共犯者
今日もリンデンベル孤児院へ向かうため、お忍び用ワンピースを着て、街へ行くと執事に言付け馬車に乗り込んだ。
ガタゴト行き慣れた道の途中で「コンコン」と御者台と客車部分を繋ぐ小窓が叩かれ、専属御者のカーティスさんが珍しく話しかけてきた。
「お嬢様……」
「はぁ…わかってる。その先で馬車を停めて頂戴」
丁度馬車が三台くらい通れそうな開けた場所がある。道の端に寄せて馬車を停めてもらい、私はタラップを降りると後方に向かって腰に手を当て仁王立になった。
私の手前で同じように馬車が停まる。そこから降りてきたのはシルビアだ。
「ナターシャ!どこ行くの?今日こそ私も連れて行ってよねっ」
駆け寄って来たシルビアが私の両手を取って上下に振った。
(いつかくるとは思ってたけど、予想より早かったなぁ…)
つけられている事は屋敷を出た時点で気付いていたのだけれど。…さて、どうするか。
数瞬だけ逡巡するも…まぁシルビアだけなら一緒に来ても問題ないだろうと結論付けて、ネルベネス家の馬車に顔を向ける。
「私たちはこれからリンデンベル孤児院の見学に行きます。シルビアはナターシャが責任を持って夕方までに送り届けるとイリーニャ様に伝えてくれるかしら?」
シルビアを乗せてきた御者に伝言を頼むと、深々と頭を下げて馬首を返していった。
「ねぇ、シルビア。連れていくのは全然構わないのだけれど、私お忍びで変装してるの。その事を内緒にしてくれるなら一緒に遊びましょう。約束してくれる?」
「勿論よ!ユビキリしましょ♪」
私たちは一緒の馬車に乗り込み、再び発車してもらう。馬車の中でダンデの格好に着替えると、自分も男装したいと騒ぐシルビアを宥めるのに一苦労した。
馬車は程無く孤児院に到着。タラップを降りながら、何度目かになる念押しをシルビアに放つ。
「良い?ここから私はダンデよ!ナターシャとは親戚っていう設定だからよろしくね?」
「は~い。任せてよ!!」
(……限りなく不安だわ)
私はシルビアを連れて錆びれた門をくぐる。
いつものように直ぐに気づいた子どもたちが集まって来た。
「あ!ダン兄ちゃ、ん……?」
駆け寄って来た子どもたちがシルビアを見つけて、少し距離を置いた所で立ち止まった。初めて見る相手に様子を窺っている。
「…その綺麗な人、ダン兄ちゃんの彼女?」
その中の一人がおずおずと切り出す。シルビアが面白そうにニヤリと笑った。
「この子はシルヴィー。僕の友達だよ。彼女も君たちと遊びたいんだって。…仲間に入れてくれる?」
「いいよ~~!!」
小さい子どもたちは躊躇なく返事した。しかし、年上の面々は尻込みしている。
「ダ、ダンデ…。その人って凄いお貴族様なんじゃないの……?」
(だよね~~~~)
私は内心で大きくため息を漏らした。
シルビアは貴族基準では非常にラフな格好をしていたけれど、平民にしてみれば綺麗なドレスを着た豪奢なお姫様だ。シルビアは見目も大変整っており、少々キツイ顔立ちが非常にクールでお高くとまっているように見える。初見での親しみやすさは低いと言えよう。
その冷ややかな雰囲気が『凄いお貴族様』という表現になったのだと思うが、正しくその通りなのだから誤魔化すのもどうなのか…。
当のシルビアは周囲の温度差など意に介さずに『凄いお貴族様』を褒め言葉と受け取ったらしく、
「そうよ!私のお父様「わーーーーーーーーーーーーーー!!」」
私は慌ててシルビアの口を塞いだ。
「ほ、ほら!!今度ここでチャリティーパーティーひらくお嬢様がいるだろ?彼女、そのお嬢様の友達なんだよ!それで、どうしても先にここに来てみたいっていうから。僕がついでに案内してるんだっ!!!」
口を塞がれもごもごするシルビアを抑えたまま、有無を言わせず言い切る。「大丈夫、いい子だから!!」と取り繕えば、空気を察した子供たちが「ダンデも大変なんだね…」と同情してくれた。
何とか仲間に入れてもらえたシルビアはとりあえず、年少組と遊んでいてもらおうと思う。
私はここでもレクチャーしていた『じゃんけん』で『鬼ごっこ』をしようと提案。シルビアにもじゃんけんは教えてあったから、鬼ごっこの説明を簡単に施す。彼女はすぐにルールを理解してくれた。
♪ ~ じゃ ~ ん け ~ ん ぽ ん っ !!
