それは仄暗く、心を搔き毟る
セピア色に染まるスクリーンに映されるのは見知った顔ばかりだった。
次々流れていく場面、けれど何故か音が聞こえない。完全なサイレント映画の様相を呈している。
私はその聞こえない音声を何とか拾おうと、穴があくほど銀幕を凝視していた。動き回る人物たちの唇を必死で見つめる。そうすれば某かの音が聞こえるのではないかと願わずにはいられなかった。
次々と追い詰められ斃れていくうちの子たち。その瞳には恐怖や絶望の色がまざまざと見てとれるのに、銀幕に隔てられて助ける事が出来ない。
これまではどんな物語が紡がれても傍観しているだけだった。映画を観にきた客のようにきちんと席に腰かけた状態で、涙したり手に汗握る事はあってもそれだけの事だった。
だったのだけれど……。
あまりのショックに、私はこの夢の中で初めて椅子から立ち上がり、絶叫した。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」
声にならない叫び……いや、大声を張り上げたのだろうか?
兎に角いやいやと幼子のように思いっきり頭を振り、咽び泣き、世界を全力で否定したところでプツリと意識が途切れた。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
――――さん……
――め――さ……
「姫さんっっ!!!!!」
私は大きく揺すぶられて飛び起きた! 心臓がきゅうっと縮み呼吸が浅くなる。それなのにドコドコとお構いなしに早鐘を鳴らすものだから胸の中心が痛んでうっと微かに呻き、祈る様に胸の前に組んだ手を中心にして前屈みに丸まった。
「姫さん……大丈夫か?」
瞬き出来ないほど開いた瞳孔が揺らぐ。幽鬼のように声のした方を向けば男がこちらを覗き込んでいた。
「だいじょうぶか?」
もう一度、確かめるように、言い含めるように、気遣うようにゆっくりと言葉をかけてくれたソウガの大きな手の平が私の肩に触れた。反射でビクッと身が跳ねる。しかしすぐに肩からじんわりと広がるソウガの熱と、心配そうに私を見つめる瞳が身体の緊張を少し解いてくれた。
「あ……し…しょ……」
うまく声にならなくて、私は口内がカラカラに乾いている事に気付いた。すると眉尻を下げたままの師匠が馴れた手つきでサイドテーブルから水を運んでくれる。ありがたくいただいて一口飲みくだすと、寝汗で全身がじっとりとしていることに気付いた。おでこやうなじに髪の毛が張り付いて不快だ。
「年頃の娘の部屋に夜中入るなんて憚られたんだけどな……。ほっとけないくらい魘されてたぜ?」
困ったように笑うソウガが額に張り付いた前髪をそっと剝していく。ぼんやりとその指先を目で追っていたが離れていこうとする気配を感じて師匠の大きな手をぎゅっと捕まえた。そのまま私の頬にその手の平を押し当てる。―――漸く深く呼吸が出来た。
「まだまだおこちゃまだな」
呆れたように見せて嬉しそうにソウガがぐりぐりと私の頭を撫でる。にししと笑いながら髪をぐしゃぐしゃに搔き乱されてそれに抵抗してたら私も笑っていた。ほんと、師匠には敵わない。
「……落ち着いたみたいだな。寝られそうか?姫さん」
おでこがくっつくくらいの至近距離で、嘘を見逃すまいとソウガが私を見つめる。
「……師匠、隣で寝てくれない?」
いつになく甘えたい気持ちだったから、ぽつりと溢してみれば、師匠は何と表現したらいいかわからない顔になった。顰めたような? 苦虫を噛み潰したような? しっくりこないけど、こうくしゃっとなって、困った風な気配。つられて私も眉尻がへにょっと下がった。
「姫さんの願いなら叶えてやりたいとこだけどなぁ……う~ん……」
わしわしっと頭を撫でて立ち上がった師匠がチラリと私を見下ろす。うんうん唸ってはまたチロリ。終には腕を組んで頭をかかえてしまった。え? そんなになるような事言ったかな!? 昔はお昼寝とか一緒にしてたのに……。
「はぁ。 姫さんはもうちょっと大人にならないとな。 俺、エルバスに殺されるのは勘弁~」
両手を掲げて降参ポーズのソウガ。私はぷくっと頬を膨らませ、恨みがましく師匠を見上げた。
「う゛っ……そんな可愛い顔してもダメ。駄目なものはだ~めっ!」
まるで自身に言い含めるように首を振ってから、ソウガに人差し指でぴんとおでこを弾かれた。……結構痛いんですけど! 私は額を両手で押えて涙目になり、師匠はしらじらしく視線を泳がした。
「じゃあ、私が寝るまで手、握ってて」
若干不貞腐れて代替案を出せば、師匠はそれならばと肯いてくれた。
「ね、師匠……」
「ん~、なんだ?」
「朝起きたらね、お願いしたい事がある……かも?」
「かも? ってなんだ。はは、なんなりと~、だ」
「……添い寝は駄目なのに?」
「蒸し返すなって! それとこれとは別の話」
ソウガが「教育的指導!」と宣ってまた私の頭をぐしゃぐしゃにかき回すものだから、幼子の喜色を帯びた奇声のような無邪気な笑いが漏れた。
「ほら、もう寝ろって」
はしゃぐ私のおでこをぐいーっと枕に押し付けて、低く優しいソウガの声が響いた。
私の好きな声。私を護ってくれる、安心できるヒト。
繋がれた手から伝わるごつごつした感触とよく馴染む体温から、もう悪夢は見ないだろうと確信した。
途端、瞼が重くなってくるのだから現金なものだと苦笑してしまう。
だんだんとまどろみながらも力強いぬくもりを感じて、きっと大丈夫だと漠然と思った。
久々にソウガさん出てきたと思ったら、只管いちゃいちゃしていきおった……




