表舞台は影に踊らされる④
昨日6/3(水)の23時にも更新しています。未読の方はそちらからどうぞ^^
ラッセン家のタウンハウスは今、阿鼻叫喚に包まれていた。
王城へと参内していた主人がかつてない剣幕で帰宅するとともに大声を張り上げたのだ。
「アッパーゼルはどこにいるっ!!! あの愚か者を連れてくるんだっっ!!!!」
怒り心頭の主に気おされて狼狽する使用人たちは右往左往するばかり。唯一執事長であるシゼットの父だけが訳知り顔で旦那様の後ろに控えていた。
―――これは相当不味い。
満場一致の心の声が重なる。
タウンハウスで働く一同は自身に火の粉が降りかからぬよう保身を図る為に頭を動かす事に精一杯で、何とか主命に従っているフリだけ取り繕っている。それが混乱に拍車をかけていた。
そんなある意味統制された屋敷の中に取り残されたシゼットが運悪く、騒がしいエントランスを訝しんで顔を出してしまったのだ。突如現れた異物に全員の視線が向う。一斉に注目を浴びたシゼットは短い悲鳴を呑みこんで竦み上がった。
「ちょうど良かったシゼット。話があるからついてきなさい」
何時になく柔和な笑みを浮かべた父親に血の気が引いていく。
無力な子ウサギは為す術もなく檻の中へと進み入るしか無かった。
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アッパーゼルは苛立ちに親指の爪を齧り続けていた。
突然父親が自室へ怒鳴りこんできたと思ったらわけもわからず離れ――という名の物置小屋――に閉じ込められたのだ。
「お前には心底失望した。もう少し知恵の回る息子だと思っていたが、浅はかにも程がある。ここまで調べられては取り返しがつかない。庇う価値も見出せないお前に後など任せられようか。アッパーゼル、お前は廃嫡とする。準備が出来次第領地に軟禁だ。それまでここで大いに反省するが良い」
一方的に吐き捨て閉じ込められて三日。
初日こそ脱出するために暴れまわったけれど、どうにも出来ないと解ってからは思考に時間を割いていた。理不尽にメラメラ湧き上がる復讐心が原動力となり、碌に食事もとれていないにも関わらずギラギラと冴えわたっていた。
「父上は耄碌してしまったのだ。こうなっては早くに隠居して貰った方がいいだろう」
何となく口から零れた呟きが耳に届くとこれ以上ない名案のように思われた。
ニヤリと口角が上がる。
(今日が約束の期限だ。契約を交わしている以上、きっと外部からの接触がある。そうすれば何とでも出来るさ。私の正当性を父上に叩きつけて逆に領地へ籠もって頂こう。そうすれば私の天下だ! 堂々とユーリ嬢を迎えに行けるし、群がる蠅どもも処分できる)
窓から見える太陽は中天を過ぎた辺り。裏の人間が動くのは夜陰に紛れてと相場が決まっている。逸る気持ちを抑えてアッパーゼルはじっと闇の帳が落ちるのを待った。そうして待望の瞬間がやってきたのである。
―――ガタリ、ガタガタ
窓枠を揺らす音を聞きつけて腰を浮かす。
(さあ、反撃開始だ)
これまでの欝憤を発散させるべく揚々と窓辺に振り向いた。
「こんばんは。月が奇麗な良い夜ですね」
月明かりを身に纏った華奢な男が窓辺に佇んでいた。やけに気障な笑みを浮かべ、その腕に麗しの美姫を抱えて。
待ち人ではなかった事にも驚いたが、そんなことよりも月光に輝く女神を見つけて釘づけになる。
「ユーリ嬢……」
女神が月から降ってきた。その衝撃に震え歓喜したのも束の間、傍らに不届きにも彼女を抱く男に意識が向く。
「貴様……その汚い手を放せ」
囚われの姫を救う勇者の心地で相手を射抜く。
大事そうに姫を抱えたままストンと床に降り立った男の瞳が挑発的な光を帯びた気がした。
「何者かは知らんがユーリ嬢から離れろ」
相手の余裕の態度に鼻白む気持ちを隠して再度低く警告したが、男は軽く肩を竦めただけだ。即座に目の前が赤くなる。衝動的に手が出そうになった所で清浄な鈴の音が響いた。
「用があるのは私、なんですよね? 先輩」
高すぎず低すぎず、心地よい調べが耳朶を揺らし、それだけで苛立ちが霧散され恍惚となる。
「どうしてステラを狙うんですか?」
しんと静かに地に降り立った女神からするりと流れた言葉に非難の色を見つけて慌てた。誤解を解かなくては!
「確かに私が欲しているのは貴女です。幼き日、初めて貴女と出逢ってからずっとこの想いを抱えてきました」
どうにか誠意を解って欲しくて騎士が乙女にするように傅き手を伸ばす。
「では心変わりした、ということかしら?」
悲しげに伏せた長い睫毛が震えている。そうさせたのが自分だということに仄暗い喜びと、憂えがせたことへの自罰心がせめぎ合う。
「違う! 全ては貴女を助けるためだ!!」
女神を前につるりと飛び出した懺悔は懇願の色を帯びていた。




