クロとシロ
本日、暫くログアウトしていた【日間ランキング】100位以内に戻っておりました!!
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ありがとうございます!!!!
ナターシャが領地でなんやかやしている頃。
クロムアーデル王国王城は本日も大変賑やかであった。
「兄上ぇ~!何処に行ってしまわれたのですかぁ!!」
故意に一人だけ行き先を告げられなかったクロードは、今日も兄が帰還していることを期待してラルフの私室に向かい、落胆の叫びをあげていた。
「『旅に出ます探さないでください』なんてよっぽどの事があったに違いない!なのに何故父上も近衛を動かしてくださらないのか!!兄上に何かあったらどうするんだ!?」
相変わらず兄上大好きクロードは今日も通常運転だ。兄を思い遣る弟王子の姿に侍従たちも大変ほっこりする思いである…て良いのかそれ?
今すぐにでも城を飛び出して探しに行きたいのに、王である父から稽古事を休むことは許さぬと厳命されている。そしてかなりきつめに組み立てられたスケジュールに実質軟禁状態なクロードである。
ならばいっそ、自由に動けるシルビアに捜索をお願いしたのだが、
『嫌よ。私、あんたのお兄様好きじゃないもん』
とにべも無かった。不敬罪も恐れぬ発言である。いや、彼女の場合本能に忠実だから何も考えていないというのが正しいか……。
暫く回想に耽っていたら噂のシルビアがやって来た。勝手知ったる…である。
「クロ、またお兄様の部屋に居るの?…毎日飽きないわね」
シルビアが登城すると、当然の様にクロードへと案内された。最早誰も疑問に思わない。――ナターシャは訪問先を問われるのにだ――そして好き勝手に王族スペースを歩き回っていても咎められなかった。
(出入り自由、行動気の向くままって…野生動物か何かだろうか……)
思わず胡乱な目になってしまう。決して八つ当たりでは無い…と思いたい。
「ねぇ、この後剣術のお稽古でしょ?迎えに来たのよ、早く行きましょう!!」
(自由かっ!!そして何故私のスケジュールを把握している!?)
心中でめいっぱい叫んで平静を装った。この辺りは問答するだけ無駄だと過去の経験から悟っている。クロードは日々成長しているのだ……。
まぁクロードの心中がどれだけ荒れようが、そんな事は全く意に介さないシルビアである。
今日も楽し気でキラキラした瞳を携えて、好奇心の赴くままクロードを引きずり回すのだ。
掴まれた手首を振りほどく事も無く、瞳を諦念の色に染めたクロードは為すが儘ドナドナされていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なぁ、シルヴィーは何で剣術を覚えたいんだ?」
ここへ来て漸く浮かんだ素朴な疑問を本人にぶつけてみた。今更感は拭えないが、反射的に零れてしまったのだから仕方がない。
剣術の稽古を終え、小休止にお茶を飲んでいた時だった。嚥下したお茶の絶妙な温かさに解れた気持ちと共にポロリと零してしまったのである。
シルビアは目をパチクリした。
「ナターシャが強くなってるから」
それが世界の摂理でしょ?と言わんばかりだ。彼女の世界の中心は間違いなくナターシャであろう。
「いや、アーシェが仮に強くなったとして、令嬢であるシルヴィーもそうでなきゃいけない理由にはならなくないか?」
「私の方が弱かったら、ナターシャを護れないじゃない」
「だから何でお前がアーシェを護らなきゃいけないんだよ?」
言われてキョトリ。そう言えばそうねぇ…?何て心中の声が聞こえてきそうな顔で――実際間違ってないと思う。この令嬢は非常に考えが分かりやすい――シルビアが思案し始めた。本当に脊髄反射で行動していたらしい。
頬に片手を当てて小首を傾げる様は、どこからどう見ても可憐なご令嬢である。…黙っていればと注釈は付くが。
やがて結論が出たのか、それを音にして確かめる様にシルビアが語り出した。
「…昔ね。私とナターシャが初めて会った頃……私は毎日むしゃくしゃしていたの。私の世界は屋敷の中だけで、お父様とお母様、そして使用人しか知らない。お父様もお母様も毎日忙しくって殆どお会いすることも出来ず寂しかったの。…きっと誰かに甘えたかったんだと思う。近くに居るのは使用人だけど、私の我が儘を皆よく聞いてくれたわ。…でもそこに、愛情は無かった。」
「愛情?」
「…そう、愛情。使用人の皆は仕事という義務で私と接していたのよ。私を大切にしてくれてるから我が儘を叶えてくれてるんじゃないってナターシャに会って気付いたの。」
「アーシェに?」
「そうよ!ナターシャったら初めて我が家に来た日、家人を全員お説教したんだから!!」
当時を思い出したのかシルビアがクスクスと笑う。今彼女の回想の中をナターシャが動き回っているのだろう。
