下準備
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王都。城下街の外れにその建物はあった。
もとは古い教会だったらしい。広さだけはある平屋の建物は、素人の手で不器用に補修してきたという。所々無造作に打ち付けられた板たちが、在りし日の清廉な外見を見窄らしく変えていた。
錆びれた表門から建物の間にはちょっとした広場のような庭があり、住居の裏には林が広がっている。
ヒッソリと息づくここ『リンデンベル孤児院』は、身寄りのない子供が15歳まで暮らす事が出来る、城下街唯一の孤児院である。
「あ、ダンデ!!」
「ダン兄ちゃんだ!!」
私が慣れた手つきで錆びついた門扉を押しやると、広場で遊んでいた子供たちが直ぐに気付いてワラワラと駆け寄ってきた。
「や、みんな元気?」
ガヤガヤと入り乱れる挨拶に返事を返しながら、団子のようになって院の建物を目指す。シスター――ここは既に教会ではないのだが、子どもたちの面倒を見てくれている女性がそう呼ばれていた――の居場所を問えば、裏庭で洗濯をしているというので、そちらへ進路を変更した。
「シスター!ダン兄ちゃんが来たよ~~!!」
私に引っ付いていた子の一人が叫べば、長い髪を一纏めにひっつめ、灰色のワンピースの袖を捲り上げた女性が振り返った。
「あら、ダンデ君。いらっしゃい、また来てくれたの?」
柔和に笑うシスター――名をサリーさんという――は花盛りの20歳。彼女もこの孤児院の出で、前任のシスターが寄る年波に勝てず苦労していたのを見かねて此処を引き継いだのだとか。
「手伝いますよ、あと何をすればいいですか?」
問えば遠慮されたが、そこには大量の洗濯物が積まれていた。一人でなんて時間がかかり過ぎる事は目に見えている。後は干すだけだというし、半ば強引に彼女の仕事を奪って子どもたちに呼びかけた。
「よ~し、洗濯物干し競争だ!早く、綺麗に、たくさん干せた奴にいっちばん美味しいお菓子をあげよう!」
言うが早いか目の色を変えた子供たちが殺到した。私は「皺を伸ばして」とか「間隔をもっとあけて」と指示を出しながらその様を監督。背の高い少年にはちびっこを抱き上げて貰い、シーツなどの風に飛ばされやすそうな物に洗濯ばさみを付けてもらう仕事を任せた。
多勢に無勢であっという間にやっつけられた洗濯物たちが風に靡いている。
「綺麗に手洗いうがいが出来た子から礼拝堂へ集合!おいしいおやつが待ってるよ。」
キャーっと歓声を上げた集団がドドドドっと素早く移動していった。
私はシスターと顔を合わせて笑い合う。
「ありがとう、ダン君のお陰で助かっちゃった。」
「いいえ、このくらい何でもないです。さ、サリーさんも行きましょう。ちょっと相談したい事があるんです。」
兄様を見習ってエスコートすれば、サリーさんがこそばゆそうにしていた。はにかむ様が大層可愛らしい。
(あ~、可愛い女子って癒されるわ~)
私はほのぼのと子供たちが待つ礼拝堂へと歩いて行った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
お行儀よく並んで座った子供達――そうしないとおやつはあげないと躾けた――に今日のお菓子を配り、洗濯物干し優勝者の少年にはキャンディーを詰め合わせた瓶を提供した。各色包み毎に味の違うそれが入った瓶は、カラフルな宝石が詰め合わせられているように綺麗だ。群がる女の子たちに自慢気にしている少年は、優越感から胸をちょっと反らしている。
そんな子供たちを微笑ましく横目に見ながら、サリーさんを連れて談話室へと移動した。
「よっ!遅かったじゃんか、ダン」
談話室には既にレイモンドが待ち構えていた。ごめんと軽く謝ってソファに座る。
「しかしこんな雑草どうするんだ?」
そこにあるのはミントの葉っぱ。
先日街中でレイに会った時に、孤児院の裏庭に植えて欲しいとお願いしたものである。
さっき洗濯物を干しているときに確認したが、ミントはその凄まじい繁殖力を発揮し始めていた。
「こうするんだよ」
私はレイに用意して貰ったお湯の入ったティーポットにミントの葉っぱをわっしと掴んで放り込む。
