お家に帰ろう。
2018/8/1にほんの一瞬ですが、【ジャンル別日間ランキング/92位】に入っておりました!!
ブクマ&評価本当にありがとうございます(T△T)
ゆるっと生存するつもりが存外の快挙に恐れ戦いておりますです…。
ですがですが、毎日更新の強力な励みになっております!!今後もどうぞよろしくお願いいたします!!!
―――ねぇミケル、これは内緒なんだけどね。…君のママにあげたお手紙は魔法のお手紙なんだ。もしミケルが本当に困ったら、あのお手紙をこの街で一番偉い人に渡して。きっと君を助けてくれるから。約束してくれる?
『うん。やくそくするから、だから、らいねんもぜったいにあそびにきてね!ぼく、あのおてがみだいじにするよ、やくそく、ぜったいまもるから――』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私はダンデとして日中領都で子どもたちと過ごし、夜に自室で大量の本を速読する――前世で速読を習得しておいて良かった~!
寝る前にユージンさんと一日の私の行動、屋敷内の動向のすり合わせ。翌日の予定を打ち合わせて就寝。
起床後、読了済みの本を侍女たちと返却。新たに数冊物色して自室に運びいれ、また人払いをして寝室に引きこもる…フリして窓から外出。夕方窓から帰宅。
……そんな地味~に忙しい一週間を過ごしていた。
毎日長時間部屋に引きこもるに相応しい読書量の結果を出さなきゃおかしいからもう必死に読書したし、お天気の良い外でお日さまをいっぱいに浴び、一日中走りまわれば勿論日焼けをする。
引きこもりのアリバイを崩すわけにはいかない――兄様にバレたらヤバ過ぎる!――…体の日焼けは洋服で肌を隠す事で回避――ついでに腕の傷も隠れて一石二鳥。
顔の日焼けは、読書疲れしたと嘯いて、毎夜侍女さんsに徹底的にスキンケアマッサージをしてもらいました。…お嬢様で良かった、私。
この一週間での成果は、ミケルに万が一があった時の連絡手段を持てたこと。
師匠に抱えられてアップダウンアクロバットを経験して、高所や落下、衝撃に耐性がついたこと。
毎夜のエステで何かやたらピカピカになった――日に日に侍女さんたちのサービスがエスカレートしたため――こと…かな。
さて。予定通り父様たちが帰ってきました。
早速私の一週間を報告しなさいと呼び出しが。
ナターシャは部屋で読書三昧、エステ三昧の日々でしたと、読了した書籍一覧とその簡易感想文を提出。更にくるりと美しく磨かれた私自身を披露。
父様は満足した様子で私を褒めてくれました。…ごめんね父様。でも嘘は言ってないよ(話してない事があるだけで)
「ところで父様…」
「なんだい?」
「兄様たちはどうされたのですか?」
視察一行の帰還を出迎えた時、子どもたち3人が酷く憔悴していたのだ。
青い顔でブツブツと何かを呟きながら、とにかく休息を優先したいと挨拶もせずに各部屋へ籠ってしまった。…多分私が出迎えに来ていた事すら気付かなかった模様。目に光が無かったもん…。
父様が苦笑を漏らした。
…どうやら兄様たちはデビュタント前に夜会の洗礼を浴びたらしい。
港街での滞在最終日。予てより招待されていたお茶会パーティーに一行は参加していた。恙無く予定を消化し、あとは帰邸するだけという所で待ったがかかった。
昼のお茶会と夜会とでは招待客も違う。王子が自領に来る機会など滅多にない為、ホストである港町を治める貴族が是非夜会にも参加して欲しいと懇願してきたとか。
勿論王子たちはデビュー前の為、非常識な申し出だったのだが、遊学を逆手にとられたらしい。
結局夜会開始後の数刻、多少挨拶するだけならと了承し、そこでギラギラした肉食令嬢たちにもみくちゃにされたんだって。
地方令嬢たちにとって王子にお目通りできる機会がどれだけあろう。まして世代が違えばそのチャンスは無いも同然。そんな時に降って湧いたガラスの靴に飛びつかない令嬢がいようか。
万が一のワンチャンシンデレラストーリーを夢見て年端もいかない少年たちに突貫。
獰猛な肉食女子に引きまくる少年たち。
令嬢の様に引くだけならまだ良かった。
最終的に阿鼻叫喚の争奪バトルが繰り広げられ、その輪の中で景品としてもみくちゃにされた少年たちは衣服も半分ほど剥かれ、這う這うの体で衛兵たちに救助された……。by父様談。
「うわ~…」
それしか言えないよね。
広場で子どもたちと遊んだ時も思ったけど、女子のガッツって半端無いと思う。程度は違えど、あの獲物を射るハンターのギラリとした鋭い視線は精神的にくるものがあったから、気持ち解りますよ兄様方…。
彼らの心が一刻も早く凪ぐのを割と真剣に祈った……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
兄様たちが沈んでいてくれたお陰で、私は師匠と修行に励めた。