「私、生まれて初めて『嫌』って『ダメ』って言われたのよ。すぐに意味が分からなくて考えちゃった」
「…どういう状況だよそれは……」
「…ナターシャは私を叱って、使用人たちも叱ってくれたの。でもちっとも嫌じゃなかった。……嬉しかったわ。ナターシャは私の前に立って、私を護ってくれたのよ……」
その言葉に己の過去が重なった。
ラルフに促されて共にダンデハイム領の視察に赴いた時、森で癇癪をおこして怪我をした自業自得な己をその背に背負い、野犬に襲われた時は身を挺して庇ってくれた。
不甲斐ない自分を受け入れてくれた少女に恩を返したいと、支え並び立つために自分を変えたいと、そう思ったのだ。
…きっとシルビアもそうなのだろう。
過去を掘り起こし、当時の自分とリンクした彼女の表情が雄弁に語っていた。
――――私たちは同じであると。
「…私とナターシャは親友だから、私も同じくらい強くなって、ナターシャを護るのよ!」
うん。と帰結した思考に納得して頷くシルビアを見つめる。『強さ=物理』という短絡さは彼女の素直さからきているのだろう。だがその気持ちは痛いほど解かってしまったので敢えて口にすまい。
「クロ、手、貸して。」
こちらの了承も待たずにシルビアが私の手を取った。手のひらを上にして、親指でグニグニと撫でる。…ちょっと擽ったい。彼女の奇行には慣れたもので、気の済むまで好きにさせた。
程なく、私の手を握ったままシルビアが溜息を吐いた。
「…やっぱり。クロはちゃんと頑張ってるものね。」
「意味が分からないのだが?」
「…剣ダコ。……いいなぁ。」
しみじみと吐き出されて対応に困る。剣ダコがいいとは!?
「私、家で素振りとか出来ないの。お母様が絶対に許してくれないのよ。ほら、触ってみて」
今度は自分の手を突き出して私に握らせる。躊躇いながら言われた通りにした。…大変滑らかである。
「こうやってクロの稽古に混じった日はね、帰ったら徹底的に磨かれるの。令嬢が傷なんてとんでもないって。……お嬢様は不便だわ」
不満たらたら口を曲げるシルビアにちょっと笑いがこみあげる。
それすらも自身が感じていた気持ちとリンクするのだ。
「王子もなかなかに不便だぞ」
言って片頬をあげる。
思いは通じたのかガシっと固く手を握り合った。…あの日、サロンでシルビアに張り倒された日に感じたシンパシーは間違いなかった。私たちは同じ少女で繋がっている。
「ね、クロ。私一人では不便な事も多いけど、二人でなら何とか出来ると思うの。私もあんたに協力するから、クロも私を手伝って!…じゃないと、ナターシャどんどん先に行っちゃうんだもん」
「…そうだな。今頃は領地視察の真っ最中かな。ナハトと行ったんだろう?私も行きたかったな……」
(……ん?……私も……)
一瞬かすめた違和感に気付く事は無かった。同じ穴の貉は一枚も二枚も上手で尚且つ機動力が高いのだ。
頑張れく~ちゃん!!
「そうだ!近々外出許可取ってよ?一緒に孤児院行きましょ!ナターシャが広めた面白い遊びがいっぱいなのよ!!」
「あ~…行きたいのは山々なんだが……」
前回は『貴族の慈善事業』という慰問の名目があった為許可されたのだ。それでも漸く叶った希望だった。二人が楽しそうに孤児院での出来事を話してくれるのを聞いて羨ましく思っていた。自分だって出来るなら三人で遊びたいに決まってる。――抜け出すという考えの全く浮かばない育ちの良い王子様である。
「大丈夫!お父様にお願いするから!!」
この国の宰相の胃に穴をあけるのは間違いなく実の娘であろう。
この後繰り広げられるであろう騒動に頭痛を覚えたが、それで己の休暇が買えるなら安いものだ。宰相には悪いが、シルビア台風の尊い犠牲となって貰おう。
「さ、そろそろ休憩も終わりね!次は…王国史だったかしら?」
「だから何故把握しているんだ!?」
「え?私も一緒に受けるから!」
サッと手を取られ、専用の書斎へ向けて再び二人で歩き出す。傍から見れば大層睦まじく、微笑ましいカップルだ。
実はシルビアがクロードにこうも帯同できるのは、シルビアの『王妃教育も兼ねられているから』だと知るのは、二人がもっとお年頃になってから。
その時二人が絶叫したのは言うまでもない。
クロシロはナターシャの狛犬のようですね(ニコリ)
ナターシャは隠密訓練に関しては徹底的に隠ぺいしていますが、本能のシルビアには何か感じるものがあるようです。
+ + +
ちょっと浮気をして短編をこしらえました。
『今日も元気だビールが美味い!』
https://ncode.syosetu.com/n4599ey/
中年女性の食道楽のお話です。
お時間ございましたらこちらも楽しんで頂けたら嬉しいです!
よろしくお願いいたします。




