私は異世界転生したようです
私の名誉の為に時間を早送りさせていただこう。というのも、36歳の自我を抱えたままの赤ちゃん生活は中々の苦行であったのですよ。察して下さい、泣けてきます。
――――月日は過ぎ、私は3歳になりました。異論は受け付けません。
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『ナターシャ・ダンデハイム』
建国時から続く由緒あるダンデハイム伯爵家長女。それが今生の私らしい。そして私はこの名前にとても覚えがあった。何を隠そう私が転生間際まで開発していた新作ゲームの登場人物にこの名前が出てくるからだ。お約束の香りがぷんぷんする。
しかしいくらゲーム世界を知る前世の記憶を持っているからって、私の名前とゲーム登場キャラの名前が合致したって、『転生』した事実は疑いようがないものの、所謂『異世界転生した』とは断言出来ないでいた。
何せ情報が少な過ぎるのだ。
それというのも私ことナターシャが外見そのままの幼女であることが原因だった。
中身こそ36歳OLのままだが、肉体は漸く3歳になったばかり。四つん這いからつかまり立ちを経て歩ける様になったものの所詮は幼児。大変不安定である。ちょっと走り回ろうものならあっという間に体力ガス欠により強制終了してしまう。
言葉だってそうだ。話しかけられることや周囲の会話は理解していたけれど、私が喋ることは出来なかった。赤子よろしく「あ~」だの「う~」だのから漸く幼児言葉まで辿り着いたのだ。そして、いくらしっかり喋ろうと頑張っても、幼児の身体能力を通すと悉く、舌足らずの甘噛み言葉に変換された。忙しい大人たちが根気よく話相手をしてくれるはずもない。
極めつけは識字出来なかった――なんと日本語じゃ無かった!!――こと。…精神社会人として一番堪えましたよ。生まれてから文字を教わっていないのだから当然なのかもだけれど。
―――で、何が言いたいかといいますと。
幼児として甲斐甲斐しく世話される範囲でしか行動出来ず、情報源が主に使用人の会話を盗み聞くだけって判断材料にもならないってこと。様子見一択しかなかったわけです。トホホ…。
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そんな私にも転機が訪れました!漸く家族団らんに参加する権利を得たのです!!
今までは自室で侍女や乳母やに囲まれて過ごしていたからなぁ。これからは家族と一緒に食事が出来る喜びは大きいよ。私の世界が広がるってことだもん!
初めての晩餐の日。私を迎えに来たのは5つ上の兄だった。
「にぃしゃま、わたち、たのちみね!」
嬉しさ満天の笑顔で、優しく手を引いてくれている兄を見上げると、
「良かったね、これから食事は毎日一緒だよ。」
お坊っちゃま然とした優しい微笑が返ってきた。
この兄は少し年が離れているからか面倒見がよく、自分の稽古事の合間によく顔を見せていた。
…実は私、実兄の名前をまだ知らなかったりする。本人も「兄様だよ」としか名乗っていないし、私も敢えて尋ねたりしなかったから…。
程なく食堂にたどり着くと、兄が扉を開けてくれた。
「にぃしゃま、ありあと」
ペコリとお礼をして中に入る。大きな食卓には既に父母が腰かけていた。
「まぁまぁ、ナターシャはちゃんとお礼できて偉いわね!」
ニコニコと私に向かって両手を広げた母に「エヘヘ~♪」と子どもスマイル全開で駆け寄る。その腕に優しく捕まったのと同時に父の声が聞こえた。
「ナハト、ご苦労だったね。さぁ、食事にしよう。座りなさい」
「はい、父上」
―――ビシッ!!私は思わず固まった。
(…ナハト、ですと!?)
