ただいま。
「あ、兄上~!!」
クロムアーデル王国王城に、放蕩息子――クロムアーデル王国第一王子ラドクリフである――が帰還した。夏季休暇も残すところあと一週間となっていた。
「兄上、心配したんですよ!何処に行かれていたのですか!!」
半泣きで縋り付くのは弟の第二王子クロード・クロムアーデル。
からかい半分のメモを残して旅立ったのだが、どうやら誰も真相を知らせていないらしい。大層皆から弄られている可愛い奴である。
「ただいま、クロード。…何か変わりあるかい?」
「いえ、兄上が居ないことを除けばこれといって特には。」
弟からの精一杯の苦情に苦笑してしまう。
ちょっと可哀想だったかな?なんてクロードの頭を撫でながら思った。
「すまなかったね。父上からの特命だったのだよ」
「そうだったのですか!…だから誰も兄上の心配をしていなかったのですね。」
堂々と嘯けば簡単に信じてしまうのだから、権謀術数渦巻く宮中で生きられるのか心配な所だ。
「クロ~!あんたまたお兄様の部屋にいるの…って、げっ!!!」
「おやおや久し振りだというのに随分なご挨拶だね、シルビア嬢。私が自分の部屋にいるのが何かおかしいのかな?」
我が物顔でクロードを迎えに来たシルビアが思わず零した呻きをきちんと拾って、ラルフがにっこりと返した。どうも自分はこの令嬢から好かれていないらしい。警戒心の強い野良猫の様に、自分の傍には寄って来ないのだ。何かした覚えも無いのに。…解せぬ。
「あ!貴方がここに居ると言う事は、ナターシャが帰ってきたのね!?…こうしちゃいられない!!クロ、悪いけど今日の稽古はパスするわ!!じゃねっ!!!」
言うが早いか颯爽と踵を返し来た道を戻っていくシルビアにラルフは舌を巻いた。…自分がナターシャ達と共にいたのはダンデハイム領視察の関係者しか知らないはずなのに…。当事者達ですら出発当日のアポなし訪問に慌てていたというのに、あの令嬢は何をもってそう判断したのだろう?
「…不思議なご令嬢だね?」
「あれに関しては理解しようとしてはいけません。野生動物なのです」
呆然とシルビアを見送った兄弟は、暫く誰もいなくなった廊下を眺めていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ダンデハイム王都邸へ帰還した私は軽く汗を流し、漸く一息ついた所だった。
自室の談話スペースでお茶を飲んでいた所に来客を告げられる。その名前にそのまま通すように指示して、侍女にお茶を一人分追加するようにお願いした。
「ナターシャっ!!!」
程なく元気よく開かれた扉と共にシルビアが現れた。たった半月弱会わなかっただけなのに、随分と久し振りな気がする。小走りのまま飛び込んできた彼女を両腕で受け止め抱擁し合った。
「シルビア久し振り!相変わらず元気で安心したわ。」
「ナターシャこそ!目を離すとすぐ何処かに行っちゃうんだもん。今度は私も連れて行きなさいよね!」
可愛らしく膨れて見せるシルビアに苦笑してしまう。その内ねと曖昧にはぐらかした。
「それにしてもよく分かったわね。丁度さっき帰ってきたところだったのよ。」
「ああ、私もさっきクロのとこ行ったら、第一殿下が居たから。それでナターシャが帰ってきたって分かったのよ。…どうせムリヤリついてきたんでしょ?」
「……鋭いわね、シルビア」
何でそんな所ばっかり勘が冴えるのか。…女の勘?いや、野生の勘か?
「ナターシャ、あの兄殿下に何かされてないでしょうね?」
「何かって何よ?何もないわよ、当たり前じゃない!」
言って先日のケルティッシュ男爵邸での芝居を思い出してしまった。兄様たちにあからさまに秋波を流してくるベル嬢を煽るためだったとはいえ、妙にこなれてきたラルフのあの手の演技にはどうしても辟易してしまう。今はまだ少年的な比率が大きくて、そのアンバランスさに笑いを堪える位で済んでいるけれど、あれが青年になってしまえばどうだろうか。…きっと鳥肌が立ってしまうに違いない。世の女子はあれでキャーキャー言えるのだから本当に謎である。ゲーム等の他人事だから楽しめるというのに。
胡乱になった私に何を思ったのかシルビアが「あの王子、はったおすっ!!!」と令嬢らしからぬ呟きを零したため、慌てて宥めすかした。よく分からんが誤解だシルビア!!
