殿下とデート日和
お久し振りの更新、大変お待たせしました><
王太子殿下の執務室、その応接セットに腰掛けている私……ことナターシャ・ダンデハイムは、冴え冴えとした綺麗な笑みを浮かべる美男子二人に挟まれ、喜ぶどころか大仰に溜息を落とした。
「あのねぇ……。どうせ調べて知っているであろうことを、どうして説明しなければならないの? 非生産的だわ」
「何を言う。書面と本人からの報告が合致するとは限らないだろう? で、どうしてそんな事になったのかな?」
キラキラを増したラドクリフが笑みを深める。ナハディウムも良く使うこの詰問方法に私は小さく呻いた。全くこの主従は妙なところばっかり似ているんだから!
「何をそんなに気にしているのか、私には解らないわ……」
頭を抱えて吐き出せば、兄sは何とも読みづらい表情でお互いアイコンタクトを取った。それを見るともなしに上目で視界に捉える。
やがて、ゆっくりと顎を拳で支えたラルフが思わせぶりに目を細めた。
「ふむ……。まぁ、急を要する訳でも無し、今日はこのくらいで解放してあげるよ」
「…………逆に怖いんだけど」
「心外だね。私はいつだって君を想っているというのに」
「はいはい」
ラルフの言葉に一瞬で暴発した兄様の殺気が――背中越しに中てられて全身総毛だったよ!――全く取り合わなかった私の態度で即座に引っ込んだ。……兄様、本気で泣きそうになったのでお家芸は私を介さず行ってください……。
「話が終わりなら私はもう行くわよ? く~ちゃん待ってるだろうから」
相手の返事も聞かずすっくと立ち上がり、すたすたと扉へ向かう。開けられた扉に半身が吸い込まれた時、静かにラルフから名前を呼ばれた。反射的に私は振り向く。
「ナターシャ。……学園は楽しいかい?」
「ええ……?」
「そう」
短いやりとりに引っ掛かるものを感じたが、当の本人は王太子殿下の顔で綺麗に笑みひらひらと手を振って送り出す姿勢だ。私はもやっとした気持ちを抱えて執務室を後にした。
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数日後。
天気は快晴、湿度は控えめ。日差しは強いけれど、適度に吹き抜ける風が心地よいお出掛け日和。
私はく~ちゃんとの約束を果たすべく、取り決めた待ち合わせ場所に降り立った。御者の介添えで馬車のタラップを踏めば刺さる様な日光に目を細める。地面に両足を付けると即座に日傘が差し出された。軽く礼を言いながらそれを受け取る。
今日の私はお忍びお嬢様スタイル。
華美過ぎないレースのブラウスに、通気性の良い薄手の布をたっぷり使ったスカート。ボディスでラインを整えて、緩く編んだ一つ三つ編みを肩から前に垂らしている。ナターシャとして街に出かける事は滅多にないので、ちょっとウキウキしていた。
程なく待ち人来る。
日に透ける金髪がキラキラ輝く端正な顔立ちの―――……
「お待たせ♡」
「……はあ。そんな気がしてたわ」
―――……ラドクリフがにっこりと笑んでいた。
無造作に束ねた少し長めの髪、首元を寛げた白シャツはシンプルだけれど一目で上等な物だと分かる。一見ラフな格好だが、足元は軍靴。しかもしっかり帯剣中。非番の騎士でも想定したのだろう。滲み出る育ちの良さは隠せないもんね。え? 何が言いたいのかって? 目立つことこの上なしだよこん畜生!
「まぁまぁ、そんなに邪険にしないで」
「……く~ちゃんはどこやったのよ」
「おや、こんな色男が目の前にいるのにつれないね」
「帰る」
クルリと容赦なく踵を返す。私が歩を踏み出すより早く肩を掴んだラルフが苦笑しながら謝った。
「ごめんごめん。事情を説明したいから、一先ずそこのカフェに入らない?」
ね? と小首を傾げるラルフをちょっとだけ睥睨して、私は軽く嘆息した。承諾すればすぐさま手を取られエスコートされる。
「外は日差しが強いからね。大切な君が倒れでもしたら心臓が止まってしまうよ」
上機嫌で手を引くラルフを私はジト目で見つめた。最早相槌すら億劫になってきた。
「素敵な日にしようね、私のお姫様」
……これが一日続くのか?
――母様に美しくないとしこたま怒られるくらいに――ガックリと落ち込む肩を私は止められなかった。
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涼やかな店内で、注文した冷たい飲み物を一口嚥下した。夏らしく柑橘の果肉をたっぷり交ぜた炭酸水にミントを浮かべたもので目にも楽しい。口内に広がる爽やかな苦みに自然と頬が緩んだ。対するラルフはブラックコーヒー。そういえばラルフがコーヒー飲んでる所初めて見たかも。何と無しまじまじと見つめてしまう。すると、堪え切れないと息を噴き出したラルフが苦笑した。
「顔に穴が開きそうだよ。こんな事で君の興味を引けるならもっと早くに試せばよかった」
尚も引きずりながら笑うラルフに茶化されて私は口先を尖らす。仕切り直す様に炭酸水を口に運んで、バツの悪さを隠す為にラルフを睨めつけた。……効果は薄かったけど。
「それで? 一体どうしたって言うのよ?」
咳払いと共に本題を切り出せば、ラルフがほんの少し眉尻を下げて残念そうな顔になる。それを一瞬の内に切り替えて仕事モードの顔を作った。
空気がシャキリとするのを感じて思わず居住まいを正した私にラルフがちょっと驚いた様に目を大きくしてからふわりと蕩けるように笑った。
テーブルの上に重ねていた私の片手を引っ張り出し、ラルフの指先に絡めとる。
「ふふ、そんなに緊張しないで?」
ズブズブと恋人を甘やかす仕草と天上の微笑に、店内の女性客が色めき相次いで卒倒し、カフェは一時騒然となったのだった。
不規則過ぎるリアル世界に齢を感じる今日この頃。今週はなるだけ更新強化したい所存です。




