水底から見えた陽光
皆さま覚えているでしょうか?
第35話『知らぬが仏』
https://ncode.syosetu.com/n9821ev/35/
そう、コイツですw
ダンデハイム領北部、ケルティッシュ男爵管轄地。
現在はノーサル男爵が治めるその領地の混迷期にステラは生まれた。
ダンデハイム領は広大で総領主が王城勤務なこともあり、分家による代官制度で管理されている。
その中、北の代官であるケルティッシュ家は代を追うごとに強欲な当主が立ち、自身らが富むことばかりに腐心するあまり統治は蔑ろ。その癖税の回収だけは厳しく、更に難癖としか思えない名目の税がどんどんと増えていき、領民たちの疲弊は限界を超えていた。
遂には良く解らない税金の請求で隣村へ行くだけでも莫大な費用がかかるようになると、人々は生まれた場所から全く動けなくなってしまった。
流通は止まり、収入もなくなり、しかし税金は納めなければならない。
あくどい商人たちによる買い占めと独裁、治安悪化、果ては人民の無気力化。
そんな阿鼻叫喚も通り過ぎた時代の中でステラが生を享けた寒村は、寂れながらもひっそりと日々の糧でどうにか生きながらえている村だった。
主産業は材木。
そこからも推察出来るように山林に囲まれているため人々は山の恵みで食いつないでいた。
しかしそれも無限にとはいかない。
徐々に採りつくし食いつぶし、元々閉鎖的だった辺鄙なステラの村にもじり貧の色が濃く現れ始めた頃、8歳になったステラは一家の立派な働き頭となっていた。
主な仕事は山に分け入っての食糧調達。
必要なことは全部おババが教えてくれた。
そんなおババも先日あっけなく死んでしまったのだけれど。
―――子ども特有の身軽さと視線の低さで得られていた山菜もとんと採れなくなってきた。
自然の恵みは刈り尽くされて久しい。
今日も碌な収穫もないままがっくりとうなだれて、ステラは家の扉を開けた。
「ただいま」
短く告げながら水を沸かす。
作り置きの湯ざましをコップに入れて慎重に寝室へ運んだ。
『寝室』といえば聞こえはいいが目隠しでしきっただけの雑魚寝スペースである。
その奥、藁のベッドには母さんと兄ちゃんが横たわっていた。
「おかえり、怪我はない?」
憔悴した母が力無く上体を起こそうとするのを慌てて助けながらステラは頷いた。
そのままコップを手渡す。
微かに笑んだ母親はありがたくその水を飲み下すと、残りを隣の息子に分け与えた。どうにか飲みこんではくれるのだがやっぱり意識ははっきりしない。
「兄ちゃん、まだ起きないの?」
自分と同じく働き手だった兄が怪我による発熱で動けなくなったのが二日前、とうとう今日になって意識が混濁してしまった。
母さんの方もこれまでの過労、祖母の介護による疲労、そしてその姑の突然の死という心労が祟って同時に倒れてしまった。意識はあるけど立ち上がれない。
「父さんは……まだ?」
「帰らないの?」という言葉を汲み取ったステラは頷く。
一家の危機を救うべく父が飛び出してから数日、何の音沙汰もない。
ステラは沸かした水に固く焼いたパンを砕いて浸してふやかすと再び寝室へと運んだ。
ほとんど水の中に時折どろっとしたなにかがあるそれを自身も食べると、母と兄の傍に身を寄せて眠る。そうして日が沈み、昇ればまた山へ行くのだ。
翌日。
よろめきながら山へ入り、たいした収穫もなく帰宅すると土間に男が倒れていた。
「とう……さん……?」
大声を出したり駆け寄ったりする体力はもうない。
ステラを襲ったのは驚愕よりも絶望だった。
今朝になって母さんも熱で魘されていた。
兄ちゃんも虫の息。
それでも何とかしたくって山に入ったけれど薬草すら見つけられず、帰ってみれば父が倒れている。
フラフラと父の横を通り過ぎ、壁にトンと背をつけると、ステラはそのままズルズルと無言でへたり込んだ。目の前が真っ暗になって、何もかもを放り投げたくなった。
家族を目に映しながら只管ぼんやりとしたまま時間が過ぎて行った。
そうしてどの位経っただろうか?
突如開け放たれた扉と、やって来た兵士たちにより果たしてステラは救助されたのだった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
簡易救護所として領軍によって張られた立派な天幕に保護され、適切な処置と滋養のある食事を貰えた家族はあっという間に回復したらしい。
ステラを迎えにきた母親からそんな話を聞きながら帰宅すると家族が揃っていてほっと息が漏れる。
―――その日久々に振舞われた母の手料理はとても豪華なものだった。
「すごいでしょう? これ、領主様がみんなにくださったのよ」
「悪い貴族をやっつけてくれたんでしょう?」
「ああ、そうだ。そして、良い貴族様を返してくれたんだ」
家族の話に目をパチクリしたステラ。
そんな彼女に気づいて皆が朗らかに笑った。
笑われたのは自分なのに、おかしなことに何だか嬉しくって泣きたくなった。
「悪い貴族と良い貴族様ってなあに?」
食後の薬草茶を飲みながらステラが質問すると、目から鱗がいっぱい落ちて、目の前がチカチカになった。
何でも、今までこの地を治めていた偉い人が悪い貴族で、自分たちが死にそうな目に合っていたのは全部そいつのせいだったらしい。その事を知った領主様がその悪い貴族をやっつけてくれて、困っていた村の人たちみんなに手助けの為の兵士と食糧を配っているんだとか。
良い貴族様というのは、もうこんな大変な事が起こらないようにと領主様が見つけてきてくれた、この地の新しい代官様なのだという。
ステラはこの日、自分たちの村が誰かに管理されていること、更にその上の貴族様を管理する人たちがいるという事を知って、激しく興奮するのだった。




