表舞台の側面でも影は横切る②
場を木漏れ日寮内の談話スペースに移すと管理人のベルナンドさんとメアリーさんもやってきて、元女中のカレンさん――今はパレットさんの奥さんである――が皆にお茶を配ってくれた。
「それでパレット、一体何があったんだ?」
ファンスさんがエリーさんを抱きよせながら問うと、パレットさんが全体を見回して重い口を開く。
「今日の昼過ぎ、孤児院の庭整備をしていたら、子どもに探りを入れている怪しい輩を見つけた。幸い、俺が近くで見ている事に気づいてさっさと逃げて行ったが、どうやらアレ絡みらしい」
途端、しんと大人たちが静まりかえる。ミケルは一人、ついていけずに成り行きを見ていた。
「……お嬢様は?」
「密偵がすぐさま報告に行ったようだから既にご存じだろう。周辺の警備も強化してくださるそうだ」
短く問うたメアリーにパレットが答える。
たったそれだけで一気に場の緊張感が消えた。皆がほっと小さく嘆息している。
やはり一人だけ要領を得ずに困惑していると、ベルナンドさんがミケルの両肩に手を置き少し屈んで目線を合わせこう言った。
「ミケル、暫くの間レオーネへの送迎を毎回ファンスにしてもらおうと思う。だから一人で勝手に街へ行ってはいけないよ。……約束してくれるかい?」
大人たちだけで勝手に納得しているようだが自分は全く解っていない。
けれどベルナンドさんのあまりに真剣な瞳に何も言えずただ肯いた。
その後、帰宅したお母さんも――事情を聞いたのか――同様の注意をくれたのでそれにも大人しく従っておく。――本当は何故? どうして? が飛び交っていたけれど、周囲の大人たちに聞いても誤魔化されそうな気がして、明日マル爺に話してみようと黙っていた。
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「ミケル! ちょっと来て!!」
翌朝、勉強支度を終えて木漏れ日寮の談話スペースを通り過ぎようとした所で僕はケイト――ファンスさんの娘――に捉まった。
「孤児院が大変なの!」
ぐいぐいと年下とは思えない力で引っ張ってくる少女になされるがまま、僕は孤児院へと引きずられていき、その光景に唖然とした。
そこには孤児院の門を護る様にズラッと並んだ騎士様と、その背中に群がる子ども達という異様な光景が広がっていた。
「やべ~!」
「かっけ~!!」
大はしゃぎの男子たちに混じって話を聞いたところ、最近不審者情報が多く、警邏強化中だった治安部隊に、木漏れ日の丘利用者から「孤児院で不審者を目撃した」と情報提供があったらしい。
聞きとりにやってきた騎士に「昨日知らないおじさんに話しかけられた」と答えた子どもが複数いた事に驚いて応援を呼び、気づいたら今の状況になっていたのだとか。
奇しくも当日、クロスネバー学園で襲撃騒ぎがおきているのだが、その事をミケルは知る由もなく。
一頻り孤児院の友達とはしゃいだ後、いつもより遅くにマル爺の元へと足を向けたミケルに、レオーネ休業の知らせが届いたのだった。
「ちょうど良い機会じゃ、ミケルの疑問も含めた話をしようか」
マル爺の私室で二人、向き合って座る。
そうして初めて説明された大人側の事情に目を白黒させてしまった。
マル爺の話によると、孤児院で作っている製品は貴族たちにとても影響を与えたらしい。
放っておけば人攫いが出てもおかしくないくらいの利益が見込めるものを作り出していているにも関わらず、孤児院が安寧を保っているのは偏に、上位貴族からの庇護のおかげで。
実はずっと、ネルベネス公爵家から実権を任されたベイン男爵家とダンデハイム伯爵家によって孤児院は護られていたのだという。
永く忘れ去られていた孤児院は国営であった事を権力者たちに思い出させ下手に手だし出来ないよう周知し、更に両家は慈善活動で交流を持ちながら周囲を牽制しているそうだ。
「始めはダンデが監視の役割を担っておったようだが今は当時と規模が違うからのう。周囲の大人を頼って協力しておるのだよ。この事は秘密を守れる大人しか知らないからミケルも協力しておくれ。子どもに知らせないのは、知る事が身の危険に繋がるからじゃ。ミケル一人であれば木漏れ日寮の大人で護れても、孤児院全体にはとても目が行き届かん。皆の安全の為にも、少しでもおかしいと感じた事は何でも報告しておくれ」
―――権力を得るというのは生半なことじゃない
ステラの言葉がふと脳裏を過る。
「レオーネはな、国が試験的に許可した場所なんじゃよ。……貴族と庶民の新しい関係を築くための場所とも言えるな。多くの特例が認められている分反発も大きい。しかし、偉い人達はその摩擦も含めて観察しておるのだ。何れは起こるであろう事態をどう解消していくのかと。……ミケルはもう当事者じゃ。他人事では居られるまい。それも踏まえて、将来の展望を考えてみなさい」
その日の授業はそれで終わりだった。
何だか頭がフワフワする。
あともう少しでこの言い知れない何かが形になるような気がするのに。
寝苦しくて何度も寝返りを打つような座りの悪さを抱えたまま数日が経ち、レオーネの再開が伝えられるといそいそと街へ連れて行って貰った。
レイやステラの顔を見れば答えが見つかる様な気がして。
実際は店舗に付いた途端、もやもやっとした気持ちは何処かへ行ってしまった。
レオーネが始まってからは殆ど毎日会っていた仲間たちの顔を見た瞬間にパッと嬉しくなって、輪郭の見えない悩みなどすっかり忘れてしまったのだ。
久方ぶりに楽しく過ごしてニコニコと岐路についたミケルは翌日、自宅待機命令と共にステラの誘拐未遂を知らされた。
難産でした……。
あと1話ほどミケル視点が続きます。
甘やかされてきた末っ子は果たしてスタート地点に立てるのか!?




