初めての捕物帳
前話からの引きって初めてかも知れない…。こんなに長引くと思わなかっ・・た・・・
「そうですね…」
兄様がうっすら微笑んだ。
「ではっ!!」
「じっくりとお話聞かせて頂きましょう」
「は、はいぃ~」
立ち上がったベル嬢がフラフラと兄様に引き寄せられ始めたその時――兄様がニッと笑った。
「捕らえろ!」
厳しい兄様の声がホールに響いた。
瞬く間に突入してきた領兵たちがケルティッシュ親子を拘束する。
まずは下手に逃げられない状況を作ったらしい。兄様、エグイです。
「な、これはっ!!?どういう事だっ!!!放せっっっ!!!!」
「貴様ら親子は不敬罪だ。…殿下、申し訳ございません」
兄様がラルフに臣下の礼をとる。
未だ私を腕に閉じ込めたままのラルフがにっこりと笑った。
「良い、ナハディウムに罪はなかろう。」
「な、何故私が不敬罪なのですか!!?そ、それならそこで殿下に纏わりついている令嬢はなんなのです!!!!殿下にずっとベタベタして!!よっぽど不敬ではありませんかっっ!!!!!!」
ベル嬢が金切り声で叫ぶ。
ずっとラルフの為すがままになっていた私は漸く口を開いた。
「…殿下、発言をお許し頂けますか?」
「ああ、許そう。好きに囀るが良い。」
いや、だからそういう睦言めいたものいらないから。悪ノリ中のラルフについジト目になってしまう。
私はラルフを軽く押しのけ立ち上がると男爵親子の方に毅然と向かった。そして大仰に溜息を吐いて見せる。暗に『そんな事も解からないのか』とのアピールだ。
「まず一つ。ラドクリフ殿下からお許しが出ていないのに、ベル嬢を引き合わせ一方的に話しかけた。」
ラルフ、あの時一言も発してないからね。
「二つ、殿下の目の前で王家を貶める発言をした。」
他国から取り寄せた珍品で身を包み、さも王家には手が出せないだろうという言い回しをしましたね。ラルフが言った「奮発した」とか嫌味ですからね。褒めてないよー。
「三つ、ケルティッシュ男爵家は王家に反意有りと思わせる発言をした。あら、これは反逆罪かしら?」
コロコロ笑うと「馬鹿なっ!!言いがかりだっ!!!」と男爵が唾を飛ばす。
「まあ!ご存じないの?白ユキヒョウって北の国の神獣として国民からとても敬われているのよ?勿論保護指定されています。…貴方の着ているその毛皮、何と仰って?それに…」
今度はベル嬢に視線を向ける。
「ベル様、貴女先程兄様にこの領をもっと富ませる事が出来ると仰ってましたわね。それは貴女の持つ宝石が根拠なの?」
「そ、そうよっ!!!この国では採れない珍しい物も手に入るんだからっ!!!!」
「例えば『紫水晶の枝木』とか?」
「そうよっ!!それが何だって言うのよっっ!!!!」
固唾を飲んで成り行きを見守っている野次馬たちにも聞こえるように言ってやれば、ザワリと空気が変わった。困惑しているのだ。耳聡い貴族ならそうなるだろう。
「ねぇ、ご存じ?最近東の国で『紫水晶の枝木』と呼ばれる国宝が盗まれたんですって。丁度あちらの王都にある教会の創立記念で公開展示される予定だったとか。」
「は?…え……うそ………!?」
「あなた方、この国に戦争でも起こしたいのかしら?」
「なっ……!?」
親子は閉口した。青ざめてブルブルと震えはじめる。
周囲の視線はケルティッシュ男爵を取り巻く媚から、犯罪者を見下す冷ややかなものに変わっている。貴族は見栄や矜持が全て。悪評ゴシップは瞬く間に社交界に広がってしまう。それは貴族としての『死』だ。まして今回は第一殿下がおわす中での失態。皆嬉々としてスピーカーになってくれるだろう。
「…それとケルティッシュ男爵?殿下だけでは無く、随分と私の父を…この地の総領主であるダンデハイムを見くびってくださったようで」
