目指す願いのその先は⑤
誤字報告、毎度ありがとうございます!
本当に助かっています(涙)
「なっ!!!!???」
眼を見開き頬を押さえて一瞬で部屋の隅まで後ずさったソウガに私の方が驚いた!
(え!? そんな毛を逆立てた猫みたいな反応出ると思ってなかったんだけど……)
妙な緊迫が漂う空間に沈黙が降りる。お互い驚きに目を見開き硬直したまま見つめあって数秒、ごほんとわざとらしく咳払いをして気まずさを誤魔化した。
(師匠が過剰反応するから、何だか私がすっごく恥ずかしい人みたいじゃない!)
頬が熱くなる感覚が不本意で務めて平静を装いながら話を戻す。
「ね、解ったでしょ? ユーリへの好きは私にとってこういう好きなの」
「へぁ?」
「や、へぁ? じゃなくって。どっから出たの今の音!」
きょっと~んと呆けた師匠から謎の擬情語が飛び出て笑いを引きずられつつ私は続ける。
「師匠も今吃驚したでしょ? ……ちょっと想像以上だったけど、それと一緒! ね、師匠? 私に対する気持ちがこれで変わったりした?」
通常より時間をかけて私の言葉を受け取った師匠が硬直を解くとともに、嘗てないほど盛大な溜息をつきながら頭を抱え蹲ってしまった。
「解った。……姫さんの気持ちは理解した。……にしても、だ! ~~~~~はぁあああぁああぁあああぁあぁ」
がっくりと項垂れたソウガが低く呻く。
小さく蹲ったまま自身の短髪をがしがしと掻きまわしてからジロリと半眼で見上げられた。
「俺はそんなはしたない娘に育てた覚えはないぞ?」
「あら、親愛の情を示すスキンシップにはしたないなんて心外だわ」
「……姫さんももう年頃なんだから、ガキみたいな振る舞いは慎まねぇと」
「これでも人を見て振舞ってるんだけど?」
「尚悪い!」
「あー言えばこう言う!」とぼやきながらヨタヨタと私の傍へ戻ってきたソウガへにっこりと笑ってみせた。
「師匠、大好き☆」
「俺はまだ死にたくない。そっくりそのままエルバスにお見舞いしてくれ……」
師匠は再び溜息を吐いて、ぐりぐりと私の頭を乱暴に撫でたのだった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「―――と、いうわけだ。良く解っただろ?」
ダンデハイム家の当主執務室、その執務机についている主へソウガがおざなりに言い放った。
報告を聞く側のエルバスは聴いているのかいないのか、片頬を抑えたままでれでれとだらしなく笑み崩れている。
―――少し前に退出して行ったナターシャから見舞われたほっぺちゅーと「大好き♡」によりクロムアーデル王国の平和は保たれたようだ。
呆れて半眼になりながらそんな主を眺めていた。
「おこちゃまな姫さんは、まだ父様が一番好きなんだと」
「ふん、当然だな」
キリと顔を引き締めたエルバスがふんぞり返る。
若干の苛立ちを堪えながら適当に相槌を打った。
「冗談はさておき、ナターシャもこういう心配をしなければならない歳になったのだな……」
真面目な父親の顔でエルバスが静かに嘆息する。
(冗談も何も感情の赴くままにサリュフェル家を潰そうとしてたのはどいつだよ)
面会謝絶の裏で暗躍しようとしていた当主を抑えていたのは女傑だ。
「あの子の人生よ、あなた。あの子が何も言って来ないのに私たちが出張るなんて見苦しいでしょう?」
冷ややかに笑って有無を言わせず旦那の舵を取る様は流石の一言だった。
「それで、めぼしい相手はいるのか?」
「俺の知る限りはいない……、と思う」
俺の姫さんは年々強かに、感情を隠すのも上手くなってきている。
実は想う相手がいました、と後出しされてもおかしくないのが現状だ。
(子離れ出来ない親じゃあるまいし……)
そのまま本命を明かされた時の夢想をしてしまい込上げた不快さに蓋をして誤魔化した。
ふと、先ほどナターシャの唇が中った自分の唇の端を撫でる。
(……本人はほっぺたのつもりだったみたいだけどな)
ソウガのふいをつく為に素早く行動に移した結果、狙いが逸れてかなり際どい場所へ着弾していたことをナターシャは気づいていない。
「どの道、選ぶのはあの子だ。それが運命であり約定。……解ってはいるが、見守るだけというのは辛いものだな」
うっかり物思いに耽ってしまったソウガの耳へ、遠くへ向けたエルバスの独り言ちが届き覚醒した。
しかし乳兄弟の自嘲めいた色合いに今の自分がぴったりと重なって再び思考の底へ沈んでいく。
『ね、師匠? 私に対する気持ちがこれで変わったりした?』
―――ずっと変わることのないあの無邪気な信頼をいつまでまっすぐ受け取ることが出来るだろうか。
(……一生、それこそ死んでも、だろ?)
自問自答の結論はとうに出ているのだ。
だから気づかないままで。
ソウガは瞳を閉じて胸の奥にある開かずの箱にそっと全てを仕舞い込むと、誰にも気づかせることなく通常運転をしていく。
「じゃあ、当主としての意向をしっかりと息子へも言い聞かせろよ、父様?」
「ウルサイっ! お前が父様とか言うんじゃない、気持ち悪い!!」
茶化して掻き混ぜて元通り。
からかいの笑い声を残してエルバスの元を去る。
(俺は隠密部隊の頭領。ダンデハイムの影だ)
その矜持がある限り。
何があっても自分が愛する姫様の誰よりも味方であり、最後の砦であるのだから。
長かったこの章もここで終わりです。
次話より新章!
最終章まで、あと少し……




