それぞれの思惑
更新がいつもよりはみ出してしまいました(><)
待っていた方、深くお詫び致します。
キラキラゴテゴテしい回廊の突き当りはパーティーホールになっていた。
既に到着している招待客たちが談笑している。
どうやら立食形式らしい。
私たちの到着が告げられると、思い思いに過ごしていた招待客たちの目が一斉にこちらを向いた。
「これはこれは、本当にラドクリフ第一王子殿下に御出で頂けるとは!!誠に光栄の至りでございます。」
まるでお芝居の役者の様に大仰に手を振り広げた中年太りのオジサンがやってきた。…どうやら彼がケルティッシュ男爵らしい。
媚びた笑いを顔いっぱいに貼り付け殿下を見、次いで兄様を見て同様に笑いかける。
「貴殿がダンデハイムのご子息ですかな?」
「ええ、ナハディウムです。本日はお招きありがとうございます。」
兄様がとびっきりの営業スマイルを見せると、周囲から「ほぅ」っと感嘆の吐息が漏れ広がった。
老若男女を惑わす魅惑の貴公子…。その片鱗が既に見え始めている。
「そちらは……?」
やや険を含んだ声音で男爵が私を向いた。
「お初に御目文字致します。ダンデハイムが息女ナターシャですわ。以後お見知りおきを。」
意識してとびっきり可憐にカーテシー。
すると「フンッ」と軽く鼻を鳴らした男爵がおざなりに返事した。
「…そうですか、よろしく。…ああ殿下!ナハディウム殿。私にも娘がおりましてね、是非ご挨拶させて頂きたい!」
私を見る目が傍を飛ぶ害虫に向けるそれですよ…。男爵は直ぐに兄様たちに愛想を振りまいた。
あの~…、男爵さんよ。綺麗に私の事無視しようとしているようですが、私の方が地位は上だからね?普通そんな対応したら、社交界でハブられるぞ?…まぁ言わないけど。
男爵が視線を一瞬外して何処かを見やると――近くで待機していたのだろう――頬を紅潮させた少女が足早にやって来た。14,15歳くらいだろうか?まだ若いのにやたら厚化粧していて、顔の端が若干溶け始めている。
「ようこそ御出で下さいました。ケルティッシュ男爵が息女のベルです。」
どこかべたつくように笑うベル嬢は、ドスドスと優雅さの欠けたお辞儀をした後、私をキッと睨んだ。
(親子揃いも揃って……)
呆れるしかない。ホスト失格だ。
私は微笑のままベル嬢にも礼を返す。それは綺麗にスルーされ、ベル嬢はラルフとナハトを交互に見つめながら――目がハートになっている――じわり足の爪先がその距離を縮めようとした瞬間、サッと左手首を引かれた私は、軽くフラついてラルフの胸に背中からポスっと収まった。
「…おや、ナターシャ。気分がすぐれないのかい?」
やたらキラキラしいお顔が至近距離で私を見つめる。や、引っ張ったのラルフじゃん?って…ちょ、近い近い!!
「それは大変だ。…男爵すまないが大事な妹が気分がすぐれないらしい。休息出来る部屋に案内してくれ。」
兄様が私の手を優しく撫でながら、男爵に毅然と命令。そしてラルフの腕からするりと私を剥ぎ取って抱きかかえると――お馴染みの姫抱っこである――男爵の返事も待たず歩き出した。
ハッとした侍従が「こちらです」と誘導してくれたのに頷いて兄様がずんずん進む。その隣をラルフが陣取り「可哀想に」「大丈夫かい?」とか言いながら、至近距離で私の手や頬を撫でている。その瞳は憂慮を含みながらもどこか甘い。
何だこの茶番は!!?
到着早々良く分からない芝居に付き合わされ始めた模様。しかしながら意図が分からないなりに兄様たちに合わせておく。そっと目を閉じ兄様にしな垂れかかると「良い子だね」ナハトが小さく零した。
休憩用の客間に入ると、兄様は私をそっとベッドの縁に降ろした。
案内してくれた侍従に礼を言い、次いでこの家の家令を呼んできて欲しいと伝える。何か叱責でもあるのかと顔を青くした侍従が慌てて部屋から出て行った。
「ふふ、ざまあないねケルティッシュ男爵。」
人の気配が無くなってすぐにラルフが笑い出した。
「まったく、何であんな奴がこれまで北の管理者であれたのか。大体あの娘も何なんだ?あれで僕のナターシャに勝てるとか思ってるの?生まれ変わって出直して来い!」
「ホントにねぇ。余程男爵に甘やかされてきたのかな?全然状況も理解できてなかったし。…あれで未来の妃になろうとか笑えるよ。」
毒が!?毒ガスがまかれている!?辛辣な発言をする兄様たちはとても楽しそうにクスクス笑っているよ!怖いっ!!
「さて、ナターシャ。これから一緒に男爵の心をベキベキにしに行くよ☆」
はい?何て!?兄様リピートアフターミー!!
