陽のしるべ
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ありがとうございます!ありがとうございます!!
ステラが帰宅を果たしてから数日。
毎日のように何かしらの物資が届いて賑わう村だったが、今日は何故だかひときわ騒がしい。
豊富な物資のお陰で山へ行く必要の無いステラは手持無沙汰だったけれど、この賑わいが恰好の暇つぶしに思えて気の向くままに喧噪の中へと飛びこんだ。
「……やけに兵士さまの数が多いわね」
「ああ、何でも領主さまのご息女さまがお見えになるらしい」
「ごそくじょさま?」
ふいに零れた独りごちに返事があったのにも驚いたが、それよりも耳慣れない言葉に首を傾げる。
見上げた先のおじちゃんがご機嫌に顔を綻ばせていた。
「あ~……領主さまのお嬢様……娘さんだよ。嬢ちゃんと同じくらいの少女らしいが、驚いた事にこの手厚い配慮はすべてそのお嬢様が命じたらしいんだよ! それで、皆一目会いたくてこうして集まっているのさ」
ステラの顔色を見ながら噛み砕いて教えてくれたおじちゃんも、話しながら村の入口の方へと視線を向ける。楽しそうに目を爛々とさせていた。
(そんなにスゴいおじょうさまなら私も見たいな……)
ぎゅうぎゅう詰めの人波を潜り抜けながらステラは考える。
常日頃から大人の仕事を邪魔しちゃいけないとキツく躾けられていたので、逆にこの人の多さがチャンスだと思ったのだ。
(これだけいっぱい人がいるんだもん、絶対暇そうな兵士さまがいるはず!)
足の林から脱出したステラはきょろきょろと辺りを見回した。
ちょうど派遣員たちの駐屯所あたりに出られたはずだ。
暫く様子を窺っていたステラは漸く目当ての人物を見つけて近づくと、相手もすぐにこちらに気づいたようで顔を向けていた。
「こんにちは。ねぇ、おじいちゃん、あなたも兵士さまなの?」
天幕の前にあった切り株に腰かけていたのは簡易鎧をつけた老人だった。
「嬢ちゃんはここの子かの? ああ、儂は引退した爺だが人手不足で駆り出されたんじゃ」
好々爺めいた笑みで鬚を擦りながら答えた爺さんに「それにしては何もしてなかったのでは?」と胡乱な目になりかけたが慌てて首を振って思考を散らす。仕事を思い出されては話し相手になってもらえないではないか!
「そっか、大変ね」
思惑を背後に隠してにっこり笑うと、目の前の爺さんが面白そうに片眉を持ち上げた。
「して、嬢ちゃんはこんな爺に何用かの?」
クツクツと嗤う爺さんに問われて待ってました! と目が輝く。
「あのね、兵士さまって大きい街を知ってるんでしょ?」
「まぁ、そうじゃな」
「もしかして領主さまの事も知ってる?」
「……詳しいかは置いといて知っておるの。こうして警備隊に交じっておるくらいじゃし」
「やった!!」
どうやら自分は当たりを引いたらしい。
喜ぶステラを愉しそうに見ながら爺さんが「それで?」と促してくる。それにコクリと頷いてぐっとこぶしを握った。
「わたしね、良い貴族になりたいの!! どうしたらなれるか、おじいちゃん知らない?」
ぽっかーーーーん
間抜けに大口を開けたまま数秒、爺さんの時が止まったかと思ったら盛大に吹き出された!