「へっ、そんなナヨナヨしたお貴族様に、捕まったりするかよ!」
>ちびっ子代表・生意気『ベン』がシルビアを挑発。
「私を甘く見ると痛い目見るわよ!!」
>【鬼】シルビアの反撃 ▶ 【威嚇】メンチ切り。
(シルビアよ……。年下相手に大人げないな……)
10数えて散らばった子どもたちへシルビアが襲いかかると、あっという間にベンを捕まえて得意顔だ。ベンが悔しそうに鬼を引き継ぐ。颯爽と逃げるシルビア、ムキになって追うベン。子ども特有の甲高い悲鳴を上げながら子どもたちは追いかけっこに夢中だ。
これなら暫くほっといても大丈夫だろうと、私は年長者組を連れてサリーさんの元へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あら、ダンデ君いらっしゃい。」
作業中らしきサリーさんが私に気付いて笑いかけてくれた。
「こんにちは、サリーさん。……凄いですね。こんなに出来たんですか!?」
そこには私が教えたハーブ石鹸たちが所狭しと並んでいた。
「うふふ、やり始めたらハマっちゃって♪この子たちも手伝ってくれたから」
私の後ろに居る年長組の子たちを見ながらサリーさんがほほ笑む。
「でも不思議ね。膨らし粉からこんな物が出来るなんて。」
年長組も互いに頷き合った。
材料は全部食材としか認識されていなかったものだ。――ハーブは雑草扱いだった。
今回用意した石鹸は『ミント』『ローズマリー』『エルダーフラワー』『レモンピール』
レモンピールは街の食堂から調達し、それ以外のハーブは孤児院の庭に植えて収獲したり、近くの林で見つけてきたものだ。
同様に石鹸以外にも数点の簡単美容アイテムを製造した。
この世界、上下水の設備はしっかりしており、お風呂もちゃんと普及している。
化粧品や衛生用品はそれなりに存在しているのだが、基本的にそれらと『香り』は別物のようなのだ。
香水や香油は特別なもので、高位貴族――主に女性――しか使用しない。内容も香りの強い薔薇などの『花』から作ったものしかなく、種類が大変少ない。
貴族のご婦人は素っ気無い石鹸らしきもので身体や頭を洗い、その後で香油を塗ったり香水を吹き付けたりして香りを身に着ける。
花の香油を使ったエステはあるのに、基礎化粧品というものが無く、保湿やパック、トリートメントと言った概念が無い。…変なの。
ハーブにしたって、特定の料理に使われている極々一部だけ香辛料という扱いで認知されていて、今回用意したハーブたちは道端に生えた雑草くらいの認識だった。
私はそれを知った時衝撃を受けたのだ。
そこで実地調査をしてみた。
試しにレモンで化粧水を作り、数回使い切りのサンプルをご婦人方に渡してみた所これが大ヒット。
次にレモン石鹸を作ってサンプルサイズに切り分けたものを配ったら問い合わせが殺到した。
これはイケると確信し、美を追求するご婦人方をちょっと利用させて頂こうと計画した次第である。
種まきは終わった。
必要なアイテムも揃ったし、後は芽吹いたものを収獲するだけだ。
チャリティーパーティーは一週間後。
全員がハッピーになれるよう、しっかりおもてなしさせて頂こう!
―――――広場に戻ると、子供たちとすっかり打ち解けた泥んこのシルビアが楽しそうに笑っていた。
大勢の子供と遊ぶ事なんて初めての経験だろう。
よっぽど楽しかったらしく、帰りたくないとぐずるシルビアに次回の約束をして何とか回収すると、一度我が家に持ち帰り身ぎれいにさせた後送り帰した。――子供たちと駆け回った事はしっかりと口止めしておく。
はぁ…。次回までにシルビア用の遊び着を用意しなきゃなぁ……




