間隙
※修正時若干の加筆をしましたが内容に変わりはありません。
「あ~マジでこっちには影響がなくて良かったな~」
すっかり平常運転でレイモンドが暢気に背伸びした。
件の調査が続いているので学園はまだ休校中だ。しかし商会をいつまでも閉めていられないと何とか周囲を説得して、護衛騎士の同道を条件に営業を再開させてもらった。
「孤児院の周りにもカッコイイ騎士様たちが沢山いて、皆喜んでるんだぁ」
襲撃をしらないミケルがニコニコと話しているのに私は――感情を処理できなくて――曖昧に笑みつつ相槌を打つ。そのままチラリと隣を睨めつけた。
「……ねぇハルマ。いい加減邪魔なんだけど」
私にくっ付いて毎日やってくるハルマはお店に訪れた買い物客の女性たちに絶えず愛想を振りまいている。この節操無しめ! 相変わらずの姿に呆れてこれ見よがしに溜息を吐いた。
「しゃあないやん。ババアからの命令なんやから」
愛想笑いを貼り付けたままこちらを見ずにハルマが答える。これももう何度も繰り返したやり取りで。
実際奥様にものすっごく凄まれて肯かされた条件だったので、外出するにはハルマを伴わなければ屋敷から出して貰えないのだ。
「ま~ま~。ステラもいい加減認めろって。実際腕の立つ奴は多い方が心強いだろ?」
簡単に騎士クラスの先輩たちを伸したハルマにすっかり一目置いたらしいレイモンドはこの状況に肯定的だけど、チャラチャラと女の子たちにちょっかい出すだけなんだから邪魔でしかないじゃない。
「どうせならお客様たちと沢山お喋りして有益な情報でも得て下さらない?」
しゃなりと近付いてきたユーリが頬杖をつきながら小首を傾げた。それだけで絵になるのだからほんとうに彼――彼女?――は美人だ。思わず見惚れて感嘆の息が漏れる。
「それならステラも文句なんて出ないでしょう?」
茶目っ気を含んだウィンクを決められてときめいてしまった。うう……美人は罪だと思う。
「あれはおとこ、美人でもおとこ、好みでもおとこ、惑わされたらあかん……」
飛び火をくらったハルマが光の消えた瞳で壁にもたれかかり何やらブツブツと言っているが華麗に無視してユーリに笑みを返す。
「そうね。仕事を手伝ってくれるのなら文句はないわ! ほらハルマ、ちょっとは役に立ってよね」
「お前は可愛げを勉強した方がええで?」
ああ言えばこう言うと営業スマイルのままハルマと睨み合っていたら、「仲良しだね!」とミケルがにこにこしていた。天使のスマイルに心が癒されたよ!
―――何だかんだと時間は過ぎ本日も店じまいを済ませ、各々が帰宅する為の馬車に乗り込んでいく。木漏れ日の丘の宿舎からの買い出し帰りに拾われていくミケルが最初に帰途につき、私とハルマもイースン家の馬車へと近づく。先に乗車したハルマを追って私もタラップに足をかけたところで「あ!」と思い出した。
「どないしてん?」
「お店の中に忘れ物しちゃった! ごめんハルマすぐ戻るから取って来てもいい?」
「しゃあないな。さっさと行ってき」
ありがとうと返して馬車近くの護衛騎士様に視線を向ける。しっかり会話を聞いていた騎士様がコクリと肯いてくれたのを確認して店の扉に駆け寄った。素早く鍵を開けて中へ滑り込む。
ほとんど沈みかかった夕暮れ時の店内は当然明かりも無くて薄暗い。しかしそこは通い慣れた感覚により問題なく目的地に到着して目当ての物を見つけることが出来た。ホッと安堵に嘆息して無駄な時間を使うまいとサッと踵を返した瞬間、目の前が真っ暗になって私の意識はそこで途切れた。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
ベインの屋敷とサリュフェル家はご近所さんだったりする。なので護衛の都合上、ユーリと俺はここ数日相乗りで家まで送られていた。
今日も二人で同じ馬車に乗り込み、同様に帰り支度をしているイースン家の馬車を後目に視ながら準備の出来た俺たちの方が先に発車しだした。
緩やかに車輪が回りだす振動を感じながら、何となく窓の外に目を向けた所で俺は驚きにビタッとガラスに貼り付いたのだ!
「ユーリ、あれっっ!!!!」
短く叫ぶと同じものを見つけたユーリが外の護衛騎士に大声を飛ばす。
「ステラが運ばれてる! 追いかけてっっ!!」
ユーリが言いながら客車の扉を開き、落ちないように身体を支えながら半身を乗り出すと、もう一方の腕で鋭く方向を騎士たちに指し示す。見失わないように見据えた俺の目にはぐったりとしたステラが荷物の様に担がれているのが映っていた。
誘拐犯は顔を布で覆っていて人相が判らないようにしている。迷いのない動き、夜陰に紛れやすい暗めの服を着ているところからも素人では無い事が解ってその危うさに鳥肌が立った。
追っ手に気付いたのか護衛騎士が追いつくより早く馬の通れない幅の路地にサッと消えてしまった。犯人めがけギリギリまで突進していたのに急停止をくらった馬が不満に嘶き竿立つのをあたふたと騎士が宥めているがそれどころじゃないだろう!
俺は犯人が入った路地の出口に見当がついたのでユーリが開けた客車の扉から御者台に飛び移った!
「手綱、貸して! 先回りするんだっ!!」
やや乱暴に狼狽する御者から手綱を奪い取る。
この街は俺の庭みたいなものだ。身体の小さい子どもしか通れない隠し通路だって知りつくしている。その知識を総動員して道筋を立てると迷わず手綱を打った。
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