フラグの行方
間が開きぎみでごめんなさい!
照りつける太陽はすっかり夏めいていた。
ジリジリと肌を焼く熱を逃がす様にサラリと心地良いそよ風がすり抜けていった。
馴染んだ気配を感じ取って私は振り返る。垣根に埋もれた薔薇のアーチからひょっこり顔を出したのはシルビアとステラ。その少し後ろからく~ちゃんもついてきていた。
二人は私を見止めると満面の笑みで駆け寄ってこようとした。それを私は破顔一笑で塞き止める。
キラキラにっこりとエフェクトプラス音の落ちそうな表情から――特にシルビアは――己の置かれたヤバい状況を察したらしい。
ビクつく二人へ向けてこれ以上ないほどに笑みを深めて、私はスッと腕を伸ばした。東屋で出来た日陰へと促す。柔らかそうな芝生の上を選んで二人を座らせると、
「さて、申し開きがあるなら聞きましょうか?」
どど~んと腕を組んで仁王立ちした私は、眼前で小さくなっているシルビアとステラを見下ろした。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「ごめんなさい……」
「すみませんでした!!」
「……わかればよろしい!」
二人には此度の件で私が如何に傷心したのかということを身振り手振り大袈裟にネチネチ滔々と訴えさせてい頂いた。どんどん小さくなる二人が最後に絞り出すような謝罪の声を上げたので、私は満足して大きく頷いた。
「さ、反省もしたみたいだしお茶にしましょう。二人とも、ずっと地べたに座っていて疲れたでしょう?……く~ちゃんも、協力してくれてありがとうね」
小言の時間は終了だ。
私はぐずる女子たちを強引に立たせて東屋の中に移動した。しっかりとクロードも手招きする。
「やはり、アーシェはズルい……」
溜息と一緒に零れ落ちたクロードの呟きは私の耳に届かなかった。
―――東屋の中にはいつの間にかすっかりお茶会の支度が出来上がっていた。
私がガミガミとお説教をしている間に師匠が差配して場を整えてくれたのだ。馴染んだ気に入りのティーポットを傾けながら私はシルビアの方へ目線だけ上向いた。
「それで? その勝負とやらは結局どうするの?」
「ナターシャが許してくれるなら勿論決着をつけるわ!!」
「……何をさせるつもり?」
「成績の一番良かった方と一日デートするのよっ!!!」
待てに良しをもらった犬のようにシルビアの瞳が輝いた。心なしか背後にブンブン振られる尻尾が見える。……く~ちゃんがチワワなら、シルビアはシバ犬か秋田犬だろうか……?いや、色合いでいえばハスキー犬だろうか。
「なんだそんな事で喧嘩していたの?」
私は呆れて嘆息しながらお茶の入ったカップを配り終えた。
「そんなことなんかじゃないけど……でも、許してくれるってことよね!?」
嬉しそうに破顔するシルビアを見て嫌とか言えないし。私は苦笑しながら了承すると、「やた!」とシルビアの喜色が舞った。
「私はこれでも特待生なんです! 決してシルヴィーに後れは取りませんから」
ステラが挑戦的にシルビアを見つめ、シルビアはフンッと鼻を鳴らす。そんな二人を完全に巻き込まれただけのく~ちゃんがオロオロしながら見守っていた。
「さて、それは少々難しいかも知れませんねぇ」
突然割り込んできた声に皆が驚きの儘に振り向いた。私には馴染んだ気配の一人だが、まさかの介入に一人溜息を落とす。
「アーバイン先生っ!!?」
ステラが立ち上がり目を丸くする。うん、紹介ありがとう。
アーバイン先生はチラと私を見て淡く笑むとすぐに正面を向いた。クロードが苦い顔になっている。我々のリアクションなんか気にする風もないアーバイン先生は講義を始めるくらい自然に良く通る声を響かせた。
「本当は成績発表まで極秘なんですが、貴方たちには最新情報を教えて差し上げましょう」