私がにっこりと音が聞こえそうな笑みを浮かべれば、同じく凄絶な笑みを湛えた兄様が同意して頷く。
出入り口に向かって「入れっ!」ナハトの命令で重たい扉が開かれた。そこから歩いてきたのは壮年の夫婦。
「そこまでです、伯父上。」
キリリと誠実そうな男性は毅然と伯父に対峙した。
「っな!?…お、お前は!!?」
「本日付で北を任せる事になったノーサル男爵です」
「何だってっ!!?」
兄様の言葉にケルティッシュ男爵が目を見開いた。
夫婦がラルフにそっと目礼をし、片手をあげる事でそれに応えるラルフ。その後、ケルティッシュ男爵を一瞥するとノーサル男爵がナハトに向かった。
「よもや伯父がここまで愚かだとは…。同じ血筋のものとして私が責任を取りましょう。」
「ありがとうございます。これが任命書です。どうか北を、よろしくお願い致します。当家は助力を惜しみません。」
「謹んで拝命致します。必ずや国を支えるダンデハイムの一助となりましょう」
恭しく臣下の礼をとったノーサル男爵がしかと丸められた羊皮紙を受け取った。兄様は満足げに頷く。
「さて、ケルティッシュ男爵。後顧の憂いが無くなった所で貴殿には聞きたい事が山積しているのです。己が領分を越えて随分と我が領を荒らしてくれたようだ。まして反逆の片棒を担がされかけたのだから、その罪は軽くないとご承知いただきたい。取り合えず貴殿の家財一式は没収させてもらう」
「ふ、ふざけるなっっ!!!黙って聞いておれば、成人前の子どもに何ができるというのだっっ!!!」
「成人前でも私はダンデハイムの嫡子。この場では領主代行の責を担っています。…この意味がお分かりか?」
「ば、馬鹿な……」
「ああ、ベル嬢の私室もしっかりと見させて頂きますよ。…じっくりと、ね。――――連れて行け!!」
こうしてケルティッシュ男爵親子は力なく連行されて行き、別行動で男遊びに耽っていた男爵夫人、関わりのあった商会一派も程なく捕縛された。
野次馬として残って頂いた招待客の皆様は一度お帰り頂き、後日改めて『重要参考人』として聴取される予定。綺麗な身体ならば何も問題ないよね☆
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
兄様たちはノーサル男爵と護衛を連れて検分に行ってしまった。その一団にはユージンの姿も。何とノーサル男爵夫妻は東のイースン伯爵家で保護されていたらしい。そこで領主代行の仕事を仕込まれていたとか。道理で随分迅速に事が運ぶと思ったよ。父様、準備は整ったって言ってたもんな…。
「さてお集まりの皆さん」
招待客が帰り、先ほどの広間に集められたのはここの従業員の方々。パーティー会場担当だった人たちは顔色が悪く、広間でのやり取りを知らない人たちは所在無さげにしている。
私はそんな人たちをぐるりと見渡してにっこり笑う。――視界の端にハンナの姿も捉えていた。
「先程この家の家財一式は我がダンデハイム預かりとなりました。家財一式とは貴方達人材も含まれております。…それで皆様にご足労頂きました。ご協力感謝いたしますわ。…さて。これから申し上げる方はこちらに集まって下さい。」
一人一人名前を呼ぶと、指定された場所に移動していく。何故か勝ち誇った様子で興奮気味だ。対照的に取り残された集団は消沈している。
非番でいない人間もいたが、それに関しては後日伝えて貰えばいい。取りこぼしが無いか入念に確認して頷くと、選り分けた人たちにとてもいい笑顔を向けた。期待に満ちた瞳がこちらを見返している。そりゃあ男爵家から伯爵家へ転職――しかも領主邸――ともなれば期待に胸躍るよねぇ。
「貴方たちは解雇よ」
ピシリ。場が凍った。
残念でした。君たちは用無しなのだよ!
