ロンのベクトル →
……俺の名前はロン。
武門の家系オーウェンの家に生まれた。
オーウェンは子爵位で階級の上では中の下辺りの家格だが、そんな中で王国騎士団の団長まで上り詰めた父上は一族の中でも特別だった。
『武人は本能的に強さを求めるもの』そんな常識の中で育った俺は当然騎士の頂点に立つ父上を尊崇していたし、幼い頃は獅子の子である自分もまた特別であると信じていた。
(……やがてその勘違いはボコボコに叩きのめされて正された訳だが)
そんな事をつらつらと考えながら、視界だけは瞬きもすまいとひたと正面を見据えている。
瞳に映されているのは俺がボコボコにされる発端となった張本人。
竹馬の友であるダンデが王族専用の訓練場で今、王家指南役のリューキ将軍と手合わせの真っ最中だった。
「フハハハハハハハハ、軽い、軽いっ!!」
熊をも凌ぐ大男である将軍の手に握られているのは自身の身の丈より大きい棍棒。それをブォンブォン物騒な風切り音と共に振り回してダンデを攻め立てている。
「将軍に、かかればっ、そりゃ、誰でもっ、軽いで、しょうよっ!!」
対するダンデは器用に両手の短刀で右へ左へ襲い来る暴力を受け流し無力化していく。華奢な体格故の膂力の無さを補って余りある技量に舌を巻いた。
「アー…やつは何処を目指しているのだろうな?」
漸く呼吸の整ったクロード殿下が不自然に言葉を濁しつつ――さっきまで扱かれていた――流れる汗を拭いながら隣へ立った。
呆れ果てた表情の中、ダンデから逸らされない瞳だけは羨望と焦燥が色濃く浮かんでいる。
非常に共感を覚えながら主従で立ち並んだまま、決着するのを静かに見守った。
―――やがて打ち合いが止み、阿吽の呼吸で距離をとった二人が流麗なお辞儀を向け合うと、
「あーーーーーしんどーーーーーー!」
どっかりと地面に尻を付いたダンデが天に向かって吠えた。
「手数の多さが其方の強みだ。よく鍛錬しているな」
全く疲れの見えない将軍が大声で呵呵大笑している横を殿下がするりと抜け、いつの間にやら手にしていた水筒をダンデに手渡している。
「ありがと、」
まだ呼吸の荒いダンデが短く笑んで勢いよく水分を補給していく。
その様子をじっと殿下は見ていた。
「プハッ! あ゛~~生き返るぅ~~!! ……ん? クロ、どうかした?」
乱雑に口元を拭ったダンデがキョトンと殿下を見上げ、殿下が慌てて取り繕っている。
その様子を何を思うでもなく眺めていると、遠くから軽い足音が近づいてきた。
「ダンデが来てるって本当っ!?」
喜色に声を弾ませて駆けてきたシルヴィーが、目当ての人物を目ざとく見つけて勢いよく飛びつき、危なげなく抱き止めたダンデと顔を合わせて笑い合う。
「やれやれ、追い出されてしまった……」
げんなりと俺の隣に戻ってきた殿下に同情している間にもダンデとシルヴィーは仲睦まじく抱き合ったまま、何か話してはクスクスと笑っている。何となく目を離せないでいると、徐にシルヴィーがダンデの頬にキスした。
「な……!?」
眼を見開いた殿下の呟きがそっくり心中の自身の声と重なってより驚き、二人して硬直したままでいると、ぐるりこちらを向いたシルヴィーがふふん! と笑った。
―――ズキン
「……?」
「くそぅ……シルヴィーめ……。おいロン、大丈夫か?」
思考に沈みかけた所を殿下に呼び掛けられハッと意識が戻ると、怪訝な顔の主が目に映る。申し訳なく思いながらコクリと頷けば、唐突に後ろ頭を叩かれた。
「ロ~~~ン~~~? そのお口は何の為にあるんだったかなぁ?」
目を白黒させて後頭部を押さえながら振り向くと、いつの間にか背後に立っていたダンデが威圧感たっぷりに薄ら笑んでいた。反射的に俺の背筋が伸びる。
「殿下、ご心配をお掛けして申し訳ありません」
つるりと飛び出た謝罪と共に上体を直角に折り曲げた。瞬きの間に行動した俺に殿下が苦笑する気配が届く。
(……身に付いた習慣とは恐ろしいものだな)
「だから訓練するんでしょう?」
身の内でぼやいた俺にダンデが突っ込んだ。
(そういえば……)
口下手な俺の心中を何故か上手に汲み取る彼の令嬢。
先だっての誘拐騒ぎの時にも名前が上がっていた。
(ダンデはナターシャ嬢に仕えているんだったな……)
限られた交流しかしていないのに、会えば昔馴染みかのように溶け込んでいる不思議な女性。
ダンデの向こうにふとナターシャの事を思い出して、もやもやとした思考の渦に呑み込まれていった。
……ロンはいつも(脳内で)喋り出すと想定以上に長くなる。
ムッツリめ!




