知らぬが仏よお互いに
な、ななななんと!ブックマークが1100に届きました!!(大歓喜)
そして、一瞬日刊ランキングにインしておりました~(>▽<)
ありがとうございます、ありがとうございますっ(T▽T)喜びしかない作者です
目を開けると最早馴染んだ映画館だった。寂びれた劇場の定位置に座った私はつい居眠りしてましたくらいの気軽さでその場に溶け込んでいる。相変わらず一人きりの贅沢な上映会は、たった一人の客の意思などお構いなしに始まっていく。ジジジと耳障りな電磁音とガタカタと整わないテープを回す音が耳に届くと、自然に顔がスクリーンへ向かう。ジラジラとしたノイズが徐々に引いていく頃にはすっかり画面に見入っていた。
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所変わって。
ここはクロムアーデルの王都から馬車で半日ほどの森の中。その中を流れる小川にほど近い開けた広場――狩人が休憩場に切り開いたのだろう――に全く似つかわしくない貴族子息たちが約30人程、酷く疲労しきった様子で休息を取っていた。クロードもその内の一人ではあるが、他の者と違って息一つ乱していない。傍らのロンも同様で周囲から畏敬の眼差しを受けていた。
「あ゛~~きっつっ! なぁクロ、コレ騎士科向けの履修だろ? 何で俺も参加させられてるわけ?」
体操座りの状態から両腕を後ろに放り投げて崩れたM字のような体勢のレイモンドが、空を仰いだまま恨めしそうにクロードを非難すれば、呪われた先の人物から苦笑が漏れた。と同時にロンの鋭い視線がレイを射抜く。傍から見れば縮みあがりそうな威圧だが、レイモンドには今更効果など無い。負けじと睨み返すだけだった。
「まあそう言うな。本来ならレイは受けているはずの内容なんだぞ?」
だらけきった友の常と変わらぬ態度に安堵しながらクロードは軽く窘める。どういうことだとレイの片眉が上がった。
「レイは嫡男だろう? 貴族の嫡男は義務として貴族学園に入る前に寄宿学校へ入らなければいけないんだ。そこでは跡取りとして必要な教養を学ぶ。野外訓練もその中にあったはずだ。貴族当主は戦時下において指揮を取らねばならぬから、一通りの事を出来るように指導されるらしい」
「は? でも俺そんなとこ行ってないし」
「それは私のせいなんだ」
「……違う」
展開についていけないレイに代わってロンが首を振った。それをやんわりと宥めてクロードがレイの近くに腰かける。自分よりずっと雄々しく逞しく成長してきたクロードが頼りなげに眉尻を下げていた。
「寄宿学校は13歳~15歳の嫡男だけが義務を負う学校なんだけど、私は知っての通り第二王子だ。つまり兄上と違ってその義務を持たない……適齢になっても寄宿学校に行くことは無い」
「それと俺に何の関係が? あ、俺が養子で平民上がりだからってこと?」
「違う。……10歳の茶会を覚えているか?」
「あーーー、何かやたらシルヴィーに引っ張り回されたやつ?」
「それだ。あの時分の茶会には未来の派閥を決める意味合いもあるんだ。だからそれで……」
「第二王子の派閥になったって事?」
「うむ。しかも調べればシルヴィーと懇意にしていて、やがて私とも繋がった。私は二人の幼馴染以外に親しい者がいなかったから、側近候補としてレイが内定したんだ」
「は?」
「だから寄宿学校には入れられず、いつでも私との時間が確保されるようにされた。……寄宿学校に入ってしまうと長期間外界と隔離されてしまうから」
「初耳なんですけど……」
レイが一気に青ざめる。何を今更と言いたげにロンが嘆息した。
「正式な決定ではないからな。あくまで未だ様子見の範疇なんだが、私はレイに傍にいて欲しいと思っている。勿論、正式な打診があった際にはレイの判断で断ってくれても構わない。あくまで私の希望だから。まぁ話は逸れたけど、そんな訳で、この学園にいる間に、レイには嫡男に必要な最低限の科目を取ってもらおうと思ってるんだ」
「まじかーーー」
顔を両手で覆って完全に仰向けに足を伸ばしたレイがごろごろと左右に転がる。
「……俺はクロード様の傍にいます」
スッと隣に片膝をついてロンがまっすぐな視線を向けてきた。それに軽く笑み返す。
程無くして満足したらしいレイモンドも「あーーー」と吠えながら大きく伸びをして、盛大な溜息をつくと器用に上半身だけ飛び起きた。そのままガリガリと気まずそうに後ろ頭を搔いて、
「どうするかはまだ決めらんないけど、別に嫌じゃないから」
とぶっきらぼうに言ってみせた。
なるほど。たまには男だけの付き合いも良いものかもしれないと、幼馴染の令嬢たちとはまた違ったむず痒く心地よい時間にクロードは知らず破顔するのだった。
因みにこの後、野宿に移行するのだが、レイの生活能力の高さが大いに発揮されて、クロードの一団はより一目置かれる事になる。何となくも認識されていなかったレイモンドが大きく皆に知られた瞬間だった。
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「というわけで、目下必要なのはこれとこれとこれね。この部分に関しては私の方で進めてるから、もう少し形になったらまた報告するわ」
少し厚みのある資料を突き付けられて、赤印のついた箇所を指さしながら満足げに胸を張るステラにレイモンドは面食らっていた。
厳しい野外訓練――初日以降何故かやたら大勢から色々と質問攻めにあったから大忙しだった――から帰還してすぐに、緊急だと呼び出された為すわ何事かと取るものも取り敢えず駆け付けた先での出来事。
目を白黒させながら押しつけられた資料束を受け取りながら、どうしても聞き逃せなかった部分だけ確認をする。
「え? じゃあ俺はずっとナターシャ嬢に会うチャンスをふいにしてたってこと……?」
「ご愁傷様としか言えないわね」
ちょっとだけ肩を竦めて気持ち無く流すステラに行き場の無い怒りがこみ上げる。だって当人は満たされてつやつやしているのだから。戦慄くレイモンドにステラは乾笑した。
「でもこれで結果を出せばナターシャも喜ぶし、一目置かれるんじゃない?」
何気ないこの一言が知らずレイモンドに火を付けた。
出自も爵位の低さも撥ね退けるほどの傑物会頭の快進撃はここから始まったのだと、後に薄水色の髪の美しい貴婦人の語り草になったという。
本文の下にリンクを貼っております短編たちも、地味にブクマ&評価が増えていて驚きました。
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世界は優しい。




