暗躍はお家芸
召還された先、通された王城の応接室へと入室してきた顔触れにラッセル子爵は目を瞬いた。
先頭にいたのは宰相補佐であるエルバス・ダンデハイム。何故かその後ろに奥方であるライラ・ダンデハイムがいて、書記官に見張りの衛士が二人という何とも大所帯だったからだ。
書記官たちが同道しているのでこれが公的招集だということは間違いないだろうが、何故社交場でもないのに女性が同伴しているのだろうか?
僅かな情報も零さぬように目を皿にしながらラッセル子爵は緊張に身構えつつ、下位の者として挨拶するために立ち上がった。
それぞれが定位置につくとまずは召還に従った旨を告げ、上位者である伯爵夫妻に挨拶する。目が泳ぎそうになるのを必死にこらえながら、相手の様子に神経を注いだ。
「―――さて、前置きも済んだし本題といこうか」
対面に腰掛けたダンデハイム卿が社交的な微笑のままに切り出してきた。隣の奥方は優雅に出されたお茶を飲んでいる。これからが勝負どころだとラッセル子爵も身を引き締めた。
「今回卿を呼び立てたのはご子息の事で相談があったからでね」
のっけから予想外の打撃にガツンと脳みそが揺れる。まさかアッパーゼルが議題だとは微塵も思っていなかった為、相手の出方にまったく見当がつかない。
背中に嫌な汗をかきながらそれをおくびにも出さずに、ラッセル子爵は商談相手へ向ける柔和な笑みを貼り付けた。
「何と、我が愚息が何かご迷惑をおかけしたのでしょうか?」
「それが少々困っているのです」
返事をしたのは茶器を置いたご夫人だ。
空いた手を頬に沿えておっとりと首を傾げ、流し目を向けられると別の緊張に心臓が強張る。ダンデハイム夫人は社交界のトップに君臨する三夫人の一人だけあってほんの僅かな動作も優美で麗しい。
思わず見惚れそうになったところで伴侶からの厳しい咳払いに現実を思い出した。
「最近、私の娘が新しい事業に出資したのはご存じ?」
「ええ、レオーネのパトロンだと聞いておりますが……」
「そうなの。実はその事でお話があって」
「はぁ……」
ダンデハイム家のご息女が早くから慈善事業に取り組んでいた話は社交界では有名だ。そのご令嬢が共同出資者であるベイン男爵の息子に化粧品の商会を任せたのは最近の事。孤児たちに仕事を与えるためだと専らの話題になっていた。しかしそれがどう繋がるのだろうか?
「商売にお詳しい卿ならば耳にしているだろうが、娘の商会で女神の雫を扱っていてね」
伯爵の言葉にピクリ、僅かに肩が跳ねる。
「ほう、噂は本当でしたか。……やれやれ、では息子に任せた店は中々厳しいでしょうな」
「そんな事はありませんよ。だって客層が違いますし、あの子たちはまだ商売の素人ですもの。とても大商会のノウハウに太刀打ちなんて出来ませんわ」
品の良い扇子の向こうで夫人がコロコロと笑っているが、その裏の威圧をしっかりと捉えて汗が噴き出てくる。思わず生唾を呑み込んだ。
「ですからね、ラッセル子爵? あまり子どもたちを目の敵にしないで欲しいの。あの商会は慈善事業の延長みたいなもので商売なんて立派なものではないのだから」
(……なるほど。息子が何かしら妨害しているのか)
漸く見えてきた話に安堵する。自身の黒い所業が露見したわけではないらしい。
「何か行き違いがあったようですな。いやはや将来の為にと愚息に任せきりだったのが仇になりましたか。恐らくアレもライバルに対抗しただけで悪気があったのではないのだと思いますが、今日の話をキツく言い聞かせて親の目を光らせるとしましょう」
「ええ、そうして頂けると助かりますわ。……これはここだけの話にして欲しいのですけれど」
言って僅かに身を前に出したダンデハイム夫人が魅力的な笑みのままに声を潜める。
「レオーネに女神の雫を扱わせたのは王妃様の命なのです」
再び頭を激しく殴打されて眩暈がした。どういうことだ!バカ息子の程度によってはお家取り潰しもありえるぞ!!
「女神の雫を欲しがった王妃様のご希望を叶えるために商会という隠れ蓑を用意したのですよ。当の子どもたちは知らぬことですが」
「……一切の手出しが出来ぬように手を回しましょう。今後一切、我が商会はレオーネに不干渉を誓います」
「流石大商会を牛耳る会頭殿ですな。実に賢明だ。―――控えたか?」
ダンデハイム卿が書記官を振り仰げば「はい」と短い返答が聴こえた。それに頷き「ではこれを」と私の前に書類束を突き出してきた。私が受け取ると相手はソファに深く腰掛けなおし、値踏みするようにこちらを見ている。訝しみながら紙束に視線をむけて直ぐに目を剥くことになった。そのまま絶句に固まる。
「……息子を即刻領地へ送り返し幽閉します。廃嫡し学園も退学させましょう。ですからどうか、命ばかりはご温情を賜りたい」
―――震えた声でそう絞り出すのが精一杯だった。
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「……以上があちらの進捗ですね」
「なるほど。ありがと、ユージンさん」
師匠伝いに父様におねだりしたら、なんと母様まで協力してくれたらしい。ちょっと大事になってる気がして冷や汗出そうだけれど、これで資本元は断ったし穏便にいきそうね。
ふむふむと顎をなでながらもう一方の報告を聞く。
「それで、学園の方は?」
「被害者たちは取り調べの後、騎士団護送の下帰宅済みです。登校中の生徒への被害も無し。関わった上級生たちは全員退学処分となりました。今は王城の牢へ移されて捜査続行中です」
よしよし、これで心置きなくお仕置きできるわ!
「師匠!」
「はいよ~。……こうなった姫さんを止めるなんて誰もできねぇし、ご愁傷様だな」
意気込んでこぶしを握る私に聞こえないようにぼそりとソウガが独り言ちたのだった。
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