箱庭の大きさ②
読者様方に特大の感謝を捧げます!
私の両手を包み込んだままの兄様が目元を和らげて言ったセリフに面食らった私はどうにか笑って誤魔化すことにした。
「……ステラに意欲があったからこそ、ここまでこれたのですよ?」
「そうだね。そしてこれが君と妹との決定的違い。考えなくても解るだろうけど、ステラ嬢を拾った時、ナターシャだって同じように子どもだった。では何故、妹はアレコレ手を尽くすことが出来たのか?」
思わせぶりにハルマをチラ見して、真犯人と真相を明かす探偵のような決め顔の兄様。
(に、兄様!? 一体何を知ってるって言うのっ!!?)
崖の先端に追い詰められた犯人は私じゃなかろうか? どうしよう、背中の冷や汗が止まらないのですが!
ハルマの喉が大仰な音を鳴らした。「ゴクリ」とか言ってる場合じゃないよっ!!
「に、兄様……?」
恐々と上目に見やる私の頭を優しく撫でながらも兄様の推理は止まらない。
「最初に言ったよね? 『そうある様に妹が行動した』って。ナターシャはね、為せる大人を頼ったんだ」
他人任せ! いやうん、間違ってないけど兄様、言い方!!
(ほらもう、なんかちょっとハルマが拍子抜けしてるじゃん! 兄様が盛った話し方するから~!)
さも私が凄いみたいな話し方するからどんな誤解が生じていたのかと心臓が縮まったけれど、至極まっとうな発言だった分、今度はいたたまれなさがこみ上げる。兄様は何故そんなに誇らしげなのか……。
「個人の力には限界がある。その限界を超えるために集団を用いるのは手段の一つだね」
この言い回しはハルマに分かりやすかったのだろう。初めて兄様をきちんと見つめて微かに頷いた。所謂聞く姿勢が整ったという感じ。
「幼い妹は考えた。そしてステラ嬢の願いを叶える事は少々自身の手に余ると気付いた。当然だよね、だってまだ社交界にも出ていない子どもなんだから。だからまず、父に相談した。平民を貴族社会に引き上げる方法はあるのかどうかと」
ええ、薄々気付いていました。兄様はうちの跡取り。もう役職を得て働いてもいる社会人。幼い頃から溺れるような教育漬けだった生活の中には勿論跡取り教育も含まれていたでしょう。
ということは。
今の兄様は当主代行として少なからず『影』と繋がりがあるということ。
そして、当主である父様と私の間には強制的な『ホウ・レン・ソウ』が義務付けられている。即ち―――
(知ろうと思えば私に関する情報がほとんど筒抜けになるってことなのよね……)
勿論知られて困るような事は……してない……うん?
ダ ン デ の 事 が バ レ て る か も 知 れ な い !?
(いや落ち着け私。もし兄様が知ってたのなら、今まで放置されてるはずが無いもの! 大丈夫、だいじょうぶ……だと思いたい……)
血相を変えて卒倒したい現実に辿り着くも今は不味い。まずはハルマを片付けないと。
兄様の話を真剣に聞き入っているハルマを窺いながらナハトへの注視度を上げた。
「でもね、幼子の我が儘やおねだりで変えられるほど世の常識は甘くない。そして領主としての父はかなりシビアでね。利の無い無駄は嫌うんだ。だから妹は先に益を提示した。孤児院と木漏れ日の丘で。それらの貴族らへの反響は君も知っているだろう?」
んん? 話がおかしな方向へ行きはじめた気がするぞ??
「能力主義の確立。ダンデハイム領から先駆者が立つという先見。将来軌道に乗せるための周到な根回し。ただ気に入った個人に一方的に施すのではなく、関わった者全てに実益が伴うように、手を尽くし、言葉を尽くし、行動と情報のすり合わせを根気強く続けているんだ。多くの意見を聞き入れ、疑問を解消する忍耐強さももっている。だからこそ、ナターシャが動けば願いは叶う」
え……兄様? 何だかとっても壮大なお話ですけれど、それ、どちらのナターシャさんのお話ですか??
「今の社交界の識者たちには暗黙の了解なんだけれどね。この国の中枢に近い人間ほど、ナターシャの声を軽んじる者はいないんだよ」
「ちょっと兄様そこんとこ詳しくっっっ!!!!!!!!」
流石に黙って居られなかった。外面とかペイっとうっちゃって食い気味に迫る。ズズイと一気に距離を縮めた私に一切動じない兄様は殊更綺麗に微笑んでいる。
いや、にっこにっこしてないで、回答プリーズ!
鬼気迫る私の頭をぽんぽんと叩いて兄様が立ち上がった。私は絶対逃がさないとかぶりついて動向を追う。同じく自分へと近付いてきたナハディウムを見つめていたハルマの視線が上向く。そのままハルマの正面に立った兄様から「ニコリ」と音がした。
「さ、これでわかっただろう? 君はイースンの古語のようにもっと『東奔西走』した方が良い。くだらない自己満足の世界に浸かっている内はナターシャとの縁は結べないと思えガキが」
映像と音声が著しく嚙み合わないのを確かめる間もなく、言うが早いか兄様がハルマの首根っこをひょいっと――子猫をつまむくらいの軽さで――持ち上げた。すると突然応接室の窓が開き、知っていたかの如く兄様が開け放たれた窓へハルマをブゥンと投げ捨てた。
(えええええええええええーーーーーーーー!!!!!??)
応接室は一階ですけど、窓の向こうは中庭ですけど、そんなん関係なく遠くお空へとハルマが吸い込まれていくのを呆然と見送る私。
私が立ち直れずにいると侍女がササっと窓を閉め、使用人たちは何事もなかったように場を整えていく。「坊ちゃま、これを」って執事が渡してるのって塩!!? どういう事!!?
あんぐりしたままの私を気にも留めず、兄様は至って通常営業のまま、
「じゃあねナターシャ。名残惜しいけど流石にそろそろ戻らないと」
そう言って再度私の頭を撫でて応接室を出て行った。
怒涛のひと時に取り残された私を放置したままで。
次回更新は22日の予定です