適度に蒸らしてカップに注げばミントティーの出来上がりだ。どうぞと二人に促して自分もカップを口に運ぶ。清涼感のある香りが鼻をスーっと通り抜けていった。
「うげ、何かスースーする…」
レイが顔を顰める。
「でも、私は嫌いじゃないかも」
サリーさんはお茶をもう一口口内に含んで香りを楽しんでいるようだ。うん、好感触だね。
「表の庭の周囲に植えて貰った別の種類の植物も含めて『ハーブ』って言うんだ。香りの強い植物で、それぞれに効能がある。これはミントって言ってね。殺菌効果や眠気覚まし、ちょっとした虫よけなんかにもなる。用途は色々。こんな風にお茶として飲むことも出来るけど…」
「けど?」
レイが注意深く私を見つめる。
「折角だから、孤児院の財源に化けさせようと思って」
私はにっこりと笑った。
リンデンベル孤児院は国から多少の援助金が下りている。父様に確認したのだが、その額は予算が組まれた当初から一切金額の変動はないらしい。養う子どもの増減数に係わらず一定で、尚且つ決して多額では無い為、孤児院での暮らしは楽なものでは無かった。
レイモンドの様に多少動ける8歳以上の子供たちが街中に出て得た小遣いも含めて細々と生活している。雨風凌げて、最低限の食べるものがあるだけ上等だと、子供達は口々に言っていた。
ここが何某かの教会でもあれば、喜捨として多少の実入りもあるのだろうが、今ではベイン男爵のような物好き貴族がたまに施しに現れるだけ。単発的な収入など、普段行き届かない衣類の新調やどうしようもなくなった箇所の修繕費に回せばあっという間になくなってしまう。
今孤児院に暮らす子供たちは過去最高に人数が多いらしく、ちょっとでも亀裂が入ればあっという間に立ち行かなくなるくらいギリギリの運営で成り立っていた。
このままでは来るであろう大寒波の影響で、シナリオ通りにレイの人生が進んでしまう。
それをぶち壊す為、ついでにここで暮らす子供たちにも選択肢のある未来を用意しようとちょっと頑張ってみました☆
「僕の親戚のお嬢様がね、定期的に此処でチャリティーパーティーを開きたいんだって。その時に振る舞うお茶やお菓子、ちょっとした軽食に此処のハーブを使ったもの用意したいと。あと、貴族のご婦人方用にハーブを使った美容製品を販売したいらしいんだけど、その製品をここの皆で作って欲しいんだ。」
「は?…俺たちが!?」
「そう。大丈夫、作り方は僕が教えるしとっても簡単だから!あと、サリーさんには子供たちには危なそうな作業のある製品づくりを手伝って欲しいんだ。」
「それは構いませんけど、何故そのお嬢様は此処でその様な催しをされたいのですか?」
訝しげにサリーさんが首をかしげる。
「うん。此処で作って販売した製品の代金を全部孤児院に寄付する代わりに、もしこの企画が成功したら是非お願いしたい事があるんだって。…その内容は秘密って言われたから僕も答えられない。」
「はぁ…」
要領を得ない為生返事のサリーさんだが、孤児院の資金源が増えるのは賛成という事で、早速試作品作りを手伝ってもらった。
まずは順調に育っているミントから。
ハーブ以外の必要な材料は既に調達済みである。
ミントを摘みに裏庭へ出た時、林の境目にとある木を見つけた。
「エルダーフラワーだっ!!」
私は思わず駆け出して林までたどり着くと、繁々とその木を観察した。丁度爽やかな良い香りのする白い小さな花を付けている――それでエルダーフラワーだと遠目に分かったのだが。
「何だ、その木がどうかしたのか?」
遅れてついてきたレイに私は食い掛った!
「うん!最高だよ!!これでもっとご婦人うけする商品が作れるっ!!」
私は興奮して如何にこの木が素晴らしいものであるかを巧説してレイを引かせた……。
その後、子供たちも集めてミントを摘んだり、エルダーフラワーの花を集めて貰ったり――取り過ぎには十分注意して――した。
その殆どを風通しの良い場所に釣るして乾燥させていく。
フレッシュハーブはオイルに漬けたり、煮詰めてシロップにしていく。
この工程を暫く続けて欲しいとお願いしてこの日は切り上げた。
さて。商品準備は問題無さそうだし、チャリティーパーティー開催の詰めと参りましょう。
私は今日も可愛らしく着飾らせてもらい、母様と手を繋いでお茶会と言う名の営業に向かうのだった。




