変化の兆し
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ネルべネス公爵は上機嫌に琥珀色の蒸留酒を燻らせる王を見ていた。
「ほら、突っ立ってないでそなたもそこへ掛けろ。たまには一緒に飲んでくれても良いであろ?」
「やけにご機嫌なので近付きたくないのですが……」
「連れないことを言うなよ、なぁ、リュートス」
「はぁ……お付き合いしましょう、兄上」
当代国王『アルフレッド・フォーチュン・クロムアーデル』は『リュートス・ネルベネス』の異母兄である。
当時王位継承権第二位だったリュートスは兄の王位継承とともに、無用な軋轢を生まぬよう臣籍降下して公爵位を賜っていた。
「しかし見事だと思わんか? これが恩恵の片鱗なら、歴代の国主たちが躍起になって探すのにも頷けようて」
「そうして手ひどく逃げられて不利益を見舞われた代の悲惨な歴史もお忘れで?」
「解っておるから傍観しておるのだろうが。……父上の様にはなりたくないからな」
リュートスがまだ王子だった頃、隆盛を極めていたクロムアーデルの先代治世はある日を境に坂道を転げ出した。穴に落ちる様な性急さでは無く、緩やかな坂なれど、確実にコロコロと。
徐々に疲弊していく国の実態は巧妙に隠されていて知る者は少ないが、それを食い止めたのが兄だった。
だから自分は彼を自身の王に戴こうと決めた。
アルフレッドを近くから支え、主君として尊敬を捧げる。
幸いな事に自分は知性に優れていたので、努力の結果今の役職を得られた。
そうして宰相位を賜った日、兄から王に伝わる眉唾話を教えられ、在りし日の真相を初めて知ったのだが……。
「やはり間違いないのでしょうか?」
「血縁が進言しておるのだ。そしてそれに見合うだけの証拠を自身が挙げておるからの」
そう言ってクスリと笑み零しながら兄が豊潤な液体を口へ運ぶ。
香りを楽しむようにゆっくりと吐息を落として余韻に浸りながら、またよからぬ事を考えているらしい。
「兄上、ダメですよ」
「……私は一言も発していないが?」
「言わなくてもお顔が雄弁に物語っています。どうせまたロクデモナイことでしょう? これ以上私の胃を痛ませるのは止めてください!」
「え~」
「え~、じゃない!!」
ギリと泣き出した胃を宥めるように擦って口を尖らす兄を睨んだ。イイ年したおっさんがやっても憎らしさしか感じない。
「ほんと、兄上のそういう所、息子に引き継がれてますよっ」
「私もそう思う。だが、下の方はそなたに似ているだろ?」
同族嫌悪に顔を顰めた王が、二の句にニヤリと笑う。
不憫な甥っ子を思うと涙が浮かんだ。
★☆★☆★☆★☆★☆
「捕らえられた騎士クラスの先輩方の処分が決まった」
王城から派遣した護衛と共に城へと召喚したうちの子たちを集めたクロードのサロンで、部屋の主が切り出した。
「それは良いけど、何で、わざわざ、あんな厳重に護送されて来なきゃいけなかったの?」
不満たらたらのシルビアがクロに噛みつく。
(……ごめん、多分それ私のせい…………私も意味が解らないんだけど)
物陰に隠れて話を聞いている私は心の中でシロクロに謝りつつチラリと後ろを窺う。
(ひぅっ! 師匠が、めっちゃ良い笑顔の師匠が、ずっとこっちを見てくるぅ!!)
ユーリを連れ出してアッパーゼル家へ乗り込んだあの日、事を終えユーリを送り届けた瞬間、私は師匠に搔っ攫われた。
驚く間に自室のベッドへ放り投げられて、抗議の声をあげるべく師匠を振り仰ぐと、感情を無くしたソウガがじっとこちらを見下ろして立ち尽くしていた。
初対面以降、こんな顔のソウガを見た事が無くて私は息を呑む。
張り詰めた空気に何も言えず、ただじっと見つめ返した。
「……し、師匠?」
沈黙に耐えかねて漸う尋ねれば、強く拳を握りしめる事で何かをやり過ごしたソウガの平坦な声が届いた。
「姫さん、今日の事は委細隠さずエルバスに奏上する」
事務的に淡々と告げられて私はコクリと肯いた。
解らない。こんな師匠と相対した記憶はほとんどない。
情の厚い彼は任務をこなす際感情を封印するが、私の前では――公私を分ける為に取り繕う時以外――この能面に出会う事は無いから、彼が今、心中に閉じ込めているものが解らなくて困惑する。
そんな私に構う事無く、許可を貰ったソウガはサッと消えてしまった。おそらく父様の所へ行ったのだろうけど。
―――そうして訳も解らぬまま、私は数日屋敷に全力で閉じ込められた。
報告も何もかも、やりたい事を全部ソウガに伝えて代行してもらう事でしか行動の許可が下りなかったのだ!
いくら隙を窺おうと、屋敷の誰一人――隠密部隊も全員!――私に味方してくれず、理由を聞いても笑顔で首を横に振られるだけ。
粘り強く交渉して漸く外出を勝ち取ったけれど、うちの子たちとの直接的な接触は禁止された。
「姫さんが知りたいのは顛末を知った友人たちの反応だろ? だったら当事者じゃない姫さんがいなくったって、いつもみたく会話を視るだけでいいじゃん」
薄笑いを貼り付けたソウガに言葉を呑みこむ。拒否したらまた暫く監禁が続くのが解って了承するしかなかった。
ダンデハイム一家総出の本気セコム……