ちょうどこのタイミングでお茶の用意が整ったようなので、私たちは一先ずソファーに腰掛けた。ウチの侍女は非常に空気が読めて助かるよ。
「…そういえばナターシャ。あの孤児院の隣に何作ってるの?」
お茶を飲んで落ち着いたシルビアがそう問うてきた。
「あ、気付いた?…実はね、職業訓練所を作ろうと思って!」
「…しょくぎょ?……何それ?」
「う~ん…。王都の子どもたちが誰でも勉強できる施設…かな?」
「勉強?そんなの誰もやりたがらないんじゃない?」
「ふふ、まぁそうなんだけどね。」
貴族は誰でも16~18歳までを貴族学園に通えるけれど、残念ながら平民に学校という概念は無い。ジョンの様に13歳くらいから家業を手伝ったり奉公にでたりして社会の中に組み込まれていくのだ。選択肢が無いから分かる範囲で働き始める。
でも孤児院の子供たちにはその選択肢すらままならない。跡を継ぐ先人がいないのだから仕方ないとはいえ、15歳になったら独り立ちしなければいけない子どもたちは住む場所から探さないといけないのだ。
せめて読み書き計算くらいできれば、より好条件な働き先も見つかるかもしれない。それにチャリティーパーティーの効果で何処かの貴族の女中として雇われるかも知れないから、最低限の知識は持たせてあげたかった。サリーさんの育て方が良いのか、皆擦れること無くまっすぐで良い子たちなのだ。苦労してきた分是非とも幸せになって貰いたい。
―――という建前が半分。
もう半分は、私の情報源を増やす事にあった。私が指示して調べて貰えば師匠たちは素晴らしい働きをしてくれるけれど、下町の何気ない噂がもっと聞こえてくればいいなぁと思っていたのだ。
孤児院の子どもたちが今後色んな場所で仕事に就けば、きっとそれは叶いやすくなると思うのだ。
それに職業訓練所に講師として人を招けば、集まった人たちから世間話だって聞ける。
流石に私は天災までどうにかすることは出来ないから、再来年にくるであろう大寒波までに備えられるだけ備えてしまいたかった。その為にはちょっとした違和感を察知できる耳目が多い方が良い。
建物の完成は約三か月後。
先立ってケルティッシュ男爵邸で働いていた使用人たちに住み込みで入って貰って、――裏手にアパートメントも建てている――孤児院の子どもたちと触れ合って貰いつつそれぞれの出来る事、技術などを教えていって貰えたらいいなぁと考えている。
その内街の人にも宣伝して、希望者やお年寄りが自由に出入りできる交流の場にしたい。夢は膨らむばかりだ。
(…ハンナとミケルもまずはそこで暮らして貰って、ハンナがうちに来てる間、ミケルは孤児院で過ごせば寂しくないし丁度いいわね!)
「もう!また一人で考え事してるでしょ!!」
妄想に耽っていたらシルビアに怒られてしまった。ごめんねと謝ってご機嫌をとろうと…あれ?
「…そういえば、く~ちゃん元気してる?」
「…クロも可哀想よね。同情するわ……」
珍しくジト目のシルビアが軽く睨んでくる。…うっ、…忘れていたわけじゃ、ない、よ?……嘘ですごめんなさい。
シルビアの眼力に負けました。嘘、良くない。ダメ、絶対。
「最後に会ったのがチャリティーパーティーの時か……」
「ま、クロは相変わらずよ。…兄殿下が帰って来てへばり付いてたから、ナターシャも近々会いに行ってあげてよ。寂しがってるよ、あいつ。」
「そうね。く~ちゃんに手紙書くわ、お茶しましょって。…あと、レイは少し落ち着いたかしら?そろそろ顔見に行こうかな…。」
「レイモンド?あいつならしょっちゅう孤児院に来てるわよ?」
「…ということはシルビアもしょっちゅう行っているのね?」
あそこ楽しいわよね、とシルビアが笑う。いや、楽しそうで何よりだけれども…。
……イリーニャ様のご機嫌伺いに行こう。私はガックリ項垂れた。
「あ、孤児院といえば。私お父様からクロの外出許可勝ち取ったのよ!丁度いいじゃない、明後日なの。一緒に行きましょう!!」
「…今度は宰相に何て言ったの?」
「お願い聞いてくれなかったらナターシャの家の子どもになる」
お~…。それで許可する宰相もどうかと思うけど、とりあえずネルベネス夫妻には謝罪しに行こう。私は脳内の予定を修正した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「引っ越し?」
ミケルは唐突な母の言葉に首を傾げた。
「そうなの。お母さんの働き先が無くなっちゃってね。…ちょうどダン君と会った時に新しい勤め先を紹介して貰ったの。でもね、王都なのよ。…だからお引越し。」
「え?じゃあダン兄ちゃんに何時でも会えるの?」
「それは…どうかな?今よりは会えるかも知れないわね。でもごめんね。ジョン君たちには会い辛くなっちゃうわね」
「大丈夫だよお母さん!王都って馬車で三日くらいなんでしょ?僕、もっと大きくなったら自分で会いに行くよ!ダン兄ちゃんみたいに。」
ミケルはご機嫌だった。ハンナが毎日家に居るからだ。
(ダン兄ちゃんがくれた手紙はスゴイ!!本当に願いが叶う魔法の手紙なんだ!!!)
ミケルの記憶の中で、以前渡したナターシャの封筒は『願いを叶える魔法の手紙』という風に内容を短縮されていた。3歳の子供に正しく覚えておけという方が酷である。
ミケルは先日から顔色の悪かった母が心配で、何か出来ないかと考えていた時、広場にやって来たダンデに会い、昔の記憶を思い出したのだ。
そして大事にしまわれていた封筒を見つけ出し祈った。
――『お母さんが休めますように』と。
そしたらどうだろう。数日後には願いが叶い、母が毎日家にいてくれるようになったのだ。急な退職だったため、その分の給金も出ているらしく、引っ越すまで働かなくても良いと言う。
すぐに引っ越すのかと聞けば約三か月後に迎えが来るのだと教えてくれた。
ミケルは王都でダン兄ちゃんに会ったら手紙の話をして、い~っぱいお礼を言おうと誓った。
気を失ったハンナ氏は責任をもって自宅まで送り届けました。
+ + +
ちょっと浮気をして短編をこしらえました。
『今日も元気だビールが美味い!』
https://ncode.syosetu.com/n4599ey/
中年女性の食道楽のお話です。
お時間ございましたらこちらも楽しんで頂けたら嬉しいです!
よろしくお願いいたします。