「不良債権は必要ないの。誇りをもって職務を全うできない者は要らないわ。…虎の威を借る狐もね」
身に覚えのある者たちがヒュっと息を呑む。顔面蒼白だ。
「そんなっ!!では我々はどうしたらいいのですか!!?」
狐さん代表の警備兵の男が縋ってきた。高待遇のお仕事――しかも自慢し放題――欲しいよね~。解かります。でもダメ~☆
「どうしてもと言うならチャンスをあげます。」
「何でもやりますっ!!!」
「あらそう?…では、東で修行してらっしゃい。」
「は?」
「東のイースン伯爵家はご存じ?王家の指南役もイースン所縁の方なのよ。とても厳しい訓練で練度の高い兵が管理されているわ。…そこで鍛えられた後なら考えてあげる。そのやる気があればきっと大丈夫よ!頑張って頂戴ね」
…死んだな。イースンの訓練といえば、ソウガも恐れるブートキャンプらしい。万が一それを乗り越えられたのなら、真っ当な強戦士にクラスチェンジだ。喜んで雇用しようじゃないか!
「さ、他に何もなければお疲れ様でした。あなた方は自由よ、何処へなりお行きなさい。」
私の言葉で退場組は領兵たちに追い出されていった。約一名は引きずられて東へご案内。強く生きろよ!
「残りの皆様お待たせしました。これからの事についてご説明させて頂きますね。まずは自己紹介から。ダンデハイム領主が息女、ナターシャと申します。あなた方の処遇は私に一任されました。なので皆様私の配下になっていただきます。そこまでよろしくて?」
はい。配下です。つまり名目上は『隠密部隊』の増員です。お忘れかも知れませんが私、隠密部隊に限り、父様に次ぐ裁量権を与えられています。新規雇用も権限範疇内なのです!
「基本は王都に新築した私の所有施設に勤めてもらう予定です。働くにあたって、それぞれ最低限の衣食住は保証いたします。家族のある方は是非ご一緒にお越しください。詳しい事は王都へ移動後行いますが、どうしてもこの地を離れられない理由のある方は申し出て下さい。今までの働きに見合った退職金をお渡しいたします。強制はしませんのでご自身でお選びになって。」
その場で返事をくれた従業員たちをメモに取り、家族と相談したいと話す人には返事の期限を告げ解散とした。彼等の王都出発は3か月後。専用の馬車を手配する予定だ。――雇用者には今までの給金で3か月分、雇用を諦めた人には一定の退職金を支給した。
「そこの貴女、ちょっとこちらへ。他は帰って構わないわ。これからよろしくね」
私はハンナを呼びつけ人払いをした。
突然の事態に彼女は青い顔で跪く。「顔をあげて」と出来るだけ優しさを込めて肩を叩く。
「久し振りですね。…ミケルが貴女をとても心配してましたよ。」
ダンデ口調で言えば、ハンナが目を皿のようにした。
私はしたりと笑って、下ろされた髪を片方の手でポニーテールに持ち上げて見せる。もう片方の手で前髪を後ろに撫でつけて見せた。ハンナがそれに更に驚愕したのを見てパパっと身なりを元に戻す。
「…お嬢様、だったのでございますね……」
「黙っててごめんなさい。…貴女には別にお願いがあったの。それで秘密を明かしました。…ハンナ、私の侍女になりなさい。」
「そんな、滅相も無い!!私には過ぎたお役目でございます!!」
半ば悲鳴のようにハンナが拒否した。普通そうなるよ。侍女って教養ある貴族のお嬢さんとかが主になる職種だからね。でもごめんね、もう私の中で決定事項なんです。
「残念ながら貴女に拒否権はありません。一緒に来てもらうわ、勿論ミケルも一緒に。…そろそろ一人じゃ誤魔化すのが大変になってきたのよ。私がダンデとして自由にお忍びできるよう、協力して、ハンナ!ね、お願いっ…!!」
「………拒否権は……ないのでございましょう?」
顔色の悪いままたっぷり逡巡したハンナがしぶしぶ了承した。諾は諾だ!言質は取ったぜ!!
「やったな!姫さん!!」
「うん!師匠!!」
突如現れた師匠にいつも通り満面の笑みで返せば、
――――ドサリ
音も無く失神したハンナが目の前に横たわっていた。
ハンナさんは体が弱いのです。気を遣ってあげてください。神出鬼没のとんでも主従。
人は、突如、降って湧かない!!
+ + +
ちょっと浮気をして短編をこしらえました。
『今日も元気だビールが美味い!』
https://ncode.syosetu.com/n4599ey/
中年女性の食道楽のお話です。
お時間ございましたらこちらも楽しんで頂けたら嬉しいです!
よろしくお願いいたします。




