迷い子
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バザール視察からさらに数日が過ぎていた。
自分でも不思議だと思う。
そういうものだと理解したら網膜のピントが合ったみたいに世界の見え方が変わった。
今、隣室では侍女が3人、私の目覚めを待っている。
師匠の場所は分からない。でも近くにいることは何となく分かっていた。
「ねぇ、師匠?」
(どうした?)
小声で呟けばくぐもった返事。
「今日の人数当てクイズ、全問正解したら私のお願い聞いてくれない?」
(おぅ、いいぞ~!)
軽いなぁ、とこっそり笑って何処からか聞こえるソウガの質問に答える。
―――斯くして、私のお願いは聞き入れられたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
さて。
ここは屋敷裏手の森。盛大に迷いました。迷子です、私!!
―――今朝方、体力作りの一環で散歩に出ようとした私は、王子兄弟に捕獲されました。
今日は屋敷内でゆっくりするという話だったので個人行動をしようと思ったのに!!話が違うとごねたくても、相手は王族。今は当家の公式なお客様としての扱いなので文句が言えません。チクショウっ!!
結局暫くの間、屋敷と裏手の森の間にある広場で兄sが剣の稽古をするのを眺めたり、乗馬するのを眺めたりしておりました。
…ワタシ、ツマラナイヨ~~
私は兄様たちの目を盗んで森の入口付近に逃走。…一人で考え事をしたかったのです。
予め動きやすい恰好で出かけていた私は――兄様のお古を調達済み――適当な木の根に腰かけた。
木陰を抜ける風が気持ち良い。緑の空気を身体いっぱい深呼吸して頬杖をつく。
思考を過るのは起き掛けの師匠との会話。進捗はどうだろうか、旨くいくだろうか、一人ヤキモキしていると見慣れた少年が現れた。
「おい、お前かってにいなくなるなんてひじょうしきだろ!」
憤慨しているクロードに視線を向ける。上から下へ。上がった息、皮膚は汗ばみ足元は汚れている。
兄様たちからは死角になる場所を選んで腰を落ち着けたのだが、広場からそう遠く離れたわけではない。ちょっと角度を変えればすぐに見つかるような木陰にいたのではあるが…。
(く~ちゃん探してくれたのか。えへへ、ちょっと嬉しいじゃないか。)
「兄上たちがお前がいなくておおさわぎだ。兄上にめいわくをかけるなっ!!」
あ、心配されたんじゃありませんでした。文句言いに来ただけか。私のほっこり返せ。
「…ちょっと考え事してて。
…もうちょっとしたらちゃんと戻るから、そうラルフたちに伝えてくれない?」
「だめだ。お前のいけんなんか聞いてない」
「どうして?」
「…兄上がそうのぞんでいるから」
「く~ちゃんはどう思ってるの?」
「…お前は……きらいだ。……兄上はここへきてかわってしまった!お前のせいだっ!!!」
はて?ブラコンのクロードに嫌われているのは態度でみえみえだから別に良いとして、ラルフが変わった要因が私というのは解せぬ。確かに兄様とはすっかり気のおけない関係になったようだが。私との接点なんかほぼ無いよ?そもそも何か変わったのか、あの子?
「ダンデハイム領に来たのはラルフが言いだしたことよ?元々ラルフと私自身に接点は無いし。私は関係ないと思うけど?」
「うるさい、うるさいっ!!お前なんか、お前なんかっ…!!どっかにきえてしまえばいいんだっっ!!!」
「え~、別に私はく~ちゃんに嫌われてても何ともないから、どっかにいったりしないよメンドクサイ。」
「う、うるさいっっ!!お前のかおなんか見たくないっっ!!!!キライだっっ!!!!!」
涙目で叫んで走り去ってしまいました。
お~い、く~ちゃんよ本題どうした~。私を連れ戻しに来たんじゃないのかい?
…でも本来幼児ってそんなものだよね。――つい自分基準で忘れがちなのだが――その瞬間の感情が全てで、その一瞬の反射に全力を注ぐ。泣く、笑う、怒る、自分の気持ちにとっても素直で単純だ。
私はヤレヤレとため息を吐いてクロードが走り去った方向を見て…ハッと気づいた。
(あの子、森の奥の方へ行ったんじゃないっ!!?)
慌てて立ち上がって駆け出した。まだそんなに離れてないはず。早く見つけて連れ出さないと、案内もない森深くに立ち入るなんて危険すぎる。ましてや相手は何の知識もない5歳児だ!!衝動で駆け出したんだ、帰り道とかそんなの考えてるわけないじゃないか!!
――反省は後、今は全力をクロードに注げ!!子どもの超・馬力は何起こすかわからんぞ!!!
