内緒話
今回短めです。
翌日。
朝も早くから――先触れの後に――イースン王都邸へ現れたシルビアの馬車に揺られて登校しています、ステラです。すっごい視線が刺さってきます。痛い……。
『一緒に登校しましょう』と簡潔なメッセージだけを寄越してやってきたシルビアは、偽物かと思った程に立派なご令嬢だった。
すわ公爵令嬢の来駕と家人は大慌てだったのを何とか取り繕い、いつもの倍以上忙しくなった私は彼女に文句の一つも言いたくなったけれど、シルヴィーのあまりの高貴さに口を噤んだ。
折り目正しい制服は同じ生地かと疑うくらい上質に見える。従者のエスコートでタラップを降りるのに合わせてふわりふわりと柔らかな水色の髪が揺れる。真っ直ぐに正面を見据える眼差しは清廉な風が吹き込むような涼しさ。ピンと伸びた姿勢も、楚々とした動作も、見慣れた彼女と一致する所が無くて私はただ瞠目した。
ピンと硬質な細い糸が張り詰めたような緊迫感は緊張した見送りの同僚たちが発したもの。それは威厳で場を威圧するシルビアが発端で。シルヴィーの連れてきた従者に促されてネルベネス家の馬車に乗り込むのを皆が心配そうに見ていた。
―――馬車が走り出して暫くだんまりしていたシルヴィーが漸く口を開いた。
「あ~、疲れた」
「へ?」
ふにゃりとシルビアの表情が解ける。ついでに高貴なご令嬢という威光も見事に霧散した。
「ナターシャが良く言ってる営業用って嫌いなのよね。貴族って面倒な事が多過ぎると思わない?」
「はあ……」
ギャップの激しさに何とも言えない相槌が零れる。……でもちょっとホッとした。私は漸くまともに息を吸う。
「ねぇ、シルヴィー。唐突にどうしたの?」
すると、何かを警戒するように窓の外を眺めてから、シルヴィーがチロリと視線を向けた。反射で生唾を呑み込む。いつもよりいくらか低い声でシルビアが宣った。
「白黒ハッキリつけたいの」
更に疑問符の浮かんだ私を置いてけぼりのまま、シルビアはにっこりと美しい笑みを落とした。
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「……ナターシャはね、凄いのよ」
唐突に始まった切り出しに私は耳を傾けた。正直サッパリついていけていないんだけど、一先ずシルビアの話を聞きたい。
「昔から何でも出来て、でもそれは努力をしているからで、優しくて、いつも助けてくれる……」
懐かしむ様に柔らかく綻んだシルヴィーの口元に私も釣られ笑いが零れる。そこに大切な思い出が詰まっていることが良く分かった。
「だからね。とってもライバルが多いの……」
辛うじて聞こえた独り言ちと思わせぶりな視線が飛んでくる。……ライバル?
「ねぇ、不思議に思わなかった? あんなに目立つナターシャの事、何で周りは気に留めないのかって」
ハッとした。
ナターシャは見惚れる程の美貌を誇っている。更に家柄も良く、人柄も良く、王族の覚え目出度いともあれば周囲が騒がないはずない。確かに不自然な話である。もっと取り巻きが居ても良い筈なのに、言われて初めてナターシャの話題を伝え聞かない事に気付いた。
「ナターシャの社交界での二つ名知ってる?」
私は素直に否と首を振る。
「『幻の令嬢』よ」
「まぼろしのれいじょう……」
うまく呑み込めなくて私はシルビアの音を繰り返した。マボロシ?
「そう。どうやってるのかは分からないけど、ナターシャはね、人からの印象を操作しているの」
「いんしょうをそうさ……」
またしても謎の言葉が出てきた。私はオウム返ししか出来ない。
「ナターシャって目立つのが嫌いなのよ。何でか知らないけど、隠れたがるの。でもね、それをされない者もいる」
「されないもの?」
「ええ、私やクロ、レイにロン、ミケル、マル爺……ああ、王太子殿下も」
そして、とシルビアがひと呼吸置く。
「あんたとハルマ」
「私とハルマ?」
何が言いたいんだろう? 話の帰結が見えなくて私はただシルヴィーと見つめ合う。
「だから私はあんたを認めてあげる」
「認める?」
私が首を傾げるのと同時に馬車が停止した。あっという間に学校へ到着したらしい。間髪おかずすっくとシルビアが立ち上がれば、見ていたかのように馬車の扉が開いた。ツンと顎を上げてシルビアが馬車を降りていく。正面を淡い水色が通り過ぎるのをしばし呆然と見送った私は慌てて彼女の後を追ってタラップを踏んだ。従者のエスコートにアタフタしながらやっと降りきると、数歩先のシルヴィーが振り返り不敵に笑う。
「何があってもナターシャの一番は私。ナターシャの傍に居たいならかかって来なさい。受けて立つわ!」
高らかに宣言して、首の後ろから通した手の甲を引き抜く。ファサリとシルビアの柔らかな髪が腕を引く動作に合わせて空にたなびいた。何と絵になる美少女像。そのままくるりと背を向けて校舎へと歩き出したシルビアを再びポカンと見送った私は立ち尽くしたまま。颯爽と遠ざかっていく軽やかな水色を視界に映す。
―――その後、遅れてやってきたハルマに肩を揺さぶられるまで私は校門前で立ち呆けていた。誰か、情報の整理を頼む!!
その様子をコッソリ見ているソウガさん。ニヤニヤが止まらない。そして、姫さんには秘匿するのですw




