勿忘草の君
ぼくはミケル。3さいです。
ぼくのママはおっきなおやしきではたらいています。パパはいません。ぼくがうまれてすぐにおほしさまになったんだとママがいってました。
ぼくはまいにちとなりのレンとあそびます。ママがかえってくるまでジョンやエリーともあそびます。
みんなのママやパパもはたらいてるから、ぼくたちこどもはみんなであそびます。
たまにしらないこもいるけど、みんなすぐになかよくなります。
きょうはあかいかみのおにいちゃんがあそんでくれました。
ジョンがあのおにいちゃんはぜったいおかねもちだっていってました。
ママにいったら、とてもしんぱいされました。だからおにいちゃんはいいひとだったよっていいました。
あしたもおにいちゃんはきてくれるって。やくそくでゆびきり?しました。
おにいちゃんはとってもいろいろしってました。
みんなとたのしみだねってはなしました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「だ~る~ま~さ~ん~が~こ~ろ~ん~だっ!!」
「だっ!!」に合わせて俊敏に振り返ると子供たちが一斉に動きを止めた。そのまま凝視。我慢出来ずによろけた少年に声をかけた。
「はい、ミケル動いた~!こっちに来て!」
「うん!」
素直に私のとこまできたミケルの小指と私の小指を繋ぐ。周りの子供たちが器用に静止したまま「はやく~」と次のターンを急かしてきた。
街に下りて三日目。私はすっかり子どもたちと馴染んでいた。
―――領都の街中、師匠の案内で子どもたちが集まっているという広場に到着した。師匠曰く、この辺りに住む平民は基本両親共働きの為、人目の多い町中のこういう空地で子どもたちを遊ばせるのだとか。昼日中、大勢の子どもたちが思い思いの時間を過ごしていた。
「お前、見ない顔だな」
乳飲み子を抱えた生意気そうな少年が声をかけてきた。ナハトやラルフと同じ年くらいかな?
ざっと広場を見渡すと、この少年が一番年長のようだ。きっとこの辺の子どもたちのボスなのだろう。
少年は値踏みするように私をジロジロ見ている。特に気分を害する事もなく私は彼に話しかけた。
「初めまして。僕はダンデ。…ダンでいいよ。
父さんの仕事でこの辺りに来たんだけど、遊んでなさいって外に出されたんだ。…僕も仲間に入れてくれない?」
そう言うと、割と良くあることなのか「いいぜ」と少年はすぐに警戒を解いた。
「俺はジョン。みんなに紹介してやる、来いよ!」
ジョンという少年はキツそうな顔に似合わずとても面倒見が良いらしい。彼が集合をかけると子どもたちがワラワラと私を取り囲んだ。好奇心いっぱいの視線がビシバシ刺さってくる。
ジョンが簡単に紹介してくれたのに被せてもう一度自己紹介した。何故か女の子たちが色めきだってヒソヒソやっている。…どこの世界も女子はマセてるんだな。
「ダンはどのくらいここにいるんだ?」
ジョンに質問される。意図が分からず首をかしげると、ジョンが説明してくれた。
どうやらダンの身形から豪商か地方貴族の子息とあたりをつけたらしい。そういう子どもは親の滞在終了とともに里に帰っていくから、防犯も兼ねて滞在先と滞在期間を聞いておくらしい。
万が一誘拐事件なんかが起きたとき、子どものネットワークも馬鹿に出来ないんだとか。
私は滞在先は馬車で来たから良く分からないとぼかして、1週間くらいの滞在だと伝えた。
「お前、金持ちそうなのに偉ぶらないのな。」
ジョンが珍獣を見る目で私を見る。
バザールに行った時も思ったけど、ここら辺の貴族連中は一体どんな奴らなのだろうか。今は無理だけど、絶対いつか絞める。私は心の予定表に赤で書きこんだ。
「なにしてあそぶ?」
ジョンのズボンの裾を引っ張る幼子がいる。
「あ~、俺今日こいつの子守があるから激しい遊びできねぇんだよな~…。
あ、そうだ!ダン、お前に頼んでいいか?」
腕に抱く乳飲み子と裾を引く幼子を交互に見やって私に振ってきた。――子守りは小遣い稼ぎのバイトらしい。
「いいよ。
…僕はダン。…君は?」
幼子の視線に合わせて屈む。笑いかけると幼い少年は恥ずかしがってジョンの足に隠れ、「ミケル」と小さく呟いた。
その日、私は同年代の男の子たちに『じゃんけん』を教えた。
するとこれが大フィーバー!ガキンチョどもは意味のない勝負に勝った負けたと大騒ぎ。日が暮れるまでに広場の子どもほとんどを巻き込んでの大じゃんけん大会が続いた。
二日目。
そのじゃんけんを使った遊びとして『鬼ごっこ』を教えた。その内やりたがる人数が増殖したため、『手つなぎ鬼』を伝授。
すると、澄ましてオママゴトをしていた女の子たちが目の色を変えて参戦してきた。
私が鬼になると、態とらしく捕まりに来るおマセなお嬢ちゃんたちが殺到。女の子ミサイルを回避し続ける謎ゲームと化してしまった。
私は心底ここに兄様や王子兄弟がいなくて良かったと思った。…私でこれだもん。更に見た目の良い彼らがいたらどうなっていたのか…。女の子、怖い…。
