箱庭の大きさ
お待たせしました!
「ふむ……。どうやら君は随分と甘やかされているようだね。いくら家督は兄君が継ぐといえ、あまりにもお粗末が過ぎるのではないの? そんな理由で仕事の邪魔をされたなんて詫びの言葉なんかじゃ到底足りないんだけど?」
人当たりの良い笑みを浮かべたままの兄様が素早く投げつける暗器の如くハルマを攻撃した。
「な……へ……?」
白昼堂々の辻斬りに襲われたハルマは思考が追いつかずに瞠目して固まっている。
兄様は悪びれるでもなくニコニコと柔和な笑みのままそんなハルマを眺めていた。
(兄様……微かに鼻を鳴らしましたね……)
忙しさの八つ当たりも入ってるよね、これは。標的になったハルマには申し訳ないけれど、私的にも突撃されるほどの用件だとは思えなかったし、ここは兄様の精神的な健康の為尊い犠牲になってもらう。
(ごめんね、ハルマ。せめて骨は拾うから!)
一人心の涙を拭っている間に兄様の方針も纏まったらしい。未だ立ち直れないハルマを気付かれないよう鋭く一瞥して僅かに嘆息した。
「さて、さっさと跡取り教育を詰め込んで貰って王都にリューキ師範を縛り付けた原因は殿下と私だからね。教育云々の話は他人ごとでは無いか。……まぁ理由はどうあれ、折角仕事を抜け出してこられたのだしいいでしょう。君のわだかまり、全部返答してあげますよ」
脚を組み替えた兄様が事も無げに放った言葉にハルマが本日何度目かの瞠目。……もう開き過ぎてお目目カピカピになってそう。どう見ても完全に展開についていけてない模様。
気付いているだろう兄様はお構いなしに話し続けるようです。
(でも解消するとは言ってないのよね。あくまで私見を述べるだけだよと。言質を与えない上に相手の望ましく思える方向への話術、流石、鬼畜!)
私も兄様が何を話すのか興味深く耳を澄ました。
「まず、どうやら君の葛藤の主軸らしき不甲斐なさと無力感だけど、努力不足の一言に尽きるね」
すっぱりと言い切られてハルマの顔に朱が上った。カッとして腰を浮かそうとしたけれど兄様の眼圧にビクリとして座り直す。そうよハルマ、いのちはだいじ……
「どうしてナターシャが大局を見極めて手を差し伸べられたかを知りたいと話から察したのだけれど合っているかい? で、あれば。そうある様に妹が行動したからとしか言えない」
ぽかん……
今度は私も一緒に呆けた。え? 兄様どういうこと??
「……ハルマ君、君の庭はとっても狭いね。君一人しか居られないようだ。外壁の向こうが気にならない? 他人の庭の大きさと自分のを比較したいと思ったことは? 齎された物だけを素直に享受して疑問を抱かないのであれば、いつまでたっても自己完結のままだよ?」
幼子に語り掛けるようにして兄様が紡ぐ。
「ナターシャはね、君の所のお嬢さんと縁が繋がった時からその責を覚悟して受け入れたんだ。今だ前例の少ない平民の中央機関進出とまつわる困難。言葉にすればこんなに短い一文に纏まる懸念だけれど、君はその中味をどれだけ真剣に考えたことがあるの? 大方、危険と聞かされても頷いただけで、どうして危険なのか、何が起こりうるのか自身で考えたこと無いんじゃない?」
きょとんとするハルマが目を瞬く。
「うん、予想通りの顔だね。じゃあ、質問。……君とステラ嬢の違いって何だと思う? そも、貴族と平民、線引きされているのは何故? 一緒に暮らしてる君なら解るでしょう? 自分も使用人も同じヒトだ。生態が変わるわけじゃあない。だけど、同じ屋敷にいるのに明確に差分されているね。私たち貴族が平民より遇されるのはどうして?」
「そ、れは……」
存外にかすれた声にハルマが生唾を呑み込んだのが分かった。
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突然やってきて唐突に語り出したナターシャ嬢の兄君、ナハディウム様の質問にオレは絶句した。
降りかかる情報の多さに頭が真っ白になる。せやけど何か一つでも返答せなあかん、そう思うほどにオレの思考は絡まり解けて何の形も成さない。焦りだけが募っていく。すると、対面のナターシャ嬢が控えめに口を開いた。
「……抱えている命の差、ですわ」
「駄目じゃないかナターシャが答えちゃ」
助け船を出してくれた妹を小突く兄。困った顔を作っているがこれはアレや―――シスコン! ベタ甘やないかい!
「まぁそんなに時間も割けないしね、しょうがない子だなぁ。そう、僕らと平民との差は影響する個人の数。それに対する責任だ」
(あのぉ、オレは対面におるんやけど……)
隣に座る妹の手を包みにっこりと笑うてはるけど何それウラヤマ!! 兄妹、ズルいっ!!!
「ハルマ君、どうしたのかな?」
ナハディウムがそのまま首だけグルリと向いて微笑んできた。怖すぎる。
「話を戻すけれど、私の妹はこんな風に幼き頃からとっても聡明でね。きちんと己の立場を弁えていた。だからステラ嬢に足りないものを比較して補っていったわけだ。……そうでしょう?」
ナハディウムが目元を和らげて妹を見つめる。ナターシャ嬢は一瞬面食らったような顔をしてへにゃりと笑み崩れた。
「……ステラに意欲があったからこそ、ここまでこれたのですよ?」
「そうだね。そしてこれが君と妹との決定的違い。考えなくても解るだろうけど、ステラ嬢を拾った時、ナターシャだって同じように子どもだった。では何故、妹はアレコレ手を尽くすことが出来たのか?」
そう言われれば確かにそうだった。
(手を尽くす、行動するいうたってガキになんぼの事ができるっちゅうねん。でも姫さまはそれをやってのけた。それがオレと彼女の決定的違い……?)
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次回更新は19日夜頃の予定です。
箱庭の後半、おたのしみに☆




