知らず育つもの
「へ?」
案内された応接室でユーリに聞かされた話が寝耳に水過ぎて、私の口から間抜けな息が転がり落ちていった。
予想外の展開に混乱する脳みそを立て直すべく私は順序立てて記憶を探る。といってもそんなに前の話じゃない、ほんの数分前だもの。落ち着け、落ち着くのよ私!
(え~っと……ミケルと会った後に応接室までやってきて……)
―――ユーリにエスコートされて『木漏れ日の丘』の応接室へと辿り着くと、中にはシルビア、レイモンド、ステラ、ミケル、マル爺が控えていた。
扉をくぐるとすぐにシルビアがユーリから私の手をもぎ取り応接セットへと連れていく。ステラがサッとお茶の用意を始めて、それぞれが私に挨拶しながらソファに着席していった。
「ねぇ、ナターシャ? 水臭いと思わない?」
口火を切ったのはユーリ。学園内では封印している以前の喋り方で、獲物を狩るハンターのように瞳をキラリ鋭く光らせた。
「……水臭い?」
はて?と首を傾げれば、対するユーリは大仰に嘆息しながら肩を落として嘆く――ついでに両肘を外向きに広げて首を左右に振り、ダメダメねというアクション付き。
「……はぁ、私は悲しいわナターシャ。これでも私、貴女の事は親友だと思っていたのよ?」
チラリ嘘泣きを浮かべてユーリが続けるものの、さっぱり見当がつかない。え?コレ何の茶番?
「だからね、私も貴女の尊い気持ちを酌んで、貴女の欲しがっていた営業部長になったの!」
パパーン!と華やかな効果音が似合う立ち姿、揃えた指で自身の胸元を指したユーリがふふんと鼻を鳴らした。
「へ?」
と私が間抜けに口を開けたのが今ココ。
(あかん……振り返ってもさっぱりだわぁ……)
頭痛を堪えていると、
「そして会計にはミケルが着任します! これは決定です!!」
ぽかーーん、再び。
……私の知らない所で何かが進行していることだけは何とか理解したよ、うん。
「あの……」
困惑の儘に助けを求めて視線を彷徨わせれば、逆に不思議そうな表情の面々と楽しげなマル爺、最後にシルビアの目と合う。弱った私を見つけてパッとシルビアの表情が一段明るくなった。
「あのね、この前ダンデが零していたでしょう? 商会運営の為に必要な残りは営業部長と会計だ――って」
シルビアの言葉にハッとした。……いつだったか確かに思考を纏めるため小声で呟いてた気がする。……え?あんな些細な部分をこの子たちは拾ってたの!?
「部長っていうのはよく分かんないけど、美容品、しかも女神の雫関連の営業なんて私にピッタリじゃない? ……なのにどうして声をかけてくれないのよナターシャ。私たちの仲でしょう?」
ぷぅっと頬を膨らませたユーリ。
「……でも、これはステラとレイモンドに託したもので―――」
「それこそ今更よっ!!」
バンっと音だけは激しくユーリが卓子を平手打つ。
「私たちは仲間。……でしょ? 友達に協力するのは当たり前。というか、私だってみんなといたいの! 仲間外れなんて酷いじゃない」
「ふふ、そういう事。あきらめなさい、ナターシャ」
にんまりとシルビアが締めくくればマル爺が「青春じゃのう」と暢気に笑った。
「あの、私たちはすっごく助かるよ!! それに心強いし……」
成り行きを見守っていたステラが止めの一言。私は面食らって息を呑んだ。
「あ、あああああの、それ、それそれそれでですね……!」
そんな空気をぶち壊し、尋常じゃ無く震えながらレイモンドが切り出してきたのだけれど、どうしたのレイ!? 驚いてレイを見やると「はわっ!」とビクついて益々震え出した!! わわ、顔も赤らんできて呼吸も荒くなってるけどーーー!?
「レイモンド!? 貴方、大丈夫!!? もしかして熱でもあるんじゃ―――」
思わず立ち上がろうとした私をシルビアが制する。
「え? 俺?? 心配されたの!? やさしっ! 天使かよ!! 嗚呼女神だったわ……」
え?なんて!?
レイが何だか小声で捲くし立てたけどよく聞き取れなくてレイの方へ身を乗り出した瞬間、小爆発をおこしてレイが失神した!!
「ええ!? ちょっとレイ―――――」
「あ~~~だいじょぶ大丈夫ぅ」
「想定内よ」
「マル爺?」
「医務室は開いておるよ」
「じゃあマル爺手伝って!僕、レイ兄ちゃん連れていくよ」
ステラ、ユーリ、シルビア、マル爺、ミケルの順に見事な連携であっという間に運び出されたレイ。いや、何で残った三人ともそんな冷やか死んだ目なの!? レイモンド、心配でしょう!!?
一人あたふたしてると、ポンとシルビアの手が肩に乗せられた。ええ~……すんごい生温かい目で首をゆるく振ってるんだけどこの子ぉ。
すると、コホンとユーリの咳払いが聞こえて反射的にそちらを向いた。おおう、ユーリもステラも良い顔で笑んでおるよ……ちょっと怖い……
「本題をまだ伝えてないわ、ほらナターシャ座って」
「あ、私お茶入れなおすね!」
何事も無かったかのように動き出した二人とグイグイと私を押しやるシルビアの圧に負けて私は再度腰を下ろした。今、逆らっちゃダメだと本能が告げている!
そして渡されたのは、先ほど超震える手でレイモンドが差しだそうとしていた紙面。そこには背中に天使の羽を生やして座る横向きの金獅子が繊細なタッチで描かれていた。獅子は青みがかったインクで描かれた白薔薇を背負っている。それらを緑の蔦が円形に囲っていた。
「レオーネ」
ステラの声が響く。
「みんなで考えたの。私たちの商会名」
「ロゴを考えたのは私♪ 納得のセンスでしょ♡」
ユーリのウインクが飛ぶ。
「さ、これでナターシャの欲しがってたものは粗方揃った? ふふ、私たちだってやればできるんだから」
シルビアが私をそっと抱き寄せる。
「私たちだって少しは成長してるのよ。いつになったらナターシャは頼ってくれるの?」
まるで手のかかる子どもを見るような優しい眼差しで苦笑するシルビアがやけに眩しい。
同様に頷くユーリと意気込むステラ。
(ヤバい、ちょっと泣きそうかも)
鼻の奥がツンと痛むのを気合いで堪えた。
ああ、子どもの成長ってほんと瞬く間なのね……
名前だけ早々と出ていたレオーネ。漸く発進する模様。




