シルビアのベクトル →
久々の新章開幕でございます!
私の名前はシルビア。
クロムアーデル王国にある三公爵家の一つであるネルベネス公爵を父に、北の隣国から嫁いできた末王女を母に持つ、世が世なら王族だったかも知れない血統を受け継いでいる。
私のお父様はお母様と結婚するまでクロムアーデル王国の王子だった。
歴史の勉強で覚えさせられたのだけれど、これまでクロムアーデル王国はずっと二つの公爵家しかなかったらしい。そこへお父様が臣籍降下したことで三公爵になったんだって。
幼い頃は解らなかったけれど、だから我が家の使用人たちは私の事を腫れものみたいに扱ってたんだと今は自覚していた。
高貴な血筋のお姫様ってだけで、普通、使用人は頭が上がらないんだって乳母のターニャが言ってたし。
そんな私はコドモの時分、誰もが傅くサイショウであるお父様が世界で一番凄い人なんだと信じ切っていて――真実は元王子だったからなんだけど――、何でもお父様と言えば叶うんだと思っていた。
―――そんな傲慢で我が儘放題だった私の幼少期は一人の親友との出逢いで終わりを迎えた。
初めて出来た同じ年のお友達。
その女の子はある日、お母様同士の交流の延長で我が家にやってきた。
光を弾く艶やかなバラ色の髪にくりくりと大きく顔から零れそうな深い緑の瞳が愛らしいお人形さんみたいなその子は、並び立つと私の方が少しだけ背が高くて、それだけでお姉さんめいた庇護欲が芽生えた。
だけれど現実は全く逆で。
まろやかな幼い容姿に全く似合わず大人びて聡明な女の子、それがナターシャだった。
その日、初めて私は『私は無知であることを知った』のだ。……正確には肌身に感じたっていうようなふわっとしたものだったけれど、ともかく。
運命のあの日に私は生まれ直したんだと思う。
だって私の世界は一変してしまったのだから。
それからの私のお手本は何をするにもナターシャになった。でも全然うまく出来ない。
ナターシャは涼しい顔で何でも出来るのに自分は失敗続き。それが悔しくて嫌がっていたお稽古にも一生懸命取り組んだし、行儀作法も勉強も運動も死ぬ気で頑張った。
お陰で今ではナターシャの様に涼しい顔で人前に出る事が出来る。格好いいでしょう?
影の努力を全く見せないって所が良いの!
私のナターシャは本当に凄い!!
でもね、ナターシャから学んだ一番の事は『愛情のある優しさ』なんだ。
お父様もお母様もターニャからもいっぱいもらっていた愛情に気付いたのはナターシャのお陰。
叱られるのも厳しくしつけられたのも優しさがあるからで、ヒトに優しくあること、これは巡り巡って全部自分に還ってくると知ったんだ。
ナターシャはそれが自分の使命かのように方々へ愛情を配っていく。
いつしかその事に気が付いてからは、私はナターシャの一番の理解者であろうと思った。
ナターシャの一番傍で、わたしがナターシャを助けるの。
……きっとそれこそが、生まれ直した私の使命なんだわ。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
カチャリ、何時になく静かなシルビアの部室内に茶器の擦れる微かな音が響いた。
「じゃあ、話を聞きましょうか?」
ユーリを問い詰めたあの日から数日が経っていた。
あの日王城から帰宅するより早くナターシャの家へ突撃しようとしていたのだけれど、我が家よりナターシャからの手紙を持ったお母様が迎えに来ていて叶わなかったのだ。
私は腹立つのをお腹の奥にぎゅぎゅっと押し込めてツンと取り澄まして見せる。
何時に無い冷静な対応に対面のナターシャが狼狽するのが解った。
(ふふん、私だって成長するんだから)
衝動のまま突撃をかまそうとしていた事はすっかり忘れてナターシャの反応に気を良くしていると、上目遣いのナターシャと目が合わさった。
「……シルビア、その……怒ってる?」
いつもと立場が逆転している状況に私の気分がどんどん高揚していく。
自然と口角が上がりそうになるのを必死で我慢しながらチロリとナターシャを見下ろした。
「あら、ナターシャは怒られるような事をしたの? 手紙には『今日全部説明しに行くから待ってて』としか書かれてなかったと思うんだけど」
務めて淡々と言いながらこれ見よがしにゆったりとカップを口へ運ぶ。
弱りきったナターシャの眉が情けなく下がった。愉しくてブルブルと腹筋が震える。
大笑いしたい衝動を精神力の全てで押さえつけていると、その様が相当なおかんむりに見えたみたいで、青ざめたナターシャの方が先に音を上げた。
「う~~……ごめんなさい……」
勝った! 私は内心でほくそ笑む。
「まだ話を聞いてないから、ナターシャが何に謝ってるのか解らないわ?」
お母様が私を叱る時のように、背筋をピンと伸ばして泰然と構えたまま。
すると漸くナターシャがぽつぽつとここ最近の裏事情を話しだした。
「……なるほどね。今の話でダンデが何してたのかは解った。……で?」
「で? とは……?」
「それでどうして易々とユーリに唇を奪われたのかって聞いてるの!」
バーン! とローテーブルを両手で叩いて腰を浮かせた私にナターシャがきょとんとしている。フンス! と鼻息も荒く頬を膨らませるとクスクスと笑われてしまった。
「ふ、ふふふ……みんな同じ事で怒るのね」
何が可笑しいのかクスクスと笑うナターシャがフッと対面から消えた。
――――――ちゅ
気づいた時には柔らかいものが頬に触れていて、至近距離でナターシャがはにかんでいた。
「ありがとう、シルビア。大好きよ」
言ってナターシャが破顔する。
今度は私の目が見開いた! 次いで「ナターシャはズルイ!」と心が叫ぶ。
そこからは反射だった。
私はすぐ横のナターシャの襟首を掴まえてグイッと引き寄せるとブチュっとナターシャの唇を奪って、
「私の方がもっと大大大大好きよ!!」
―――にっかと盛大に勝者の笑みをお見舞いしたのだった。
裏テーマ「ちゅー御礼祭り」(笑)
早くも脳内と全く違うキャラ達の動きに唖然としている神那です……




