至近距離にてすれ違う
ステラのターン!
コンコンコン
不貞寝を決め込んでからいくらか時間が経って、私の部屋の扉をノックする音にムクリと起きあがった。
反射的に手櫛でササっと身なりを取り繕いながら入口へ歩み寄ると、戸の外から声がかかる。
「ステラ……あ~……今、ちょっとええか?」
(……ハルマ? 珍しいわね)
ハルマはこれでもこの家のお坊ちゃま。だから、私が訪ねる事はあってもハルマの方から使用人居住区へくることは滅多にないので内心首を捻る。
「待って、今開けるから」
何か急用だろうか? 気持ち急いで戸の内鍵を開けて――向こうのハルマにぶつけないよう――そっと扉を押し開く。隙間からは確かにハルマが立っているのが見えて、改めて怪我してる風でも無い事にそっと息をついた。
「どうしたの、突然? ……私、まだあまり部屋からでるなって言われてるのよ―――」
だから入ってとハルマを招く言葉を発する前に向こうが用件を重ねてきた。
「あ~あの、……あんな? ナターシャ嬢のこと、詳しく教えて欲しいねん」
ピシリ。
招き入れようと振り返りかけた不自然な体勢のまま私は動きを止める。
そういえばさっき、散々人の心配を無碍にしたのよねこいつ――思い出してフツフツしてきた! ジロリと無言で視線だけハルマに向けると、私の負のオーラに気付いたらしいハルマがほんの少しビクリと跳ねた。フン、イイ気味よ!
だって一瞥したハルマからは全く私を気遣う気配は見えない。首の後ろを撫でさすりながら、何だかもじもじしてるし……。
こっちは事件の続きかと本当に身が竦む思いだったというのに、こいつは、暢気に、好きな子の? 情報が欲しいですって?
(何で今? 私の心配は無視して上の空だったのも、ずっとナターシャのことでいっぱいだったから?)
許すまじこの色魔め! 乙女の純情を返せっ!!
あ、ダメだ。すっごく腹が立ってきた!!!
「ナターシャの事を教えて欲しぃいぃぃ??」
思った以上に腹の底から轟いた私の声に、ハルマが大きく一歩後ずさったのが見えた。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「それで? 何が聞きたいって?」
むっつりとした顔で自ら淹れたお茶を啜りながらステラが対面のハルマに問うと、きょとんとしたハルマの顔が笑うのを無理やり我慢したような変な顰め面になった。ステラの眉間に力が入る。
彼女の僅かな変化に気づいて明らかに狼狽したハルマは咳払いでお茶を濁すことにした。そして僅かに逡巡する。ステラへかけるべき適当な言葉を見つけられないでいた。
ステラは向かいからそんなハルマの様子を備に観察していつものおちゃらけた雰囲気が無い事に片眉を上げる。
(もしかしてすっごく大事な用事でナターシャの所に行ってたのかしら?)
身動きが取れないステラの代わりに奥様達からの指令を受けたのかもしれない。それならばへそを曲げている場合じゃないときちんと身を入れる事にした。程無く言い難そうにハルマが口を開いたので聞き逃すまいと耳を澄ます。
「……あんな、オレ色々と反省してん。今まで目の前の楽しい事だけ見てればええと思うとった。ウチん中でうだつの上がらん自分やから、外の連中にチヤホヤされて舞い上がったんや。自分大事で全然周りを気にしてへんのやと、どんだけ周囲によいしょされてたんかて知った時には後悔しか残らんかった」
真剣に耳を傾けていたステラははっきりと聞き取ったハルマの言葉に固まった。しかと相手と視線を合わせたままで慌ただしく思考が働く。
(ん? ナターシャの話と何の関係があるの??)
予想外の告白に目を白黒させていると、どうしてか照れくさそうに鼻を掻いたハルマの舌が回り出した。心なしか嬉しそうにみえる。
「さっきな、何やうじうじ考えとったらワーーっとなって、ほんだら無性にナターシャ嬢に会いたなって行ってきてん」
(―――うん、意味が分からない)
回り始めたハルマの口は息継ぎもそこそこにすぐに動いたので、ステラは合いの手も我慢して続きを待った。正直、着地点に見当がつかなくて口が挟めない。
「……初めてちゃんとナターシャ嬢を見た気がしたわ」
しみじみと両目を閉じたハルマの瞼の裏には彼のご令嬢が浮かび上がっているのだろうか。
あまりに今更な感想にステラは呆れてポカンとしてしまった。
(え、ウソ!!? 漸く気付いたの!?)
ちゃんとも何も、学園で親しく過ごさせて貰っているステラと違い、他クラスのハルマはナターシャとの接点がほとんどない。彼が知るナターシャとは過去の肖像画とステラの雑談に登場する彼女くらいのはずだ。
(盲目に過ぎるでしょうよ! 頭大丈夫かしら?)
辛辣に絶句するステラをどう捉えたのか満足気なハルマの語りは続く。
「せやから聞かせて欲しい。ステラにとって彼女はどんな存在なんや? ……ステラの知るナターシャ・ダンデハイムという人間をオレに教えてくれ」
静かにヒタと見つめられてステラの肌が泡立った。
何を見極めようというのか―――ハルマがやけに大人びて見えて知らない男のようだ。
正面の気迫に湖面でパクつく魚のようになりかけたステラはぐっとお腹に力を入れた。そのまま相手を睨みつける。
ハルマの意図は依然として汲めないけれど、負けてはいけないという意地が込み上げたステラは一先ず相手の要求を受けて立つことにした。
遅々として展開が進みませんが、もう暫くお付き合い下さい><