集中してクロードの気配を探す。引っかかった方向を見やると走っているクロードが小さく見えた。後は見失わなければと気を抜いた瞬間、クロードの姿が忽然と消えた。ヒュッと自身の血の気が引くのが分かった。私は大慌てでクロード消失の場所まで走る。
…ぜぇはぁと息を切らしてたどり着いたそこには、窪んだ地面を踏み外して尻餅をつき、泣きべそをかいている男の子がいた。
「良かった、…はぁ・・く~ちゃん。…大丈夫?」
「…う゛、う゛るざい…ふぇ……いたい……」
段差を飛び降りクロードの正面に回り込むと、擦りむいた手の平と挫いたらしき足首が確認できた。
私はポケットからハンカチを取り出し、同じく携帯用の小さい水筒を取り出すと――男服はポケットが多くていいよね!――濡らしてクロードの手を拭い、予備のハンカチで傷を包んだ。
そしてハタと気付いたのである。
ここはどこだろうか、と。
(夢中でクロード追いかけてきたから方向が分からない、かも…)
―――盛大に迷いました。迷子です、私!!
(いやいやいやいや!!)
『迷子』という単語が浮かび首を振って――垂直に立てた手の平も同時に振って――否定する。いい年こいた大人が迷子とかないわ~(実年齢5歳児だけどね!)
いや、落ち着け私。マジでヤバくなったら師匠が何とかしてくれるはずだ。…しかし周辺にソウガの気配はない。そもそもソウガは私が確実に一人の時にしか気配を出してくれない。普段はいるのかどうか全然分からないのだ。
(しかも今朝お使いを頼んだから、傍に居ない可能性もあるわね…)
とにかく日のある内に戻らないと。
幸いまだ夕方まで間がある。お日様の位置から大体の当たりをつけて歩くことに決めた。
「く~ちゃん、ほら。乗って!」
屈んで背中を向けた。クロードはおんぶで運ぼうと思う。
「ばかか、むりにきまってる…」
小僧は半泣きの真っ赤な目で悪態をついてきた。
「そう言う事はやった人だけが決めるの!!何もしてないあんたが言うな。」
「なっ!?ど、どうせ私は兄上のようにはなれないっほっといてくれっ!!」
何かがトラウマスイッチを押してしまったらしい。…いじけて、アルマジロの如く蹲ってしまった。
「兄上はすごいんだ…あにうえぇ…」
体育座りの膝に顔を埋めたクロードからくぐもったすすり泣きが聞こえる。
可哀想だがここで悠長に泣かせてあげる訳にはいかない。クロードをおんぶした状態で私がどこまで耐えられるか分からないし、日が落ちたらアウトだ。
私は強引にクロードの腕を引っ張り、背負い投げの要領で背中に担いだ。――軽い抵抗にあったが何とか踏ん張って耐えた。
「もう、く~ちゃん煩い!!私が守ってあげるからキャンキャン吠えないでよ!!!」
ゆっくり歩を進める。うん、とりあえず歩けそうで良かった。
「ねぇ、く~ちゃん。前から言おうと思ってたんだけど、何でもすぐ『出来ない』って決めつけるの止めた方が良いよ。出来るようになる方法考えた方がよっぽど建設的だわ。」
「うるさい、えらそうにいうな!兄上にかなわないくせにっ!!」
「や、何を敵わないって言ってるのか知らないけどさ…。
確かにラルフは何でも上手に出来るのかも知れない。でも、万能じゃない。ついこの前倒れたばっかじゃない。忘れたの?」
「あれは…びっくりした」
「でしょ?あの時も言ったけどさ、一人で頑張り過ぎるのも良くないんだよ。誰か一人がじゃダメなの。…それじゃダメなんだよ。」
最後はクロードには聞こえないよう自分の口内に飲み込んだ。
背後から思案する気配がする。それにクスっと笑って私はゆっくり歩き続けた。
そうして少し経った頃、
……暫く黙っていたクロードが言いにくそうにポツリ、零した。
「私は、なにもできない。兄上にかなわないし、なにもしらない…」
それは独り言のような思わず零れ落ちた呟きだった。返事を求めたものでは無いだろうけど、まるで自分を縛る枷のように聞こえてしまったから…。お節介かも知れないけど私はそれに意見を述べた。
「うん。まず勉強してきた時間の量が違うんだからすぐに同じにはならないでしょう?身体の大きさだってまだまだ差があるし。…それに、人には向き不向きがあるんだよ。ラルフが出来る事とく~ちゃんが出来る事は違うかも知れない。何でも真似する必要無いし、く~ちゃんはく~ちゃんの出来る事で兄上助けてあげたら良いんじゃないかな?」
「私の、できること……」
そんな呟きが聞こえた頃、漸く森の境が見えた。
(…良かった、もうちょっとで広場にでられそう!兄様たち心配してるかしら…)
そう安堵した時。
――――少し先の木の陰からのっそりと、そいつは姿を現した。