…遂に知ってしまった兄の名前にゲームを思い出す。
『ナハディウム・ダンデハイム』一定条件下で出現するキャラクターで愛称は『ナハト』。
(私の兄様がナハディウムなら…)
いよいよ此処はあのゲームの世界なのかも知れない…。
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【タイトル】
『星巡り回廊の眠り姫』
【概略】
『ステラ』は16歳の誕生日以降不思議な夢をみるようになる。
終わりの見えない螺旋階段と無数の扉。そのどの辺りとも分からない階段上にステラは立っていた。
手近な所からドアノブを回していくも、どの扉も固く閉ざされ、出口らしきものは見つけられない。
いよいよ途方に暮れた所で一つの扉が月のように優しく光り出す…。
ステラは導かれるように近づきその扉のドアノブを回すと難なく押し開いて…。ゴクリと嚥下するとステラは開かれた光の中に踏み出した――。
【ゲームシステム】
新月の夜にだけ現れる光る扉は、主人公が好意を持つ誰かの夢世界へと誘います。
その先で体験する過去現在、夢見る未来を夢主である攻略キャラと共有することで絆を結んでいきましょう。
学園生活はドキドキがいっぱい!恋に勉強にスポーツに。意中の彼と青春を満喫しちゃおう♪
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(コンセプトは『二人の絆が満ちたとき伝説がよみがえる――。愛と冒険の学園ファンタジー』だったわねぇ…)
私の前にはスプーンのみで食べられる様特別に用意されたお子様プレート。子ども椅子に座る私を微笑ましく見守る家族団らんの和やかな雰囲気とは逆に、ド緊張で食事を溢さないよう、不器用にスプーンと格闘しながら、切り離された思考領域で記憶を引き出していく。
お分かり頂けただろうか。
私が鋭意製作していたのは所謂『乙女ゲーム』と呼ばれるジャンルのものだったのだ。
16歳になる年に、貴族学園に特待生として入学してくる『ステラ』が主人公。
この手のゲームにはお約束のライバルキャラ『シルビア・ネルベネス』と対立したり、時に切磋琢磨しながら、各種イケメンたちと仲良くなろうぜ☆というもの。
(ナハトは隠し攻略キャラなのよね…)
…では『ナターシャ』とは何者ぞ。
よくぞ聞いてくれました!
『ナターシャ・ダンデハイム』とは、学園生活を送るステラのクラスメイトで、情報提供キャラなのです。――しかもメンズの攻略ルート次第ではただのモブレベルまで存在感が落ちます――ニッコリ
中 途 半 端 じ ゃ ね ?
(普通この手の異世界転生ものって、記憶を取り戻したら主人公とか悪役令嬢ってのがセオリーでは無かったっけ?)
私は慎重にミートボールをすくい、プルプルしながら口に運びつつ考え続ける。
――――『クロムアーデル王国』が私の作ったゲームの舞台となる国名だ。自分の予想を立証する為、合致する情報を増やしていかねば…。
…うん。ナハトの名前共々気になっていたことを片付けてしまおう。
デザートまで食べきり、人心地付いたところでナハトに視線を向けた。兄様はすぐに「どうしたの?」と優しく問いかけてくれる。
「ねぇ、にぃしゃま。…にぃしゃまは、ナハトなの?」
「…ん?ごめんね、ナターシャ。もう一度教えてくれるかい?」
「あのね、おにゃまえ、にぃしゃま、ナハト?」
兄様カタコトでごめんよ…。でもこれがナターシャの限界です。
聞き取れた単語を咀嚼して、出来た兄は「ああ」と理解した模様。
「さっき父様が僕の名前を呼んだからだね。うん、そうだよ。ナターシャの兄様はナハト…『ナハディウム』っていうんだ」
ビ ・ ン ・ ゴ !
そういえば「兄様」としか言ってなかったかも…とナハトが苦笑すれば、
「母様のお名前は『ライラ』よ!」
「父様のお名前は『エルバス』だよっ!!」
何故だか両親も勢いよく後に続いた。
(…あ、思い至りましたか父様母様。)
そうです。我が家はどうやら4人家族。『とおさま』『かあさま』『にぃさま』『わたし』伯爵家に仕える方々も我々の呼称は『ご主人様』『奥様』『坊ちゃま』『お嬢様』であったため、人名が出てこなかったのですよ。会話する相手も乳母くらいだったし、漸く言葉を話せるようになってきたし…。
その後サロンに移動したダンデハイム一家。
私はここぞとばかりに幼児の「なに?なに?」攻撃を繰り出すことに成功し、ココが『クロムアーデル王国』であること、王族に同年代の王子が、『ネルベネス家』に同じ年の女の子が居る事が分かった。必要最低限の確認は出来たかな。
―――つまり。
『私は前世の記憶を持って乙女ゲーム世界に異世界転生を果たした!!』
で、ファイナルアンサーです。
だってそれがお約束というものでしょう?抗いませんよ、身を委ねますとも。
……答えを得るまで3年もかかっちゃったけどさ。
( あ ~ 、 す っ き り し た ! )