表舞台は影に踊らされる③
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路地中の扉に消えた男の後ろを追って、私と師匠も家屋へと浸入した。
どんどん太陽が力を増す時間帯だというのに明り取りの窓はぴったりと締め切られたままで室内は仄暗い。
(暗躍するには都合が良いわよね、どちらにとっても)
阿吽の呼吸で人の気配がする方へと身を隠した私達は、いかにもな密会をする男達へと耳を澄ました。
「話が違ぇだろ。何だあの使えねぇ捨て駒はよー」
静かに怒気を孕んだ声音で襲撃犯が正面の男を睨みつける。
「道具を上手く使いこなせない三流が、口だけは達者だな」
それを鼻で嘲笑い飛ばして依頼者――アッパーゼル――も冷ややかに相手を睨めつけた。
「こちらは充分な支払いをしている。よもや依頼を達成できないなどと言うつもりはないよな?」
「ちっ……今日は様子見しただけだ。あんな衆目の面前で達成できるとは思ってなかったさ」
「そうかい。口だけで無い事を願うよ」
「こちとら少なくない被害が出てんだ。成功報酬の件、忘れちゃいねぇだろうな」
「勿論だとも。成功した暁には契約書通りの金を払うさ。私は商人だからな」
「その言葉、忘れんじゃねぇぞ」
吐き捨てるように言って襲撃犯が退出しようと動き出す。その背中にアッパーゼルが投げかけた。
「そちらも、期限付きなのを忘れてくれるなよ?」
ピタと足を止めた襲撃犯は舌打ちを残し振り向くことなく今度こそ家屋から出ていった。
「どいつもこいつも使えないクズばかりだ」
苛立たし気に言い捨ててアッパーゼルもこそこそと退出していく。
完全に人気の無くなった部屋に下り立って私は腕を組んだ。
「う~ん、結局動機がはっきりしないのよねぇ」
「目的ははっきりしてるんだけどな~」
のんびりと言いながら師匠がカサリと懐から紙を取り出し広げたソレは件の契約書だ。
「しっかし裏組織相手に契約詐欺とはあの坊ちゃんも豪胆だよな」
ヒラヒラと紙片をぞんざいに扱いながらソウガが嗤う。細工された書類の本来の内容を知ったら一悶着おこるのは間違いないだろう。
「だから頭を押さえたんでしょ! 子どもの火遊びにしてはやり過ぎなんだから」
そろそろあちらも終わった頃だろうか。ちらと王城の方へと意識を飛ばし、私は情報をまとめるために急いで帰宅した。
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ステラは暗闇の中を歩いていた。
『う、うるさいっ!! 俺達の用があるのはそこの庶民だけだっ!!! それなら文句ないだろっっ!!!!』
今まで向けられた事のない敵意を一身に浴びて芯から凍りつく。暗がりの中に明かりが浮かんでは消えるたびにその中から罵倒が飛んできた。
声は聞こえど姿は見えず。それなのに不思議とあちこちから排斥の視線を感じて喉がひりつく。
『油断したなっっ!!』
飛び掛かってきた男と目が合うと――悲鳴をあげる暇もなく――薄気味悪い笑みだけ残して暗闇に消えていった。
咄嗟に顔の前に構えた腕を恐々下ろす。辺りは静寂に包まれ暗闇にはステラ一人だけ立ちすくんでいる。心臓がきゅうきゅう縮まって痛い。
心細さに身じろぐとつま先に何かが当たった。
顔を向けると視線の先だけぽわりと明かりが灯る。
(……誰かの足?)
どうやら人が横たわっているようだ。
嫌な予感に呼吸が浅くなりながら徐々に視線をずらしていく。
脛、太もも、胴体……
漸く辿り着いた先は、ぐったりと顔色を無くしたハルマだった。
瞬間心臓が縮みあがり、声にならない悲鳴をあげる。
―――目の前が真っ白になった。
「っっハッ!! ……ハァ……ハァ……はぁ~~~~~」
どうやら知らぬ間にうたた寝をしていたみたい。
慌ただしくイースン家に戻された後は部屋で待機しているようにとキツく言いつけられて仕方なくじっとしていたから。
悪夢に跳ね起きた私は未だ治まらない動悸に膝を抱えて蹲った。じっとりと浮かぶ脂汗が気持ち悪い。
思えばこんな風に直接的な悪意を向けられたのは初めてかも知れない。
抗えなかった幼少期の死の淵とはまた違った恐怖を感じていた。
(恵まれてたんだなぁ……)
庶民だ平民だ貧乏人だと言いながら、私は随分と過保護に護られていたみたい。心強く力強い仲間に囲まれてそんな事にも気づいていなかった。こんなにも危険は身近に溢れているのに、現実味を全く感じていなかったのだからどれだけお気楽に過ごしていたのか。
私の仲間達は何れ国の中枢に関わる人たちばかり。気さくさに甘えてすっかり失念していたというか分かったつもりでいた事を痛感した。
私には身を守る術も、火事場で冷静に対応する能力もない。
こんな事で弱者を庇護する官吏になどなれるのだろうか。
(もっとしっかりしないと……)
危険を察知してロンとハルマは素早く動いていた。ユーリも護るべき優先順位を持っていた。クロード殿下とシルヴィーは護衛される側の心得を持っている様だった。力を誇示して自身が立ち向かうのではなく冷静に周囲を観察して必要な行動が取れるように身構えていたのだ。咄嗟の行動で右往左往してたのは私だけ。レイだって言うほど取り乱してなかった事に驚いたのだ。
つまり、上を目指す以上私にも必要なものということ。
(言われるまま勉強だけしているだけじゃダメなんだわ)
まずは任された仕事を完璧にこなそう。
私は決心に頷くと身支度を始めた。