主に体術。体捌き、形を何度も何度もなぞって身に刻みこむ。瞑想、集中、そういった一人で出来る事をどんどん増やして反復、練習を日常化させる。
腕の傷も薄れてきた。王都に戻る頃にはすっかり完治出来るだろう。
娘が傷ものなんて知ったら母様が卒倒しちゃうからね。
兄様たちが正気を取り戻してからはずっと、私は癒し要員として活躍した。
というのも、私を見つけると少年たちが半泣きで私をハグしてくるのだ。…よっぽど怖い目にあったらしい。憐れ過ぎたので好きにさせておいた。
そうそう。兄様たちがトラウマを負った視察の出発の日に私が父様に取り付けた約束事。
一つは勿忘草の意匠の封蠟印を私の専用印として公的に登録したいという旨。
二つ目は、私が乗馬の技術を習得して、最低限の護身術を修めたと師匠からお墨付きが出たら、ダンデハイム領を好きに訪れて構わない――但し必ずソウガを伴う事――というものだ。
当然乗馬はまだ始めてすらいないので、何年後かになるのは確実だ。5歳児が無茶をするわけではないので父様もしぶしぶ了承してくれた。
暫くは毎年の領地視察にくっついてダンデハイム領に行くとして、もっと身体が大きくなったら好きに旅する予定だ。山海の幸を堪能するのも観光するのも、単独行動で自由気ままに動きたいもんね。
子どもってほんと不便だ。
私はこのひと月でそれを痛感した。
でも今しか出来ない事もあるから…。それを取りこぼさない様に一つ一つ丁寧に埋めていかなければいけない。
ミケルへの仕込みは終わった。
さあ次はシルビアとクロード。そしてあの子だ……。
恐怖体験のお陰で兄様も殿下たちもその後の外出を拒否していた。
残りの日々を屋敷でのんびりと過ごし、父様の仕事の完遂を待って、いよいよ王都へと帰還する日がやってきた。
振り返れば割と濃密な一か月だったと思う。
帰りの馬車の中で私は兄様とラルフ、交互に彼らの膝の上で横抱きにされていた。…何かもう慣れてきたので好きにさせることにした。人間諦めも肝心。
やけにく~ちゃんが羨ましそうに見てきたけど、私たちの体格は現状ほぼ変わらないのだから、ラルフのまねっこは不可能ですぞ。
……あんまりにもチワワが悲しそう――仲間外れだと思ったのだろう――だったので、道中の宿ではクロードと一緒に眠ることにした。――…それに対するひと悶着は割愛させて頂きたい。…思い出すと、しんどい・・
クロードに宛がわれた宿の部屋。子ども二人で仲良く寝転んでまどろんでいた。
「く~ちゃん、帰ったらさ、私の友達と会って欲しいんだ…」
「アーシェのともだち?それなら私のともだ!もんだいない」
「あのさ、シルビア嬢って言って分かる?」
クロードが硬直した。
あ、覚えてたのね。そう、あんたを突き飛ばしたお嬢ちゃんだよ。
「…あのときもすまなかった。わるいのは私だ。…シルビア嬢とはきちんとわかいしたいと思う」
出来るだろうか?と不安げにく~ちゃんが私を見つめる。
野犬イベント以降、確実にクロードの雰囲気が変化した。内面が大人びたような気もする。ラルフへの依存度も確実に緩和されていた。
「ねぇ、く~ちゃん。…この前言ってた、帰ったら私に伝えたい事ってなんだったの?」
クロードが息を呑んだ。夜会騒動ですっかり忘れていたんだよね?そっとしておいたけど私は気になってたよ?…ある意味で死亡フラグ回収してきたからねぇ。――夜会の件はく~ちゃんのフリがあったせいだよ絶対!!
く~ちゃんはもぞもぞと私に近づいて、肩が触れ合う位置までくっつくと私の手を握った。
私たちは並んで仰向けのまま、お互いの内側の手を繋ぎ、顔だけ向き合っている。
「私はしょうらいきしになろうと思う。」
静かにそう宣言した。
「私はまだよわいから何もできないけど、兄上が…だいじな人がきけんなめにあうときに何もできないのはもういやなんだ…」
「そっか。……じゃあいっぱい頑張んなきゃね!」
「ああ。私はもうにげない。…それをアーシェにきいてほしかった」
静かに少年の誓いが音になる。それに合わせて私の手を更に強く握りしめた。
(子どもの成長は早いなぁ…)
決意に満ちた瞳は美しく、私の胸がじんと疼く。
イベントのキャラすり替えの結果が、彼の未来を良い方向に変えたのだと思えた。今のナハトには必要がなく、今のクロードにこそ必要な必然であったのだと。
「私は応援してるよ、く~ちゃん。」
「ああ、見ていてくれ。アーシェ」
私たちは微笑みあって仲良く眠りについた。
―――その後、特に問題もなく王都に帰還。すぐにこれまでの日常が戻って来た。
数日後。
約束通り、クロードからお茶会の招待状が届く。そこにはシルビアも招いた旨が記載されていた。
(シルビア、元気にしているかしら?)
……この先幼馴染として密に過ごす事となるお騒がせ三人組のファーストコンタクトが間近に迫っていた。




