着々と手回ししてます
お待たせしました!
誤字報告、ブクマ&評価多謝です≧▽≦/
「いつも頼りにして申し訳ありません、ベイン男爵」
「なぁに、貴女と始めたことがこのように発展していくのは私も大変興味深い。これからも是非力にならせて欲しい」
ナターシャはベイン男爵と固く握手を交わしにっこりと微笑んだ。ほほほとベイン夫人も指先を口元で揃えておっとり笑んでいる。そのまま夫妻のエスコートを受けつつナターシャがダンデハイム家の馬車に乗り込むと、そのまま滑らかに発進していった。その後ろ姿を夫妻は見えなくなるまで見送る。
「ナターシャ嬢とも長い付き合いだが、いやはやあの才気は衰える事を知らぬらしい」
「ええ本当に。家格さえ合えば即座にあの子の婚約者にと申し込みましたよ……」
「ダンデハイム家は伯爵位といえ、実質辺境伯も兼ねているからな……。惜しいものだが、そこはあの子の頑張り次第と言えなくもないのではないかね?」
遠く見えなくなった彼の令嬢の余韻も消える頃、入れ替わる様に息子が帰ってきた。
「ねぇ、さっきすれ違ったのって……」
「あら、お帰りなさい。惜しかったわね。ナターシャさん、今ほどお帰りになったのよ」
「あああああ! やっぱりっ!!」
地に倒れ伏す幻覚が見える程ガックリと項垂れる息子。ベイン子息となったその時からずっと一途に思いを寄せている事は知っているが、どうにもこの子とナターシャ嬢は間が悪いらしい。度重なるすれ違いを思い出して、ベイン男爵は早くも前言を撤回したくなり、苦笑で思いを濁すのだった。
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「ステラにお願いがあるの」
女子会と称し開いたお茶の席で私は隣に座るステラに視線を向けた。反対側にはシルビアがいて、丸テーブルに丁度三角形に着席している。
「お願い?」
愛らしく小首を傾げながらステラがまじまじと見つめてくるのに頷いて、私は話を続けた。
「ええ。例の商会を早速起動するために主力商品の名前を考えて欲しくて。勿論レイと協力してね。それに合わせて商会の紋章を作ろうと思うの」
お膳立てするとはいえ、レイとステラを代表とする組織だから名前は二人に決めて欲しかった。本当はレイモンドも交えて話したかったのだけれど、男子群は今野外訓練の合宿中で帰還は三日後。その間が惜しいので先にステラへ話を通す事にしたのだ。
「本当はレイにも聞いて欲しかったのだけれど、どうしても上手く噛み合わなくって……。悪いけど、ステラ、先に概要を伝えてもいい?」
「ナターシャの貴重な時間に合わない奴が悪いの! 任せて!! 私が責任を持ってレイにも伝えるからっ!」
「そうよ。レイが間抜けなの。ナターシャが好きな様にするのが一番なんだから、気にする事ないわ」
(何故二人ともレイに毒づくのか……)
意気込むステラとしらっとこれみよがしに嘆息するシルビア。私は若干半笑いになりながらも二人の辛辣な部分を聞き流し、軽く咳払いして気持ちを立て直す。
「でもナターシャ、主力商品って『女神の雫』でしょ? 名前それじゃダメなの?」
ステラの何気ない問いに「うん、嫌なの」と声高に叫びたいのを我慢して殊更笑みを深めると、何故かシルビアがピッと背筋を伸ばした。
「それも含めてざっくりと説明するね。まず……」
私が語った内容は以下の通り。
・商会の主力商品は衛生用品、基礎化粧品、日用品
・基本的に一般市民層に気軽に手にして貰える製品を販売
・木漏れ日の丘での活動品を扱うスペースを設ける
・女神の雫は完全受注生産にして特別感を演出する
「……と、おおまかにこんな感じの方向性かな」
一息に説明しきると自然に目の前のお茶へ手が伸びた。一口飲み込めばじんわりと身体に染み渡る。ふわりと鼻に抜けるマスカットのような香気に目を細め、適度に喉を潤すと私は視線を上げた。
「大事なのは、安価に画一化された庶民向けの製品と貴族向けの商品は似せないって所なの。女神の雫はこれまで不定期に少数しか手に入れられないものだったし、あくまで施しへのお礼という位置づけだったでしょ?だから質がそこそこでも満足されていた。でも商品となればそうはいかない。今までとおんなじじゃ製品としての売りがなくなっちゃうし、規格化されたままじゃ面白味もないじゃない?」
(という建前で恥ずかしい通称が自然消滅するように仕向け無いと居た堪れない……)
「だからオーダーメイドにして個々の意向に合わせるのね」
「……確かに上位貴族の方々って、普通は屋敷に商人を呼びつけてお買い物するし、衣類とか装飾品に関しては専属のお針子さんやデザイナーさんがいるくらいだもんね」
シルビアが先んじて頷き、ステラも成程と唸った。
「このあたりの采配は男の子じゃピンとこないと思うの。『自分だけの』とか『特別』って女の人は喜ぶでしょう? だから、この辺はステラに主に頑張って欲しい分野ね」
「じゃあレイには何を任せるの?」
承知したと表情を硬くしたステラが問う。
「レイは商会長として全体の管理が主な仕事になるかな。ベイン男爵にも協力を仰いだから貴族関連で困ったことがあったらレイを通して相談できるよ。それにあの子元々ここが地元でしょ? 顔が利くし、気さくに誰とでも仲良く出来るレイの良いところを存分に発揮してもらえるわ!」
人を繋ぐ、和を重んじる。長く孤児院で集団生活をしてきたレイモンドは人との距離をとるのが上手い。つまり空気を読むことに長けているのだ。それは客商売にとってもとても有利に働く。レイモンドなら卆なくこなせるだろう。
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―――さらりと語り続けるナターシャにステラは感嘆しか無かった。
孤児院でこの話を受けてから顔を合わせるたびにレイモンドとは何度も話し合ってきたのに、自分たちでは現実味の無いたらればの未来へ往きつくばかりだったから。
こうやって話を聞けば簡単に納得できる運営に必要な場所や労働力、方針、各所への根回しも、言われるまで気付けなかったことに気付いた。むしろ、どうやって商会を運営していくつもりだったのか。ずっとおままごと感覚でいたのが恥ずかしい。
自分たちが成功した未来を夢想して悦に浸ってる間に、ナターシャはより具体的に実動できるように動いていた。
―――他人からのおこぼれや施しに頼りきりの自分を変えたいと思ったのではなかったか。
自分が動く事で人生を変えたい。流されない生き方がしたい。その為の力を願った。
(こんなにも良いお手本が目の前にいるじゃない……)
最初に感じた憧れ。距離は未だ開いたまま縮まずに背中すら見えていないけれど。
(きっかけが施しでもいい。いつかは私も……)
気づかれない様にぐっと唇を結び決意を新たにする。折角貰えたチャンスだ。決して無駄にはしない。
ステラが決心した横でシルビアが満足そうに目を細めていた。
シルビアが大人しいとどこか不安に駆られる作者である。