「ブブ、ブワッハハハハ!! ……ほほ、それはまた……ど、どうしてそう思ったんじゃ?」
腹を捩じらせて悶える爺さんにムッとなったものの、教えてもらうまで機嫌を損ねるわけにはいかないとグッと堪えながらステラは先日までの経験談を語った。
「―――それでね、父さんたちが教えてくれたの。この村を支配してた悪い代官さまは悪い貴族で、領主さまが良い貴族を代官さまにしてくれたからもう大丈夫だって。兵士さまたちのおかげでちゃんとご飯が食べられるのも領主さまが命令してくれたからだって。私たちを助けてくれた領主さまも貴族さまなんでしょ? それなら領主さまも良い貴族さまってことでしょ? だから私も良い貴族さまになりたいと思ったの! だってそうしたら待ってるだけじゃなくていいでしょ?」
苦しいのもひもじいのも、辛い。困っている人を見ているしか無いのも辛い。
―――惨めな最期を遂げたおババの姿が脳裏を過る。
「おババみたいにいっぱい物知りで、困った時にどうしたらいいか知ってる、良い貴族さまになれれば、今度は私だってみんなを助けられるじゃない!」
一息で思いのたけを言いきって慌てて呼吸を整えていると、ニヤついていた爺さんの顔つきが真剣なものに変わっていた。……なんだかちょっと怖く感じて足が引ける。
「……なるほど、それなら嬢ちゃんはクロスネバー…あ~、貴族学園に行かなきゃならんなぁ。そうして中央の文官になれれば、嬢ちゃんの望みは叶うかも知れん」
「きぞくがくえん?」
「そう、良い貴族になるために、貴族の子どもが勉強する場所じゃ」
「どうやったら行けるの? 私でも行けるの?」
「うんと勉強せにゃならんけど、行けない事は無い」
「勉強、するわっ!!」
急に開けた眼前に前のめりでステラは意気込んだ。
「簡単な事じゃない、とても大変な道じゃ。生半な覚悟じゃあずっと苦労をするかも知れんぞ?」
「そのくらい我慢できるもん! 今までだってとっても苦労だったわ!!」
胸を張って威張るステラに老人の目が見開く。すぐにまた吹き出した爺さんが笑いながら、
「ほっほっほ、そうか。ならこの爺がちょっと世話してやろう」
と請け負ってくれた。
「それ、丁度良い手本も着いたようじゃぞ?」
促された先には村人たちの人だかり。
しかしその先に、先ほどまではなかった立派な馬車が通っていた。
立派な馬が牽く見た事もない豪華絢爛な背の高い客車から、これまた見た事もない綺麗な女の子が手を振っている。顔はハッキリと見えないけれど、陽に艶めく真っ赤な髪だけがやけに印象に残った。
馬車から下りたお嬢様はすぐに村の大人たちに囲まれて全く近づけなかったけれど、遠目に何やら采配する様子が窺えた。
ピンと伸びた背筋、触った事もない華やかなドレス。柔和に笑んでいるのに自信に満ち溢れた、
(……あれが貴族?)
キラキラ輝くその姿にステラは夢中でかぶりついていると、隣の老人が早速解説を始めた。
「どうじゃ? あれが貴族の子どもじゃよ。と言っても、あのお姫様は嬢ちゃんの言うところの上の貴族にあたるがの。村の子どもと全然違うじゃろ?」
視線は遠くのお嬢様に向けたままでステラはコクコクと頷く。
「ああいうお姫様たちはの、ほんの小さいころから良い貴族になるべく躾けられる。そういう貴族たちが集まるのが貴族学園なんじゃ。この国を支える人間たちを作る為の場所じゃな。……大変と言った意味がわかるかの?」
開始地点から全然違うということだ。それは見て解った。でもこの爺さんは行けなくは無いと言ったのだ。ならば、挑戦する前から諦める道理はないだろう。
「望むところよ! 最初っから簡単だなんて思ってないし」
勝ち気に隣を見上げればニッカと気持ちの良い笑顔が返ってきた。
「そうか、そうか。ならばここを去るまでの短い間じゃが、この爺が基本を叩きこんでやろう。じゃが、見込みがないようならそれまでじゃぞ?」
「ええ、それでいいわ。ありがとう、おじいちゃん。……じゃない、先生ね。ところで私の先生? 私の名前はステラよ。あなたの名前も教えてくれる?」
クルリと身体を向けて握手に手を差し出せば、おババのようにしわがれた、でもそれよりも頑丈な温かい手がしっかと握り返してくれて気持ちが高まる。
固く握手を結んだ老人は孫に接するように柔和に笑んでいた。
「儂の名はライメイじゃよ教え子さん。さて、まずはお互いの名を文字で書けるようになるところからはじめようかの」
回想終了!次話から現在軸に戻ります><




