りしながら苦笑した彼女の言葉に驚いて目が見開いた。
(シルヴィーがそんなことを…?)
傍若無人に見える彼女はなかなかどうして私を見極めていたらしい。
『早く元気になりなさい』と投げつけたシルビアの表情が思い出されて表情が緩んだ。
「…あの子、く~ちゃんの為に宰相様に我が儘言ったのよ。」
「…そうか。」
「ふふ、だから早く元気になって、二人でシルビアにお礼しましょ!」
「ああ、そうだな!」
薬湯が効いてきたのだろう。身体の芯からぽかぽかとしてきた。自然落ちてくる目蓋に気付いたナターシャが上掛けを肩まで引き上げてくれた。その上からポンポンと軽く叩く。
「ゆっくり休んで。…おやすみなさい。」
私の前髪をさらりと撫でたナターシャが優しく見下ろしている。その心地よい空気に包まれて、私は眠りに落ちていった。
こうして彼女とゆっくり過ごせるのなら、たまには熱を出すのもいいな、なんて思いながら―――――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「エルバス入るぞ!」
突如眼前に現れた部下に眉を顰めた。
大体こういう時は碌でも無い言葉が続くと知っている。
「却下だ」
「まだ何も言ってねぇし!!」
有無を言わさず睨み付ければ困ったようにソウガが頭をかいた。
こいつのこういう表情は非常に珍しいと片眉が持ち上がる。
それを見て、バツが悪そうにソウガが口を開いた。
「悪ぃ…。爺ぃにバレた。」
「何が?」
「姫さんの事。…会いたがってる。」
ソウガの溜息を追いかけるように、その意味を察した私も頭を抱えた。
「その爺ぃとは、『ライメイ』殿で間違いないか…?」
「ああ、俺のクソ爺ぃだよ。」
『ライメイ・イースン』はダンデハイム領東を任せているイースン伯爵家のご隠居だ。先祖にも負けず劣らずの武勇伝は数知れない。エルバスの父の隠密でもあった。…そして隠密部隊の前頭領である。
「東に連れてこいと言ってる。」
「断れば、」
「乗り込んでくるだろうな。」
上辺だけの抵抗は間髪入れず塞がれた。実際彼が本気を出せば朝飯前だろう。
「……あと一週ほどでナハトが寮へと戻る。…そうしたら好きにしていい。」
「サンキュ!そんくらいなら爺ぃも待ってくれるだろ……多分、な…」
お互いに空笑いした。不吉な言葉は出すまい。言霊が飛んでしまう。
「……ナターシャはそんなに適性があるのか?」
不安交じりの疑問を拾ったソウガが嬉しいような困ったような情けない顔で微妙に笑む。――これもまたこいつにしては珍しい表情だった。
「…勿体ないことにな。でも安心しろ。姫さんは『主人』の器だ。滅多な事にはならねぇよ。」
そう言ってニッカと笑う。今度こそソウガらしい反応に安堵した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
兄様の休暇が終わりました。次に帰ってくるのは冬休暇です。
我が家に現れたラルフと共にギャーギャー騒がしく帰って行きましたよ。休暇中の密度が濃すぎて忘れる間もなく次の休みがやってきそう。
現実味ある考えに一笑しながら遠ざかる馬車を見送った。
部屋に戻ると人の気配が無かった。
人払いでも命じない限りここまで誰もいないのはおかしい。僅かに警戒がチラつくが、それならば師匠が何かしらのコンタクトを取ってくるだろう。
取り合えず侍女たちの気配を探そうと――「姫さん、悪ぃ」突如後ろから力強く抱きしめられて口元に布を当てられた。
(師匠!?)
布にしみ込んだ酸っぱいような鼻を突く匂いを吸い込んだ途端に力が抜けた。
クラりと視界がグラつく。でもしっかりと師匠が抱きしめていてくれるから床に倒れる事はないだろう。
―――――遠のいていく意識が途切れる直前に「ごめんな」というソウガの呟きが聞こえた。
+ + +
ちょっと浮気をして短編をこしらえました。
『今日も元気だビールが美味い!』
https://ncode.syosetu.com/n4599ey/
中年女性の食道楽のお話です。
お時間ございましたらこちらも楽しんで頂けたら嬉しいです!
よろしくお願いいたします。




