暗く、沈む。
お待たせしました!
が、
ちょっとダークサイドな話になります。
苦手な方、ご注意ください><
王都にあるイースンの別邸、その中庭に設えられた東屋の中で対面に座するステラとハルマは、お互いにまんじりと茶器を弄んでいた。
突然強引にここまで引っ張って連れてこられたステラに一息で想いを告げたハルマ。最初こそ腹を立てていたステラだったが、おちゃらけた雰囲気もなく見つめられては察するものがあって口を噤むしかない。
常に無く真剣な様子のハルマに対抗するようにじっと言葉を探していたステラだったが、つとその瞳に意思が灯った。どこか遥か遠くを見つめているようにも見える彼女の視線にハルマが気付いた瞬間、
「前も話したと思うけど……」
そう言ってカップを口に運んだステラがゆっくりと、茶器をテーブルの上に戻した。
ステラがナターシャに初めて会ったのは死の匂いのする過疎の林村でのこと。
正確には目にしたという程度だが、初めてみる貴族のお姫様だっただけにとても輝いて見えたのを覚えている。住む世界が違うという言葉をこれほどすんなりと聞き入れられた事も無かっただろう。
正に青天の霹靂。
故に、ふと瞳を閉じれば鮮やかにあの日を思い出す事ができる。
苦く苦しい、でも確かな希望が芽生えたあの日の事を―――。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「おい、しっかりしろっ! もう大丈夫だ!! お~い、この家は全部で4人だ! あとは頼むっ!!」
暗く淀んだ室内に突然眩い光が差しこんできた事で咄嗟に目を瞑ろうとした少女は、そこで漸くそんな事すらままならなくなっている自分に気がついた。洞窟から出た時のような刺すような光を少しも遮断出来ずに呆然と目の上の痛みを感じながら痛覚があった事を思い出す。心臓がキュっとして、ああまだ生きていたのだとただ浮かんだ。
壁に凭れかかったままズルズルと滑り落ちたような体勢から動けなくなってどの位経ったのだろうか?
程無くやって来た兵士に助け起こされたとき、ギリギリ手の届かない周囲に自身の家族も倒れ伏していた事を思い出した。皆、同様に同じ軽装備の兵士たちから救助されているのが目に映る。
それに安堵したのか、それとも久々に触れた人の体温に安心したのか……。
少女の記憶はそこで一度フツリと途切れた。
「あら、気がついた?」
閉じた暗闇の向こうに柔らかな明かりを感じてフルリと瞼を震わせた少女が難儀しながら己の目蓋を持ち上げると、ぼやけた視線の外側から優しそうな女性の声が聞こえた。
「いま水差しを持ってくるわね、ちょっと待っていて」
手のひらに触れるサラリとした感触、目に映ったどこかの天井。僅かにも動けないまま女性の声を耳に聞きながらどこかに寝かされているらしい自分を認識した。
指先に感じるひんやりとするこれは質の良いシーツだろうか?
やがて戻って来た女性の介助で上半身を起こした事で己の予想が正しかった事を知る。
簡易的な寝台の上でやけに舌に甘い水に驚きながら喉を潤すと、だんだんと頭が回り始めた。
「おはよう、気分はどう?」
ぼやけていた視界もしっかり戻り見えた女性は母では無いけれど、柔和に笑まれた人の良さそうなその顔に心底ほっとした。
背中に添えられた手のぬくもりが心地いい。
ゆっくりと時間をかけて味わった甘露が何の変哲もない真水だと気付いた頃、自分は喋れたはずだと思い至った。巡りだした思考とは相反して気だるい肉体の重さに耐えながら幼い少女――ステラは介添えの女性に視線を向けた。
「かあさんたちは?」
本当に自分は喋れていたのかと疑いたくなるくらいにぎこちなくかすれてしまったけれど、ステラの疑問は確かに女性に届いたらしい。
「あなたの家族は既に回復してお家に帰っているわ。あなただけ3日も目を覚まさなかったのよ。さっき報せを出したからすぐに迎えに来てくれるはずだわ」
こちらを安心させるように力強く笑まれてステラの口元も緩む。その後、元気に動く母からしっかと抱きとめられて本当に助かったのだと実感した。
その日、母に連れられて帰宅すると、一間しか無いダイニングには父さんと兄ちゃんが腰かけていた。
痩せこけてはいるけれど、存外しっかりした家族の様子にほっと息が漏れる。
ただ、ポツリと空いてしまった席を見て胸が痛んだ。
―――祖母の定位置だった。
しわがれた小さな物知り老人、それがステラの知るおババだ。
だけれど寄る年波には勝てなかったのだろう。ある日を境におババは生きてきた事全てを忘れてしまった。
自分はヒトで、老人で、子ども夫婦と孫と暮らしている。
そんな当たり前の事も忘れてしまったおババ。
徘徊はしょっちゅう。それどころか、食事の世話も下の世話も必要になる有様。
それでも大事な家族だから皆で面倒をみていた日々の中、吐き戻しで窒息したと思しきおババが冷たくなって発見された。
村からそう遠くない草むらの中だった。
「腹が減ってたんだろうなぁ……」
おババの死体を燃やす火をぼんやり眺めていると誰かの声が耳に届いた。
思わず零れてしまったという風な響きがゆらゆら揺れる空気の上を漂う。
おババの指先は土を掘ったのか黒く汚れて、爪には何かの草が挟まっていた。
村の大人たちが言うには、空腹の衝動で目についた毒草を口にしてしまったのだろうとのことだった。
私はそれを聞いても「ふうん」と頷いただけ。
今やこの村では珍しくもない光景だったから。
ステラの生まれた寒村は寂れながらもひっそりと日々の糧でどうにか生きながらえている村だった。
主産業は材木。
村の男手は近くの森から木を伐採して加工し、それを売って生計を立てていた。