私が驚愕に目を見開くと同時に客間の扉が開かれた。険しい顔の家令らしき男が先程の侍従を連れてやって来たのだ。そして折り目正しく頭を下げる。こちらの許しを待ってから家令は顔を上げた。…この人はちゃんとしてるみたいだね。
「坊ちゃま方、私共に何か粗相がございましたでしょうか?」
おずおずと切り出した男に兄様は笑いかける。
「いいや、大丈夫。ちょっと頼みたい事があるだけなんだ。」
「何でございましょう?」
「もうまもなく本家のお客様がやってくるんだけとね。彼らは招待状を持ち合わせていないんだ。男爵を驚かせたいから、ここまで手引きしてくれないか?勿論、男爵に気取られてはいけないよ。」
「はぁ…。構いませんが、どんな方なのですか?」
「ふふ、君たちの見知った人だから見ればわかるよ。彼らがこの部屋へ着いたら教えてくれるかい?」
「か、かしこまりました。」
ナハトがゆったり笑っている。この顔、母様にそっくりだなぁ…なんてぼんやりしてたらラルフに引き上げられた。
「では、会場に戻るとしよう」
言ってラルフが再び私の左手を取り、ナハトが右の手を取る。私は間に挟まれて有無も言わさず連行された。
「ナターシャ一人で楽しもうなんて許さないよ?ちゃんと僕らも交ぜてもらわなきゃ。」
「そうそう、でなければ私も付いてきた意味が無いからね。」
「あの~…兄様方、何のことでしょう?」
「ん?騒ぎを起こすなら、みんな一緒にねってコト」
はい、すみませんでした。勝手に動こうとしてました。だからってずっと両脇を固めなくても良いと思うんだ。地味に歩きにくいよこれ!
…私の主張はにっこり笑った兄様たちに黙殺されました。
会場に戻るとすぐさま男爵が飛んできた。勿論娘も一緒だ。
「さあさあ殿下、あちらにお茶を用意させましょう。中庭の見える特等席です。」
「そうか。気遣い感謝する。さ、ナターシャ。足元に気を付けて」
蕩けた瞳で笑いかけてくるラルフに内心冷や汗が止まらない。この子はいつの間にこんな技を身に着けたのだろうか…。
「辛くなったらすぐに言うのだよ。私を心配させないでおくれ」
今度は兄様かい。先導する男爵のすぐ後ろでベル嬢が射殺さんばかりにこっちを見ているのだが…ってあ~そういうことか。煽っていく方向なのですね。理解しました。
周囲の貴族たちが好奇心満載の目で見守る中、私たちは案内されたソファーに腰掛けた。当然三人仲良くぎゅっと密着して。
「ず、随分と皆様仲がよろしいのね?」
片頬が引き攣りながらベル嬢が切り出す。ちょうどキャッキャうふふとクッキーの食べさせ合いっこをしていた所だ。ラルフが少しベル嬢の方を向いて微笑した。それだけで彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまう。…イケメン怖い。
「男爵、ベル嬢は随分と良いドレスを着ているね。それは…絹かな?」
「流石殿下!その通りでございます」
「ほぉ…確か我が国には左程流通していない希少品ではないか。奮発したものだ」
漸く殿下の意識を捉えられてケルティッシュ男爵が喜色ばむ。
「妹の嫁ぎ先が商家でしてな。手広くやっているようです。その伝手で我が家には珍しいものが入ってきやすいのですよ。」
口元に蓄えた髭を撫でつけながら自慢する男爵。そこに兄様が拍車をかけた。
「男爵の身に着けているその毛皮も素晴らしいですね、そんな柄、見た事が無い」
にんまりとふんぞり返る男爵に、娘も自己アピールを放つ。
「ナターシャ様、私この間、こんなに大きなダイヤの指輪を頂きましたの。ここまでの大きさ、王家にも滅多に出回らないと叔父様仰ってたわ!殿下の隣に立つ女性ならこのくらい身に着けていないとって。」
オホホホと中指に光るでっかい指輪を見せびらかしながらベル嬢が笑う。その視線はチラチラとラルフに向かうのだが一顧だにされない。――ラルフは私の頭を抱えて撫で続けている――今度は隣の兄様に標的を変えたらしい。じっとりと悋気を孕んだ瞳で私を睨めつけて、ナハトに笑いかけた。
「ナハディウム様、私もダンデハイム領を支える一人として勉強しましたの。お父さまの着ているあの毛皮。あれは『白ユキヒョウ』と言って北にしか生息しない珍しい生き物なのです。叔父様がやっとで仕入れた一点ものだと言っていました。山脈を超えた先でしか手に入らないのですって。」
「それは凄いですね……」
兄様の言葉に手ごたえを感じたベル嬢が更に言い募る。
「ダンデハイム領は非常に富んでおります。でも我が家ならこの領にもっと貢献できます!このダイヤも他にも沢山の宝石が我が家にはありますわ!叔父様の商会はとっても素晴らしいの。『白ユキヒョウ』の毛皮も『紫水晶の枝木』も叔父様の商会だから手に出来たのですわ!叔母さまは私の事をとっても可愛がって下さっているから、私がお願いすれば何でも手に入るでしょう。この領のバザールにもっと目新しいものを増やすことだって可能なのです。」
「それは興味深い話ですね」
「そうでしょう!」
ベル嬢が無邪気に跳ね上がる。完全にターゲットがナハトに移ったようだ。兄様の方へ鼻息荒く前のめりになっていく。
「宜しければ私のお部屋でお話しません事?見て頂きたいものが沢山ございますの…」
ポッと頬を染めて兄様を伺う。その横で男爵が「それはいい!」なんて囃しだした。
「そうですね…」
兄様がうっすらと微笑んだ。
…おかしい。こんな筈じゃなかった(byナターシャ)
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ちょっと浮気をして短編をこしらえました。
『今日も元気だビールが美味い!』
https://ncode.syosetu.com/n4599ey/
中年女性の食道楽のお話です。
お時間ございましたらこちらも楽しんで頂けたら嬉しいです!
よろしくお願いいたします。




