考察と天啓
前話と悩んだ末分割した後半です。
故に短めですみません……
上品な挨拶が飛び交う教室に何とか辿り着いた私は、置いて行かれた相手をすぐに見つけた。その横には当然のようにナターシャがいて、二人楽し気に微笑みあっている。ナターシャの艶やかな紅玉の髪がやけに目に留まってドクンと胸が鳴り、私はギュッと手を握り込むと、意識的に息を整えて二人の傍に向かった。
「おはよう……」
大したことの無い距離はすぐに縮まってしまう。その刹那、あっという間に上気した頬に自分でも驚いてしまった。まともにナターシャの顔が見られずに俯きがちの挨拶になってしまった――声も若干震えた気もする――が何とか笑みは貼り付けられたと思う……多分。
「あらステラ。 おはよう!」
そこへ満面の笑みで返ってきた眩いナターシャの挨拶。ぐふぅっと腹を抉られた様な呻きが漏れてしまった。誤魔化す様にシルビアに視線を合わせる。
「シルヴィーも……」
「ええ」
本日既に挨拶を済ませていた為何と言ったものか微妙に濁してみれば、シルヴィーは気にした風も無くつんと澄ましたままの通常営業だ。腹の中が見えない対応は上級貴族必須の能力。こんな所でも改めて彼女が公爵令嬢であったのだと認識した。
「昨日は驚かせてごめんね。改めてこれからもよろしくお願いします」
他愛無い世間話の後、徐に苦笑したナターシャ。うう……眩しい。ぼんと瞬間沸騰した頭でしどろもどろ返事を取り繕うと、ふとシルビアの言葉が蘇った。
『ねぇ、不思議に思わなかった? あんなに目立つナターシャの事、何で周りは気に留めないのかって――……目立つのが嫌いなのよ。何でか知らないけど、隠れたがるの』
私は弾かれたように顔を上げた。そのまま教室内を見渡す。すると、突飛な行動をした私に気付いて顔を顰める者はいるものの、不自然なくらいに誰もナターシャを気にしていないのが解った。うすら寒いものを感じて無意識に生唾を嚥下すれば、シルビアがしたり顔で笑んだ。ねぇ、シルヴィー? その顔極悪人みたいでちょっと怖いよ……。
私は今日一日、改めてナターシャを観察する事に決めた。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
結論。
女神は現存する。ええ、目の前に。
さり気ない気遣い、嫌みの無い手伝い、痒い所に手が届くどころか痒さを感じさせない万全の献身。そう、気付けばいるのだ。傍に、ナターシャが。
ご令嬢に執拗に追いかけられるクロード殿下をサラリと逃がし、挑みあう殿下とシルヴィーを窘め、ロンと根気強く会話をしては周囲と橋渡し、甲斐甲斐しく皆にお昼を給仕し、楽し気な会話を回し、絶妙のタイミングでハルマとレイを躱し続ける……あれ?
と、とにかく。
私にもその恩恵は振る舞われていた。そして無意識に甘受していたその気配りに泣きたくなった。「大丈夫?」「凄いね!」くるくると心配したり褒めたり、ごく自然に相手の気持ちに寄り添ってくれるのだ。そして私は見てしまった。
本当に偶然、化粧室から教室へ移動していた時の事。何となく窓の外が見たくなって視線をそちらに向けようとした瞬間、死角になる寸前でシルヴィーとナターシャが歩いているのを見つけた。ずっと意識的にナターシャを見ていたお陰だろう、直ぐに私の焦点がナターシャに合わされた―――筈だった。
消えたのだ。忽然と。
―――と思ったら、男を取り押さえていた。そして何やら短く耳元で囁いている。瞬間、真っ白になった男はナターシャを振り払って逃げ出した。それを一瞥して何食わぬ顔でシルヴィーの横に立ち直すナターシャ。この間数秒。半歩先を歩くシルビアは事態に全く気付いていない。私も気の向くままに首を回していたら絶対に気付かなかっただろう。
何度か虫の知らせに似た違和感を丁寧に拾うことが出来た。その度に彼女は悪漢を瞬く間に片付けていて、全てがシルビアを狙っているものだと気付いた。
(毎日、こんな事を……?)
ぶわりと総毛立った。
―――きっとこうして差し伸べられたのだ、彼女の救いの手が。
唐突に理解した。
何かに困り果てていたという天使様の元に、レイモンドの住んでいた孤児院に、大寒波で苦しむ人々の元に。
私の住んでいた貧村にも―――……
(寒いのは嫌、ひもじいのは嫌……)
耳の奥でか細い悲鳴が聞こえる。
(お役人様はどうして私たちを助けてくれないの? だったら私がなる! そして悲しいのも苦しいのも無くすの!! 私を助けてくれたあの―――)
「お姫様みたいに……」
ああそうなんだ。記憶の底に沈めたあの虚ろな日々に光をくれた、私の原点。
「ナターシャ……」
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「覚悟は決まったみたいね?」
私はシルビアの前に立っていた。コクリと肯く。
「もう一度同じ言葉をあげる。何があってもナターシャの一番は私。ナターシャの傍に居たいならかかって来なさい」
獰猛な笑みを浮かべたシルビア。でも、もう私は引かない。だって心は決まってしまったから。
「いいえ、ナターシャの傍で、ナターシャを助けるのは私。彼女の一番になるのは私よ」
ひたと静かにシルビアを見つめた。その眼が値踏みするように細められる。
「ふふ、良いわ! これから私たちはライバルよ!! 正々堂々戦いましょう」
差し出された握手を強く握り返した。
「まずは次の試験かしら? 結果が楽しみね」
急遽、後書きを追加しております!!
な、なななななんと!! ブクマが4桁到達しました~~~~~~((o(≧▽≦)o))(狂喜乱舞)☆☆☆
何処にも宣伝せず、ひっそりと始めた作品を見つけてくださった皆様に心から感謝いたします。
最後まで、頑張るぞ!!!




