ステラのベクトル →
予定日に書ききれずお待たせしました><
漸くステラのターンです
ハルマが突然屋敷を飛び出した。
それを知ったのは俄かにさざめいた勤め人たちの様子からで、使用人居住区の自室に閉じこもっていたステラも気付くくらいの喧騒に思わずソロリと部屋から顔を出した。
「ああステラ、騒がしゅうて堪忍な。大した事あらへんからアンタは良え子で部屋に居るんやで」
首から先を伸ばしてキョロキョロと廊下を見渡していると、丁度通りかかったらしい侍女頭とばっちり目が合い、即座に釘を刺された。
にっこりと有無を言わせぬ圧力に抗おうなどと少しも思わないが、恐らく状況把握が出来ているであろう彼女だ。せめて何事かだけでも知りたい。
「あの、ナナミ様? 一体何の騒ぎなんですか? 分からないと気になってじっとしてられません!」
「それを聞いてアンタが大人しくしてくれるとも思えへんけど……。まぁ、ええわ。どうやらステラは関係ないみたいやし?」
私の表情をつぶさに観察しながらナナミが自身の頬を手の平で擦る。思考しているときの彼女の癖だ。
侍女頭の探る様な視線を浴びながらも私は静かに沙汰を待った。ポイントは決して目を逸らさない事。
長年の付き合いだ、きちんと私の気持ちを汲み取ったナナミは諦めの溜息を吐いた。そしてじとり半眼になる。
「ちゃんと教えたるからステラも約束しぃ。何べんでも言うけど、許可があるまで敷地内から出たらあかんで?」
今更自室に籠っていた命令内容を復唱されて内心首を傾げつつ頷いた。ほんの少しの油断で怖い目にあったのだ。反抗する気も起きない。
ステラの素直な態度にじっと――値踏みするかのように――こっちを見ていたナナミが頷き返し、口を開いた。
「あんな、坊ちゃんが急に家出してん」
「へ?」
至極真面目に冗談を言われたのかと怪訝に様子を窺うも、相手からも困惑を感じ取って僅かに息を呑む。
「あ~正確に言うと、突如奇声をあげたハルマ坊ちゃんが屋敷から飛び出したらしいねん。まぁ、それだけやったらほっときゃええねんけど、護衛からの伝令でダンデハイム伯爵家に突進したと届いてな。ほんでこの大騒ぎやねん」
「なにやってんのよあいつ……」
思わず頭を抱えた私の頭上からも苦笑が聞こえる。
ナターシャは礼儀知らずに怒り出したりしないと解っているが、ハルマがどんな用件で約束もなしに寄り親を訪ねたのか分からないのだ。尻拭いをしようにも見当違いで更に不敬を重ねるわけにはいかない。動きようがなければ、実動しなければならない家人達の動揺が計り知れないのも頷けた。
「ひとまず旦那様に緊急報告飛ばしたからじきに何とかなるとは思うけど……。そんなわけやから、ステラも短慮を起こしてこれ以上私たちを困らせんといてな? 坊ちゃんの後を追って屋敷から飛び出すとかなしやで?」
この屋敷に来てから母のように姉のように導いてくれたナナミからこれでもかと予防線を張られて眉がさがってしまう。
(そんな不安に駆られるほど心配をかけたことなんて無かったと思うけど。……ハルマじゃあるまいし)
口を尖らすステラの思考など手に取る様に解るだろうナナミは再び苦笑を零し、
「退屈やろうけど、もう暫く辛抱してな。坊ちゃんが帰ってきたら教えたるさかい」
そう言ってステラの背をそっと部屋へ押し戻して仕事へと帰って行った。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
悶々とした時間を過ごしていると、やがてハルマの帰宅を知らされると、いてもたってもいられなくて私は部屋を飛び出した!
だってもしかしたらハルマの奇行なんかじゃなくて何かの陰謀に巻き込まれたからかも知れないじゃない? そう思ったらどんどん悪い方へ悪い方へと思考が及んでしまい、兎に角ハルマの無事を確認したくてしょうがなかった。
「ハルマのバカ! あんたまで危ない目に遭ったらどうするのよっ!!」
先日の恐怖が瞬時に脳裏を過って心臓が縮む。咄嗟に頭を振って思考を散らし玄関を目指した。
(エントランスホールに使用人たちが立ち並んでる……ハルマはまだ家の中へは到着していないようね)
しかし帰宅を知らされたのだから敷地内には着いているはず。
私は出迎えの花道を突っ切ると驚く使用人たちを振りきって、かけ足も止めずに勢いよく玄関扉を押し開いた! 夕暮れを過ぎ薄宵に陰る景色の中、思いの外至近距離にハルマの姿を見つけて衝動のままに飛びついた。
(良かった! 無事だった!!)
咄嗟に思ったのはそんなこと。
抱きとめてくれたハルマの体温に、緊張していた心がほぐれていく。
「どこも怪我してない? 大丈夫!? 突然お屋敷から飛び出したって聞いて、誰も行き先を知らないし、もう、ホントにホントにほんとーーにっ…………っし、心配したんだからぁ!!」
安堵と共に駆け上ってきた衝動。
思った以上に悪い想像に支配されていたらしい私は不覚にも、ハルマの腕の中で盛大に泣きじゃくってしまった。
程無く気分も落ち着いてきて顔を上げるとハルマは嫌そうに上体を反らして顔を背けていて、私はカチンときた。
(何よっ! 人の気も知らないで!!)
頭にきたのでそのままじっとハルマを睨みつけたのに一向にこちらを見ようとしなくて私は遂に噴火した。
「もういい! ハルマのばか、おたんこなす!! 心配して損したっっ!!!!」
(ハルマなんかを少しでも心配した私がバカだった! あんなに迷惑そうにすることないじゃないっ!!)
憤慨した私は自室のベッドに荒々しくダイブして布団を頭から被る。
しんとした室内でちょっとだけ啜り泣いたのは内緒だ。
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ラストまでもう暫く、まったりとお付き合い下さると嬉しいです^^




