光があれば影が差す
ブクマ&評価、ありがとうございます!
お陰様で日刊ランキングにもチラチラ顔を出せております><皆様の優しさが原動力です!!
「聞いたか?」
「ああ、あの噂の男爵子息だろう?」
「後ろ立てが凄すぎて、間違い無く将来安泰だろうなぁ……」
「ほんと、羨ましい限りだよ」
がやがやと混じり合う生徒達のざわめき。その雑多な声の中心はそんな話ばかり。
というのも、在学中の男爵子息が新たに商会を起したというのだ。商売とは縁遠い家系のしがない男爵子息が、だ。そいつは最近やたら注目されている『レイモンド・ベイン』という生徒で、同学年に在籍している第二王子殿下の側近と目されていた。ちょっと前の野外演習で目立っていたらしく、その話が消える前に商会設立という追い風が加わり一躍時の人となっていた。
トントンと苛立たしげに人差し指で机上を叩きながら『アッパーゼル』は眉間に深い谷を刻む。気に入らない。それに尽きた。
『アッパーゼル・ラッセン』は王都から程近い西寄りに小領地を持つ子爵子息。レイモンドの学年より二つ上。
『ラッセン』という地は王都へ向かう街道を有し、王都へは馬車で半日ほどで到着できる距離にある。昔から流通の要所の一つとして栄えた宿場町だったが、その中で成功し財をなし大商人となった祖が功績として貴族位とラッセン領を賜った、王都近辺の商売を牛耳る新興貴族だ。
アッパーゼルは長子で跡取りの為、既に家業にも携わっている。貴族学園には将来の顧客たちとのパイプを繋ぐために通っていた。固くて芯のあるヘーゼルの髪は短く切りそろえ、整髪剤で後ろへ撫でつけている。狐のような眦は時に鋭く獲物を捕らえ、笑めば道化師のような印象も与える。くるくると器用に変えられる表情がアッパーゼルの武器だった。
「おい」
アッパーゼルがたっぷりと苛立ちを含んで横柄に声掛ければ、傍にいる小柄な少年がびくりと跳ねた。そばかすの浮いた気弱そうなこの少年はラッセン家の使用人頭の息子で名を『シゼット』という。執事の鑑のような親に似ずいつもおどついた態度が癇に障るものの、便利な小間使いとして傍に置いていた。
「調べはついたのか?」
「は、はいぃ……」
シゼットが情けない声で応えながらおずおずと資料を差し出してきたので乱暴に引っ手繰ると、バララララっと素早く読み込んでいく。ざっと最後まで目を通すとフンと鼻を鳴らして資料をおざなりに机上へと投げ捨てた。
「聞かぬ名だと思えば、何て事無い。金と縁のない貧乏男爵家のしかも庶子ではないか!まったくばかげている」
辛辣な意見に続けて重長い溜息を吐きだすと、再びシゼットがびくびくと震え出した。……まったく、癇に障る。苛立つことばかりだ。
商売のなんたるかも知らぬ、然も寄宿学校すら出ていない平民上がりの庶子。そんな卑しい者を跡取りと据えた当代ベイン男爵の程度など高が知れているし、良い気になっているだろうレイモンドとやらも気に食わなかった。というのも、学年が上がって父から新たに任された王都の直営店舗が美容品を扱う店だったからだ。女性なら誰しも夢見る宮殿のような白壁で建てた美麗な外観は話題の的だった。そう……少し前までは。
商人には運やコネも大事である。その証拠に、そこらの雑草が『女神の雫』という分不相応な商品を扱うというのだから堪らない。
「なぁに、前評判なんかどうとでも転がるさ。……所詮は噂、そうだろう?」
くつくつ喉の奥で厭らしく笑いながらアッパーゼルが零すもシゼットからの応えはない。そんな気が利かない己の従者にチッと舌打ちしてしまう。興醒めだ。
幾分か冷えた思いのままにペンを走らせた。最後に署名を書き入れるとその用紙をシゼットへと突き出す。突然の事に目を白黒させる使えない従者に苛立ちが再燃するが、ぐっと堪えた。
「インクが乾いたら封をしていつもの所へ運べ。せめてその位の役には立ってくれよ」
冷たく言い放つと、青ざめたシゼットは一目散に部屋を出て行った。
品の欠片も無く乱雑に閉まった扉を一瞥し、アッパーゼルは深く椅子に靠れた。腹の上で手を組み、寛いだ様子とは相反して、その瞳はギラギラと光っていた。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「―――と、今日はこんな所だな。姫さん、どうするんだ?」
「……なるほどねぇ」
自室の執務机に腰かけていた私は師匠からの定時報告を聞き嘆息した。面白そうにニヨニヨする師匠を睨めつけるものの、効果なんてない。知ってた。軽く首を振って気持ちを切り替える。
最近レイモンドの周りが煩くなってたけど、所詮一過性のものだし、傍観するに留めていたもののどうにもきな臭くなってきたなぁ。
「ラッセン家、かぁ……」
「どうぞ」
呟けば見計らったように入室してきたユージンさんが資料を差し出してくれて、目を落とすとまさに今欲しかった情報が纏められていた。出来る男である。ほんと、いつ寝てるんだろ?
「で、どうすんだ?」
にやりと再度師匠が繰り返してきたので手を振って閉口する。チラリとユージンさんを見上げれば、こちらは心得たとばかりに笑んでくれた。
「はぁ~~。師匠もユージンさんくらいデキる男だったらな~~」
「おい姫さん。それは聞き捨てならんな! 俺、頭領! 一番偉い!!」
胸を張るほど阿呆っぽく見えるのは何故なんだろう……。我関せずのユージンさんはこういう時絶対助けてくれないし――師匠が面倒くさくなるのが解ってるからね――。そんな感情を隠さず曖昧に笑み返せば師匠が不満たらたらで抗議してきたけどスルー。はいはい、次にいきますよ~。
「とりあえずは現状維持で。ただし、情報だけは随時集めて頂戴。緊急時は例の通りに。お願いね」
仕切り直して真面目に発すると、仕事モードの顔になった二人は短く了の意を告げて目の前から瞬時に消えた。
……さて、どうなることやら。