穏やかな笑みを浮かべてアーバイン先生が東屋の中で着席する。良く似合うモノクルがきらりと光るのを見ながら私は諦めて彼にもお茶を提供した。カップが置かれるのを合図に皆が居住いを正す。そんな中優雅にカップを口に運んたアーバイン先生がゆっくりと口を開いた。
「まずは皆さま、試験お疲れ様でした。よく頑張りましたね」
出来の良い生徒に頬を緩めたアーバインが私たちを見回しながら労う。シルビアがぐっと身を乗り出した。
「まったく、貴方たちは目立ち過ぎる。今回の騒ぎは教師陣ですら知らない者はいないくらい広まっていますよ?」
その言葉に私はシルビアをじろりと見た。シルビアがそろそろとお上品に座り直す。
「まぁ、ネルベネス嬢とステラ嬢が何やら決闘騒ぎを起こしていたというくらいの話しか分かっていませんがね。それで、此度の試験結果が知りたいのでしょう?」
もったいつけるアーバインにシルビアとステラが胸前に握りこぶしを作ってコクコクと首を縦に大振りしている。それを愉しそうに視界に収めてからアーバインが真剣な顔を作った。こほんとワザとらしく咳払いしてみせる。
「学年総合首位は――――」
「「―――首位は!!?」」
ぐぐぐっとシルビアとステラががぶり寄る。
「ダンデハイム嬢です。素晴らしい成績でした」
小さな拍手と共にアーバイン先生が私を讃えた。瞬間ポカンと二人の令嬢が立ち呆ける。
「次席はクロード王子殿下です。王族として申し分ない結果ですね、流石でございます」
「ふむ。アーシェに負けたのなら仕方がないな」
片眉を上げたクロードが悔しがるでもなく一人納得していた。
そのまま3位4位と名門子息子女の名前が続き、ステラの顔が青ざめていく。特待生は好成績維持が義務だからだ。
「5位、ネルベネス嬢」
漸く名前が挙がって安堵したシルビアと身を固くしたステラの息が重なった。反射的に自身の結果を問いただそうとステラが声を発しようとしたのを、
「同点、ステラ嬢」
というアーバイン先生の声が遮った。
「……同点?」
私は確認するようにアーバインを向いた。
「はい。ネルベネス嬢とステラ嬢は同着5位になりますね」
「じゃあ……」
「引き分け………?」
シルビアとステラが覇気の無い顔を見合わせた。
「なるほど。この勝負、そなたらは引き分けで勝者は無し……いや、私の勝ちということか」
ぼそりと呟いたクロードに一斉に視線が集まった。く~ちゃんは何かを確認するように頷きながらぶつぶつ言っている。そしてつ、と顔を上げた。
「成績の良かった者がナターシャと過ごす権利を得られる……そういう勝負だったな? そも首位は当人だ。ならばそこに一番近いものが権利を得られるのは当然ではないか?」
クロードが全員を確かめるように見渡す。
「大体、私はわけもわからず巻き込まれたんだ。この位の褒美があってもいいと思うのだが?」
最後に私で視線を止めたクロードが目だけでにやりと笑った。私は思わず噴き出す。あははと声をあげて手をひらひらと振った。
「そうね、確かにそうかも。 いいわ、勝者はく~ちゃん。私はく~ちゃんとデートします!」
ステラがギョッとしてシルビアがクロードの胸倉をつかむ。クロードはガクガクと揺すぶられながら小さくガッツポーズをした。ふんすと意気込む私には見えていない。
「はてさて、上手くいくと良いですね、殿下?」
不穏な言葉とは裏腹に優しげな笑みを残してアーバイン先生が立ち上がり、休暇中の注意を一通り述べるとさっさと校舎へと戻って行った。
「じゃあく~ちゃん、詳しくは近日中にお城に行くからその時に決めましょう」
言いながらサッサと茶器を片づけて私もその場を後にした。
……とりあえず、腹を抱えて笑っているらしい師匠をとっ捕まえるところから始めましょうか。
宣言通り、次話から新章です☆




