感情の発露~ほんとうのこころ~②
書きなぐっていたら知らぬ間に2話分の長さへ到達していたので、とりあえず前半をアップします!
レオーネでのステラ誘拐事件から一夜明けた日の晩。
襲撃事件への関与も合わせて追加された取り調べが落ち着くまで関係者たちは自宅待機を義務付けられた。勿論その場に居合わせたボクも当然サリュフェルの屋敷内の自室にて退屈な時間を過ごしていた。
(……いくら心配だからって部屋の前に監視の護衛をつけなくてもいいのに)
今日何度目かの溜息を漏らしながらぼんやりと窓の外を眺める。
成長期を迎え、変声期も過ぎ、グッと伸びた身長に青年らしさの見えてきた容姿。子ども時代の様に性別の曖昧な自由時間に許されていた趣味を禁じられ鬱屈としながら過ごしていた学園生活に、突如射した光明はボクの心を大いに浮き立たせた。
ボクはサリュフェル家の末子で上に兄が二人いる。兄たちは健康面にも全く問題がないため、ボクがこの家の家督相続に関わる事はまずないだろう。
そんな気楽さと、上の二人とは少し年が離れている事も相まってそれはそれは甘やかされて育った。
「やっぱり女の子も欲しかったわね……」
跡取り出産という重責から開放された母は暇に飽かせて、ボクを――物心つく前から――飾り立てる事に目覚めたのだ。
旦那に上息子が二人。身内が圧倒的男性過多の家内で母は同性の味方が欲しかったのかもしれない。
そんなわけで、ボクは長らく母の人形だった。
日に焼け無い様丁重に、深窓の令嬢とは斯くやと言えるほど大事に大事に匿われ育てられたのだ。
そんなボクを取り囲んでいたのは煌びやかな宝石に色とりどりのお菓子、沢山の衣装、かしましくオシャレなメイド、そしてそれを取りまとめる貴婦人然とした母。
毎日がボクを中心としたお茶会のような有様だったけれど、それが普通だったボクには何の不満も無かった。
可愛いと褒めそやされれば嬉しかったし、キラキラしたもの美しいものには自然と心が惹かれる。そんな夢見心地の世界が異常なのだと知ったのは、ボクが6歳を迎えた辺りだっただろうか。
母に連れられて母と仲の良いご婦人の家に遊びに行った時の事。
母の学友だったというそのご婦人はサリュフェルと親戚筋の家門に嫁入りしてボクと同じ年の息子を得ていた。外出できる程度にマナーも身についてきたので、母たちのような仲の良い友人になって欲しいという思惑で引き合わされたらしい。
初めての外出ということでボクはかなり気合を入れて着飾らされて、お姫様にも引けを取らない愛らしさと太鼓判を押され、上機嫌にニコニコしていたボクと彼は対面した。
今でもはっきりと思い出せる。
一目ボクを見た彼が真っ赤になってもじもじとしながら、良い所を見せようとアレコレ教えてくれた姿を。
そして、ボクが男だと知った時―――
「気持ち悪い! 近寄るな!!」
ドンと突き飛ばされて強か尻もちをついたボクを見下す嫌悪に満ちたあの瞳を……
あの瞬間、ボクの日常は破壊されたのだ。
母は相も変わらずボクを着飾らせては可愛がってくれていたし、その瞬間はボクも楽しんでいられた。
レースもリボンも見れば心が躍るけれど、どうやらそれは『普通』ではないらしいのだ。
(わたくしは普通じゃない、気持ち悪い存在なの?)
幼心に芽生えた疑心はそれ以降ずっとボクの心を蝕んでいく事になる。
(そんなボクを救ってくれたのがダンデとナターシャだった)
人の生き様は多様で良いのだと。困難に見える中にも許される場所があるのだと、ボクの心を迷いごと掬い上げられてから、随分と息がしやすくなったっけ。
(今にして思えば、あの子もほのかに芽生えた恋心を予想外に摘まれて困惑してたのよね)
そう思えるくらいにはボクも強く、人の心の機微に注意深く成長した。
お茶会デビュー以降、気の置けない仲間と過ごした時間はボクの自信であり宝物だ。
―――ぼんやりと窓の外を眺めながら昔の回想に耽っていると、ガラスの向こうにひょっこりと人の頭が生えた。バッチリ目が合う。驚きに目を瞠るボクとは対照的に向かい合わせの相手はのんきに笑って手を振っている。
「ダン……ここ、二階よ……?」
ガックリと項垂れたボクは窓枠の鍵をのそのそと開錠する。彼の行動に突っ込んではキリが無いと学習済みだ。
そうして攫われたボクは最近辺りをうろついていたアッパーゼル先輩の屋敷へと連れ出され、今件の人と対面している。
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「違う! 全ては貴女を助けるためだ!!」
アッパーゼル先輩から熱のこもった視線を向けられてスッとボクの頭が冷えていく。
こういう輩は初めてではない。ボク個人を通り越した向こうに幻想的理想の恋人を見ている眼だ。
数々の経験からこの手の者には関わらないようにしているのだけれど、ここ最近のアレコレの原因がボクであるなら、これ以上の放置は出来なかった。
「私を助ける?」
(迷惑をかけるでなくて?)
お門違いな好意に不快感がこみ上げる。いつボクがこの人に助けを求めたというのだ。あんた、遠くから見てくるだけだったでしょう?
「私は貴女が本当の姿でいられる手伝いがしたいのです」
続いた言葉に眩暈がした。
「本当の……姿……?」
今、彼の目の前に立つ私は寝間着にもできるゆったりとした部屋着姿。ガウンの様にウエストを幅広のリボンで結んだゆったり型のワンピースで、シンプルながらも品の良いレースが計算されて配置されたお気に入りのナイトドレスだ。自室で寛ぎモードだった為髪はゆるく下方だけ三つ編みにして一纏めにし、肩から前に流している。
身体は成長したけれど、顔立ちは中性的なまま。お陰で女装も工夫次第で出来るわけだが、十中八九今のボクの見てくれは女性的だろう。
そしてこの先輩は、社交界デビュー前のボクに婚約を申し込んで来て、性別を知って諦めた軍勢の一人。そういう奴等はその後ボクと関わろうとはしないし、例に漏れずこの人もそうだった。
「隠さずとも良いのです! きっと深い事情があっての事だと私は解っております。ずっと耐えてこられた貴女は女神の雫の力で表舞台への再帰を図っておられる……そうでしょう?」
( 妄 想 よ り も 現 実 を み な さ い !!)
ユーリの一人称
・幼少少女全盛期→わたくし
・6歳以降アイデンティティ形成期→外向け「わたくし」、内向き「ボク」
・うちの子集合以降→女装での社交「わたくし、私」、内向き「ボク」、男装時「私、ボク」
+ + +
というわけで、後編はこの後深夜1時更新予定!
お楽しみに☆




