ざわめきのコンタクト
メリーなクリスマスにしては不穏感満載のタイトル回ですみません……(苦笑)
「クソッ!! 調子に乗りやがって!!!!」
物陰からレオーネの出入り口を眺めていたアッパーゼルは悪態づいた。
今見送られている令嬢は確か南方の侯爵令嬢だ。豊かな穀倉地帯を領地に持っていて国内食品流通の要。我がラッセン商会とも太いパイプがある家なだけに、オレの所では無くあちらと親しげなのが気に入らないが今はそれよりもだ……
「レイモンド・ベイン~~~~~」
怒りでギリと指をかけていた壁の角を握りこむ。
目に映るレイモンドは我が麗しのユーリ嬢に微笑みかけられて明らかに調子に乗っている。
思わず死角から少々身を乗り出してしまい、慌てて引っ込もうとした所で一緒に見送りに出ていたステラと目が合ってしまった。拙い。背を壁につけて息を殺す。
(落ち着け、大丈夫だ。……一瞬のことだったし、オレの気のせいかも知れない)
乱れた呼吸を整えれば自然と思考力も戻ってくるはず。オレは目を閉じ意識的に深呼吸を繰り返した。
「あのぅ……ラッセン先輩ですよね?」
突如呼びかけられ飛び退る!見ると呆けた顔の庶民がいた。
「驚かせてごめんなさい。あの、私ステラと申します。同じクロスネバー学園に通う後輩なんですが……」
「噂に名高い奨学生殿だろう? 勿論知っているさ。それで? 何用かね」
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―――時は少しだけ巻き戻る。
ご令嬢を乗せた豪奢な馬車が静かに動き出す。
それをレイモンドとユーリ、私の三人は笑顔のまま眺めていた。
シルビアに頼まれていたお客様――何と侯爵令嬢だった!――を恙無くお見送りし終わってほっとした所で視線の先を最近見慣れた人影が掠めた。一瞬目が合った?その人物はサッと物陰に隠れてしまって。……面倒な気配を感じて盛大な溜息が落ちた。
「何だよステラ、辛気臭いな。どうした?」
すかさずレイモンドが突っ込んできたのにジト目を向ける。
「またあの人来てる。……ほぼ毎日だよ?」
不審者が隠れた方をレイにだけ伝わる様に指し示す。すると察したのかレイから乾き笑いが零れた。
「あーラッセン先輩か……。ユーリめ。自分の厄介事なんだから片づけて欲しいよな」
「ユーリの熱烈なファンなんだっけ?」
「ああ、昔っからのな」
私とレイはつい光を消した半眼でユーリを見つめてしまう。
レイモンドとユーリは子どもの頃から交流していたらしく、レイはユーリの貴族学園入学前の逸話を沢山教えてくれていた。その話の中の一つに登場したのがアッパーゼル・ラッセン男爵子息。ユーリ参加のお茶会に馳せ参じては付きまとい、ついに告白、秒でフラれた者たちの一人だという。
私はハルマの付き合いで参加した夜会で見かけた事があったけど、そんな過去があったなんて……。
ラッセン商会は手広く国内に支店を持つ大商会。ラッセン先輩もその事を特に誇りに思っている様子だった。
(……というか、とりまき侍らせて自慢ばかりだったよねぇ)
私たちの視線に気づいたユーリが事の次第を察して肩を竦めた。
「あー……あの人、人の話聞かないから相手にするのヤなのよね~」
絵になるしなを作りながらユーリが嘆息する。ほんと綺麗よね……。初めて女装姿見た時私はすっごく驚いたもんだけど――そして美形は何しても似合うんだって思ったわ――皆は何のリアクションもなくて更に驚いたっけ。……子どもユーリの美少女姿、私も見たかったな。と、今はそうじゃなくって。
「私、ちょっと声掛けてくる! もし敵情視察だったらそれはそれで困るし。こっちが気づいてるって伝われば来なくなるかも知れないでしょ?」
思いついたら即行動。
レイとユーリの慌てる声がしたけどお構いなしに私はラッセン先輩が隠れた方へ駆けだした。……といっても然程の距離も無くすぐに到着する。死角になっている角を覗き込めば先輩はまだそこにいた。
「あのぅ……ラッセン先輩ですよね?」
目を閉じていた先輩は突然私が声をかけたので吃驚したみたい。怒った猫みたいに飛び退って距離をとられた。
「驚かせてごめんなさい。あの、私ステラと申します。同じクロスネバー学園に通う後輩なんですが……」
素早い動きで呆気に取られたけど、向こうが怒り出す前にまず謝罪をいれる。深々と頭を下げた後で相手を窺うようにおそるおそる視線を向けると、
「噂に名高い奨学生殿だろう? 勿論知っているさ。それで? 何用かね」
鼻を鳴らし、見下した声音に彼の本質が垣間見える。このヒト、お家で鼻持ちならないお坊ちゃんなんだろうなぁなんてついハルマと比べながら私は愛想笑いを浮かべた。
「レオーネに何か御用ですか?」
ぴくりとアッパーゼルのこめかみが動く。
「実はここ数日先輩が毎日お見えになっている事が気になっていまして……。女性ばかりで入り辛いのでしたら、こっそりと個室へご案内も出来ますよ?」
愛想笑いを崩さずチラリ様子を窺えば、気のせいと感じる刹那に殺気を封じて、商人特有の笑顔を貼り付けた先輩が立っていた。
「これはお見苦しいところを。大評判のレオーネをこの目でみたくてつい……ワタシも修行が足りませんね」
ニンマリ狐の笑みが深まる。
「自分では隠れられているつもりだったのですが、素人は傍から見れば滑稽なだけですね。ハハ、不審者と警備兵を呼ばれる前に退散します。いやぁ、まったく、失礼しました」
殊更明るく言い放って大仰に芝居めいたお辞儀をすると、ラッセン先輩はくるりと私に背を向け去って行った。よしよし、何とか追い払えたみたい。相手の姿が見えなくなって漸く私は張りつめていた緊張を解いた。……ちょっと怖かった。私の考えなし!
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ギリ
すれ違った人が驚きに振り向く程度の音を鳴らしてアッパーゼルは奥歯を噛んだ。
平民の分際で生意気な女だ。伯爵家の庇護を自分の力と勘違いしてる鼻持ちならぬ下民が!!
……まぁいい、お陰でオレの良心も痛まず済む。
表情を消したアッパーゼルがつと路地を見やる。
建物の隙間にある細道は光が届かず真っ暗なのだが、その暗がりには複数の人の気配があって。
アッパーゼルの口端が醜く歪む。
―――何となく不吉な空気が流れていた。
主役不在が続いている……。
ナターシャはきっとうちの子たちにクリプレ☆を配っているのでいないんだなうん。
きっとそうに違いない←おい




