感情の発露~ほんとうのこころ~③
昨日の21時前にも更新しております。
最新話リンクから飛んでこられた方はご注意下さい!
「隠さずとも良いのです! きっと深い事情があっての事だと私は解っております。ずっと耐えてこられた貴女は女神の雫の力で表舞台への再帰を図っておられる……そうでしょう?」
( 妄 想 よ り も 現 実 を み な さ い !!)
アッパーゼルの妄想内のユーリ嬢へ向けられた言葉に頭痛がする。
ボクは確かに女装が好きだ。でも別に女性になりたい訳では無い。趣味なのだ。
貴族学園に入学する年齢になったことで今後出てくるであろう結婚話に差し支えを危惧した父と兄たちに対外的な社交場での女装を禁じられただけで、在り様を否定されたわけでは無い。家族はボクの個性を認めてくれている。
ボクが見た目に合わせて話し方を変えるのは周囲を無用に混乱させないためだし、女性的な喋り方が楽なのは育った環境からだ。
(ボクを好ましく思うのならば婚約とか関係なしに近づいてくればいいのに)
こういう輩に係わる度に思ってしまう。初めの頃は悲しかったり腹が立ったりもしたけれど、もう感情を揺らす事すらしないくらいには免疫がついていた。
「ですから、私が貴女の望みを叶えて差し上げましょう。一番近くで!」
(あ~~、ダメなパターンねこれは)
彼はボクに理想の女性を見ている。そうであって欲しいと願っている。初恋を拗らせて執拗に添い遂げる事に妄執している可哀想な人だ。残念ながらボクはあなたの花嫁にはなれないしなる気もない。
因みにボクは恋愛における性別に関して異性でなければならないとは思わない。けれど、ボクは貴族社会に生きる男なので――駆け落ちしたいほどの恋人でも出来ない限り――結婚は政略的な女性とするだろう。
つまり、微塵も魅力を感じないこの人と一緒になることはない。
そうは思ってもこの手合いに真っ当な会話が成り立つはずが無い。慎重に必要な情報だけ得て、不必要な妄想の糧は出来るだけ与えないようにしなければ。
そっと気配を消して成り行きを見ているダンに無様は晒せない。折角珍しくも名指しで頼ってもらったのだから。
変な緊張に震えながら探り探りの言葉を紡ぐ。
「……先の、質問に……答えていません……」
どうしてステラを狙ったのか。ダンデが知りたがっているのはそこだ。
上手く誘導できたようでペラペラと自白された内容に倒れそうになった。
はっきりとボクのせいで騒動が起こったのだと確定してしまったのだから。
(この人の狂気にもっと早く気付いていれば……)
やるせなさに怒りがこみ上げてくる。
情けなさに目頭が熱くなり、涙が滲んできた。
そんなボクを都合よく解釈したのだろう。傲慢な憐れみを浮かべた対面の男がいやらしくその手を伸ばしてきた。
パンッ!
小気味よい破裂音を響かせて先輩の手が弾かれた。……ボクはまだ行動に移していない。いつの間にかダンデが間に割り込んでいた。
「……情報が命?……アレで?……庶民なら消えてもいい?……ハッ、何それ笑える……」
初めて聞くダンデの低い低い響きにこれでもかってくらい目がかっぴらいた!
ゆらり、背中から湯気が立ち上ってるんじゃないかと思うほどに怒りの波動が飛んでくる。
あ の ダ ン デ が
嘗 て な い 程 怒 っ て い る !!?
「……貴方、その情報とやらによっぽどの根拠と自信を得ているんですね?」
ああ、影に生きるダンデの尾を踏んだのだ。先輩は彼の矜持を傷つけた。
でもボクは知っている。ダンはそれだけではこんなに怒りに狂う事はないはずだ。
(仲間を傷つけられたから……)
更に、ほんとうのユーリを知ってくれているから、ボクの代わりに怒ってくれているんだ。
それは言いようが無い喜びだった。
いや、ボクはこの湧き上がる感動に覚えがあったはずだ。
ダンデに、ナターシャに、初めて触れ合ったあの日、ボクが救われたあの瞬間の記憶が蘇る。
(ボクは幸せ者だ)
ストンと降ってきた温かい衝動に身を任せて、ボクは目の前の荒ぶる守護神を強く引き寄せ、まんまと体勢を崩したダンデを抱き止めると――――徐に彼の唇を奪った。
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アッパーゼル先輩の自白に怒り心頭になった私は、脳内に駆け巡るどの方法で処そうかと吟味していたのだが、不意に後ろのユーリに強く引っ張られて体勢を崩した所で何故か彼に口づけられていた。
「!!?~~~~んん~~~~むぅ~~~~~~~!!!!??」
(え?え?ナニコレどういう状況!!!???)
ずっとお互いに目を開いたまま見つめ合って十数秒。
その間、驚き→状況把握→狼狽と変化していく私の瞳を読み取ったユーリの眦が悪戯に成功した少年の笑みに変わった。
「……っはぁ。―――落ち着いた?」
唇が離れた瞬間、艶めかしい吐息と掠れた声を溢したユーリが私を至近距離で覗き込む。その顔はとっくに確信しているでしょう!? 抗議を込めて睨めばクスクスと笑って放してくれた。そのままさっき私がしていたように一歩前に進み出てユーリの背に庇われる。私はその背中をポカンと見つめた。
ポカンと取り残されたのはアッパーゼルも同様だったようで、立ちはだかったユーリを力なく見上げている。
「ボクは男です。先輩の望む女性はどこにもいません」
「は……?」
突然、見た目男女のキスシーンを見せつけらてか~ら~の~、思い人からの宣言にアッパーゼルから間抜けな感嘆が落ちたけれどこれは責められない。
怒りもとっくに霧散した私は先輩に思わず同情してしまった。
「分からない人ですね。じゃあはっきり言いましょう。アナタに微塵も興味はありませんし、迷惑です。勝手な妄想で美しいボクを汚すの、やめてもらえません?」
美麗に艶然と。魅惑の女王様がここに爆誕した。様になり過ぎているけれど自称男。いや生物学的にもオスだけれど、なんかもうどうでもいいよ本人が良ければ。
ビシッとフラれた先輩は涙目だ。
可哀想だけど貴方はやり過ぎた。だから私は迷いなく塩をすり込むよ!
未だ状況に追い付けない混乱中のアッパーゼルへヒラリと紙をとばした。反射的に先輩の視線が床に付いたままの手元――そこへ着地した紙面――に落ちる。呆然と目に文字を映して全体を把握すると言葉を無くした。
「それ、何か解りますよね? ……貴方が持ち掛けた組織との契約書です。その控えですが」
まさかの事態にナターシャセコムたちの動揺が半端ない模様です。
そして作者もユーリの手が一番早かった事に衝撃を受けてます。
書いてるうちに勝手に動いて文字数が増えてたんだ……
後編も後半を分割する有様ですよ……
うちの子初のラブシーン……え? ラブ、あったかな……(汗)




