見た目は美幼女、中身はおばちゃん、その名は…。
家族が揃った初めての晩餐から一夜明け、本日も快晴の爽やかな朝です。おはようございます。
私の昨夜のマシンガン「なに?なに?教えて?」攻撃は、家族で初めてゆっくり過ごすイベントに興奮した末っ子のテンションが炸裂した微笑ましいものとして見られていた。…実際、幼児体力の為、散々まくしたてた後電池切れでスコンと寝落ちしたようだ。起きたらベッドで朝でした☆
生まれ変わって3年と少し。
漸く私の中で此処が『星巡り回廊の眠り姫』の世界だと認識出来た。苦労して生み出してきたあの子もこの子も現在自分同様の幼少期を向かえていることだろう。
(ゲーム発売前だったからなぁ…。)
きっと沢山の『ステラ』たちに愛されたであろう攻略イケメンたちも、『星姫』の数だけいる幾人ものステラも見届けられなかったのは心残りだ。
(…だから、『ナターシャ』なのかな…?)
主人公でも悪役令嬢でもないのは、ゲーム主要キャラたちを傍観するため…?
開発チーム一同、ボロボロになりながら心血注いで創ってきたのだ。日の目まであと少しだったのだから、神様が気を利かせて彼らを見守る機会をくれたのかもしれない。
(…だから私は『ナターシャ』になった。…うん。納得だわ。)
どうせ見届けるのなら、皆に幸せになって欲しい。その為に私が出来ること――、
(…いいえ、私にしか出来ないことがある。)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『星姫』にはとあるシステムが搭載されていた。
全ての攻略キャラのエンディングを見た後で開放される『大団円エンド』である。
通常周回毎に1人としかエンディングが迎えられないが、隠しキャラ含む全員を攻略すると、ステラが開く最初の扉が特別仕様になるのだ。
この扉を潜ると、最終パラメータ値の引継ぎが出来、通常1回の夢イベントを発生の度複数こなす事が出来る。選択肢を間違わず、パラ上げを怠らなければ、卒業までに全員の告白確定イベントを獲得出来る――友情和解イベントも含む――のだ。
ステラは全キャラから愛され、各攻略キャラも全員が己の負の部分を乗り越え、卒業後、みんながハッピーエンドを迎えるというもの。
―――因みに主人公は告白を受けた相手で進路が変わる。
この『大団円エンド』。
主人公は最後、全員から告白されることになるのだが、主人公の全パラ値MAXで誰からの告白も受けなかった場合、『主人公崇拝ED』という逆ハーレムを極める特別シナリオが用意されている。やり込みユーザーの為の仕様だ。
(まぁ、ぶっちゃけ、逆ハーレムとかどうでもいいんだけどねぇ…)
大事なのはその部分ではない。人生にはセーブもロードも無いのだから、
ステラが『大団円エンドに至ることは不可能』なのだ。
この世界のステラがあの子達の誰を選ぶのかは分からないけれど、例え上手くいったとて救済されるのは1人だけだ。
ゲームでは、ステラが攻略キャラの抱える問題やトラウマ・劣等感を解きほぐすことで絆が深まり恋愛が成就。二人は明るい未来を手に入れる。
逆に、選ばれなかった子達はその負債――暗黒面――を抱えたまま卒業を迎え、その後歪んだり没落したりとろくな未来が無い――それ故の大団円エンド――のだ。
(だからこそ、私がステラの代わりに皆を大団円にするんだ!!
……そして幸せを掴むうちの子たちを、私は親戚のおばちゃんよろしくニヨニヨ傍観してやる!!!!)
――――斯くしてナターシャの指針は定まったのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私が朝目覚めてから考えを纏めるまで数分も無かったと思う。起き出した気配を察知した侍女さんが、洗面道具を持ってやって来た。
「おはようございます、お嬢様。もう起きられますか?」
幼児相手でも手を抜かない素敵メイドさんである。
「…うん、おきる。」
私の意思確認が終わると、何処からともなく増殖した侍女軍団から至れり尽くせりあっという間に身なりが整えられた。いつも思うけど、ホント凄いよメイドさん。
姿見に映る自分を眺める。
父譲りの濃緑色の大きな瞳、母譲りの薔薇色艶々ストレートヘア。今日はピンクのリボンでツインテールに結い上げられ、フリルたっぷりのクリーム色のワンピースを着せられている。――何このお人形さん、超絶可愛いんですけど!
思わずくるりと回ってポーズを決めたところで、
「ナターシャ、起きてるかい?」
絶妙のタイミングで兄様が現れた。監視カメラでもついてるのではなかろうか。兄様は、今朝も食堂までの引率に来てくれたらしい。…ナハトええ子や。
(でも私は無駄な決めポーズを視られてとっても恥ずかしいです…。)
兄様はそんな私の胸中など知るよしもなく、微笑みながら頭を撫でてくれた。
「よく眠れた?」
「うん!」
御年8歳の兄様は母譲りの金眼涼やかに、父譲りの濃青色の髪を肩口で切り揃えて、知的なお坊っちゃま然としている。色彩は似てないけれど、艶々ストレートヘアと笑うと下がる目尻、人の良さそうな目元は私とそっくりだと思う。
そんな兄様とお手々繋いで食堂へ。ぽてぽて歩きながら『ナハディウム・ダンデハイム』のキャラ設定を思い出していた。
ナハディウムの暗黒面にはナターシャが大きく関わっている。
――――幼少期に出掛けた先で野犬に襲われた兄妹、逃げる途中で妹が兄を庇い怪我を負う。幸い命に関わるほどでなかったものの、怪我が原因で妹は数日高熱を出し寝込んでしまう。
苦しむ妹の姿に自己嫌悪した兄は思い詰め、重度のシスコンへと変貌。妹のためなら自己犠牲よろしく危険にも身を投じ、シルビアの取り巻きとなった妹が欲しがる情報――おもに強請ネタ――を集め提供。有力貴族達の裏情報を集めすぎた兄は、妹を人質に悪徳貴族に脅され、望まぬ不良物件と婚姻。更に悪嫁のやらかしで罪を捏造され牢獄行きとなるのだ。
ち ょ っ と 兄 様 可 哀 想 過 ぎ る っ !!
(安心しなさい、ナハト!おばちゃんがそんな未来にはさせへんで!!)
ナハディウムに関しては、私がナターシャだというアドバンテージがある。
基本は私が身の振り方を気をつけていれば回避可能なものだから、あとは普通に家族として見守っていれば問題ないでしょう。
(ナハトがグレないように、おばちゃんちゃんと見守っておくからね!)
有言実行!今から行動!
私は兄様の顔を見上げてニコッと笑い、固く決意する。
(件の事件は私が5歳の時に起こるはず。まだ時間もあるし、まずは兄様と出来るだけ仲良くなって、身近に居られるようにしなくちゃね。)
果たして私の『うちの子幸せにし隊』活動が幕を開けたのだった。