そして三日目の今日は『だるまさんがころんだ』。
ジョンが昨日の私の様子を見て面白がり、このゲームで最後まで残れた奴は『私がご褒美になんでも言うことを聞く』と勝手に賞品を与えてしまったため、子どもたち――特に女の子――の真剣度は昨日一昨日の比ではない。
「ダンにいちゃん」
小指の先のミケルが私に話しかけてきた。
「ママがダンにいちゃんにあいたいって。きょうあってくれる?」
「ミケルのママに?別に構わないよ。」
にっこり笑って快く了承するとミケルはほっと笑みを浮かべた。実を言うと、キーパーソンであるミケルママとどう接触しようか考えあぐねていたので渡りに船だった。
お昼時を超えて暫く、何人かのお母さんたちが広場にやって来た。――安定期の妊婦さんや休日の大人が交代で見回りをしているらしい――その中に母親を見つけたミケルが、輪から離脱して一人の女性に駆け寄った。
「ダンにいちゃん!こっちこっち!!」
ミケルが弾けたように私を呼ぶ。
私はそれに応える形で『だるまさんがころんだ』をうやむやの内に切り上げた。
「貴方がダン君?…ミケルがお世話になったみたいでありがとう」
「いえ、こちらこそ毎日楽しくて感謝しています。
改めて初めまして。ダンデと申します。父の仕事についてこの街に来ています。…まぁあと数日で帰ってしまうのですが」
言えばミケルが「ガーン」と音がつきそうなほどショックを受けていた。
それを見てミケルママが苦笑する。
「ご丁寧にありがとう。私はハンナ、ミケルの母よ。
…この子、貴方と遊ぶのが楽しかったみたいでね。いつになく沢山話聞かせてくれたものだから、貴方に会ってみたくなったの。…その、…この子が粗相とかしなかったかしら?」
そっと窺うようなハンナの視線に苦笑する。
やはり育ちの良さそうな子息とは警戒対象にあたるのだろう。
ハンナは本日半休らしく、この後の予定は特に無いということだったので、私は自身の空腹を理由にハンナ・ミケル親子をお茶に誘った。
ミケルは純粋に喜んで、ハンナは私の不興を買うのを恐れて怖々と、申し出を受けてくれた。…その時
「ダンデ坊ちゃま」
非常にタイミングよく突然呼びかけられ振り返る。そこに映る人物に顎が外れるかと思った。
そこに居たのはビシッと一糸乱れぬ執事服を着こみ、優雅に礼をとるユージンと、彼を従えて鷹揚に微笑んでいる師匠だった。師匠は髪を整髪料で撫でつけ、口元に鬚を蓄え、如何にも貴族のお忍びですといった仕立ての良い服を着ている。
「おや、お友達かい?うちの愚息が世話になったようだね」
「父さんっ!!?」
思わず疑問形になった私、悪くない。
師匠は悪戯が成功した悪ガキのよう。目だけ器用に笑んでいる。
そこへ執事らしきユージンが丁寧に話しかけてきた。
「ダンデ坊ちゃま、お父君の仕事がひと段落されたのでお茶でもとお迎えに上がりましたが・・・」
「良い、良い。私が水を差すわけにいくまい。ダンデ、そこのカフェに席を取ってあるから好きに使いなさい。…ご婦人をあまり日の下に立たせるものではないよ?」
あ~…なるほど。
だめ押しにやってきましたか。ハンナさん真っ青だよやりすぎだって。
「ありがとう、父さん!!では二人とも、是非ご一緒に」
去り際にユージンさんが小声で「予約名はハインツです」と言ってウィンクした。
この人たち、忍ぶ以外にもちゃんと仕事するんだなぁ…。私はありがたくそのお膳立てを受けた。
変装した師匠を見てから更に恐縮したハンナさんは、私の質問にするする答えてくれた。
ミケルは初めて食べる良質の焼き菓子に夢中になっている。
私は別れ際に勿忘草の意匠の青い封蠟が押された封筒をハンナさんに渡した。
「あの・・・これは…?」
「もし何か困ったことがあったらこの封筒をダンデハイム領主館に提出してください。それで僕に渡りがつきますから。」
「そんな…。何故私なぞにこのような…?」
「僕はミケルの友達なので。友達が困っている時は助けになりたいのです。
…僕はもうすぐこの街から去りますが、また来年遊びにきますので、その時はミケルと遊ぶのを許していただけますか?」
「滅相もない!!どちらの坊ちゃまか存じませんが、私共がそのような栄誉を賜ってよろしいのでしょうか…」
「畏まらないでください。僕もたまにはお忍びで羽を伸ばしたいのです。ですから、他の子と同じように扱ってもらえると嬉しいです。」
「は、はぃぃ…」
「ダンにいちゃん、ほんとにまたあそびにきてくれる?」
「うん、あと何日かは遊びに来られるし、来年のこの時期にまた来るよ。約束する」
ミケルにそう言うと小指を立ててズイッと私に差し出してきた。――ミケルには覚えたての儀式である――私は笑ってその小さい小指と指きりげんまんした。
残りの日数も毎日街の子どもたちと過ごし、来年の来訪を皆にも約束して、『ダンデ』としての私の楽しい時間はあっという間に終わってしまった。




