これから
お待たせしました(><)
新章開始です。
有言実行。
学園が夏季休暇に入ると共にく~ちゃんへ訪問の知らせを出した私は、指定した日時より少しのゆとりをもって王城へと参内した。
何だか久々に来た気がするわ~なんて待合室の窓から暢気に周囲を眺めて取り次がれるのを待っていると、ふと近づいてくる気配を察知。
「ねぇ師匠……」
「おう、間違ってねぇぞ」
物陰からの太鼓判に私はがっくりと肩を落とした。
間もなく待合室にノック音が響き、取次の衛士が扉を開けると慌てて敬礼するのが見え、その横からスルリと滑り出たとある人物が私に向かって綺麗な笑みを咲かせた。
「ナターシャ、待っていたよ」
「兄様……」
キラキラと輝く実兄を前に私は脱力して頭を抱えこむ。
「……私はクロード殿下とお約束していたはずですが、兄様がいらしたということは……?」
「ふふ、もう一人の殿下がお待ちだよ」
「はぁ……。畏まりました。クロード殿下に―――」
「伝令を出しておいたから大丈夫だよ」
「……手回しのよろしいことで」
これは逃げられないやつですね、分かります。
私は促されるままにナハトの案内を受け入れた。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「あのね、毎回強引に呼びつけるの止めて欲しいんだけど?」
「そうは言うが、こうでもしないとナターシャは私を訪ねてくれないだろう?」
「訪ねる用事がないもの。当り前でしょう?」
私が通されたのは何とラドクリフ王太子殿下の執務室だった。
広々とした空間にどどんと立派な執務机が鎮座し、少し離れた所にこれまた豪奢な応接セットが設えられている。私は今そこに腰かけて、向かいに座るラルフに冷ややかな視線を向けていた。
「兄様、王太子殿下は謁見の予約が必要ないほど執務に余裕がおありなのかしら?」
「心配はいらないよ、代償はきちんと準備しているから」
「まぁ大変! ではあまりお時間は戴けませんわね。で、ラルフ? 用件は何?」
「そなたら兄妹は毎度私に容赦が無い……」
当然の様に私の後ろに控えた兄様を振り仰ぎテンポよくやりとりしていると、じっとりしたラルフの声が滲んだ。
やや空気を重くしたラルフが気を払うようにカップを口へと運ぶ。彼の喉がゆっくりと上下するのをぼんやりと眺めながら私は嘆息した。
「……忙しいのは本当でしょう? 少し痩せたんじゃない? ちゃんとご飯は食べてる?」
ラルフは王太子の位を頂いてからというもの大人顔負けの仕事量を捌いている。有能なナハトが仕えているため大して心配はしていなかったが、聞くと見るとではやはり違うものだと少し痩けたラルフの頬に気づいて眉尻が下がった。
「兄様、何かお仕事に関わることで呼んだの? だったら私、借りが沢山あるから何でも協力するわ?」
「ああ、ナターシャ何でもなんてそんなに可愛らしく言うものじゃないよ。どこにだって悪人はいるんだから、もっと用心しておくれ」
「おい、何故私を見ながら言うのだナハト」
「おや、心当たりがおありで? 息の根止めますよ殿下?」
「私は潔白だし、いい加減お前は不敬という言葉を覚えてくれないか!? そしてナターシャ、私がそなたを呼んだのは仕事なんて無粋な用ではない!! ……私的に重要ではあるけれど」
「私的に重要? お仕事に関係ないなら後日でいいかしら?」
「ナターシャ……、私にももう少し優しさをくれないかい?」
ラルフががっくりと項垂れる。
久々のラルフ弄りが楽しくてやりすぎたかもしれない。私は苦笑しつつ「話を聞くわ」と促した。
「うん、丁度俺も知りたかったんだ。どういうことだい、ナターシャ?」
え?え!? いきなり兄様の周囲の気温が急降下したんだけど何故!!? ブリザード秒読みな冷笑を向けられて私は凍りつく。ぎぎぎとぎこちなくラルフを振り向いて助けを求めたが、こちらもとても凄みのある良い笑顔で組んだ両手に顎を乗せていた。
「ナターシャ、クロードとデートすると聞いたのだが、それはまことかい?」
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
実兄によって予定を狂わされたクロードは自室のソファーにどっかりと深く座り込み溜息を落としていた。
すると突然背筋をうすら寒い何かに撫でられ身を震わす。思わず勢いよく辺りを見回したが、ここには自分ひとり。杞憂かと胸を撫で下ろしたものの、治まらない腕の鳥肌を撫でさすった。
「クロ、いるんでしょ?」
取り次ぎもなく自由に入室してきた声に振り返る。そんな事が許されている人間は数えるほどしかいないのだ。この声主は言っても聞かないから諦められたのだけれど。
「シルヴィー……。何度も言うようだが、せめてノックくらいはしてくれないか?」
「したところでクロには聞こえないでしょ?」
悪びれ無い返答に肩が落ちる。それすらももうお決まりのルーチンだと言えた。
「あれ? ナターシャは?」
今日の予定を知っててきましたと隠す気も無いシルビアの言動に再び溜息を落として、投げやりに答える。
「兄上に横取りされた」
「何で?」
「私が知るわけないだろう? ……いや、今回は予想がつくが」
尻すぼみに独りごちて立腹に足踏みするであろう幼馴染を見上げたが、対するシルヴィーは予想に反して感情の読めない素面で「ふぅん、ちょうどいいわ」と呟いた。そのまま私の隣に静かに腰かけた彼女がズイっと顔を寄せた。
「クロはどうしたいの?」
ともすれば触れ合いそうな顔の近さに慌ててシルビアの肩を押し返そうとしたが、彼女の常に無い真剣な瞳の色に出しかけた手を止める。
「どう……?」
「どの位真剣なのかってこと。……もうあんまり時間がないの、解ってるでしょ?」
クロードは思わず息を呑んだ。口を噤んだまま、喉が引き攣るだけで吐息すら零せない。これまで何度かシルビアに問われてきた「どうしたい」とは真剣味が違い過ぎて、ここへきて漸く自身の覚悟の軽さを自覚してしまった。
シルビアはそんなクロードの心中など見透かしていたとばかりに大仰に嘆息して立ち上がった。
「私はね、クロの事も大事なのよ? だからしっかり考えて。私はちゃんと見てるから」
一方的に言いつけてそのまま振り返ること無くシルビアは部屋を出て行った。
まるで知らない大人の女性と接したような、置いて行かれたような心細さにクロードの心臓がキュッと縮む。
何も考えられないままに、クロードはシルビアの去った扉の方を暫く見つめ続けた。
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未だ1000件を割らずに待っててくださる読者皆様の優しさが沁み渡ります(T△T)
相も変わらずのノロノロ更新ですがご容赦ください。




