ステラ meets ダンデ
ステラのターン!
「うん。ステラなら出来るよ」
キラキラしい赤毛の美少年にキュッと手を握られて私の口から「ひぁっ!?」と妙な悲鳴が漏れた。柔らかく細められた眼差し、緩く弧を描く唇、何につけ距離が近いのは彼の癖なのだろうか? 至近距離の麗しい顔に見惚れれば良いのか、恥じらいに染まれば良いのか、頭の中が混乱してまとまらない内にビシッ!! とハルマの手刀によってダンデと分かたれた。
殆ど姉弟のようにして――ハルマは兄妹と言い張るけれど私が姉ヨ、絶対!!――過ごしてきたハルマに肩を掴まれ引き寄せられても何とも思わないのに、両手を包んでいたぬくもりの余韻にはこんなにもドギマギしちゃう。……だって卑怯よ! 一見滑らかそうなダンデの手の平は、所々に固くなった部分があって。そこに彼の隠れた努力の跡を感じて、胸が締め付けられるような落ち着かない気分になった。
(うぅ……顔が熱い……)
そもそも私は面食いの自覚がある。麗人をみて舞い上がって何が悪いのか。そう、これは正常な反応。何もおかしなことはない。まして一目惚れ好みど真ん中のダンデの破壊力は半端ない。まだ心臓がウルサイまま意識的に深呼吸をして落ち着こうと努力する。彼に不審者と思われたくない。……ふと、改めて冷静に私の周囲に思いを馳せて、取り巻く顔面偏差値高水準の多さに世の無常を感じた。同時にじゅるりと口端からよだれが溢れそうになり、乙女の意地で何とか堪える。背後のハルマはピリピリしていた。
「胡散臭い。ホンマにナターシャちゃんが言うたんか?」
その失礼な物言いに私は首を回しハルマを睨みつける。一々喧嘩腰しの姿勢が気に入らない。
「僕は指示書を読んで提案しただけ。疑うなら学校でお嬢様の真意でも何でも聞けばいいじゃない」
でもダンデには何でもないようだ。
(この器の大きさの差! 見習いなさいハルマっ!!)
心中で喝采しつつダンデの『お嬢様』という単語が引っ掛かった。
ダンデのお嬢様。ナターシャ・ダンデハイム。私のお友達……。
どうして彼女は私にここまで良くしてくれるのだろう。思考に伏せていた視線を上げればダンデと目が合ってドクンと胸が高鳴る。目に映るダンデの鮮やかな緋色の髪は彼女によく似ていて、私はダンデに重ねてナターシャを思い浮かべた。口が勝手に動く。
「ナターシャに聞けば、教えてくれる? 何で私を助けてくれるの……?」
すると一瞬だけダンデの大きな瞳が瞠目した。そしてほんの少しだけ思案気に瞳を閉じると、秒にも満たない内に切なげな微笑が咲いた。
「大切だから……かな」
そこに込められた確かな愛情の波動に私は赤面で閉口するしかできなかった。
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どうしようどうしようどうしよう……!!
こみ上げてくるのは血液が沸騰するような熱さ。耳の奥で心臓がどくどく早鐘を鳴らしてウルサイ。視界が潤んで何だかダンデが一層キラキラと輝いて見える。これって、もしかして―――!?
自身に訪れた芽生えの予兆に私がブルブル震えていると、横からガシっと手首を掴まれた。呆けたままそちらを向く。そのまま「ヒッ」と短く息を呑んだ。桃色気分が一瞬で正気に戻ったそこには、極寒の空気を纏った冷笑のシルビアが立っていて私の手首と繋がっている。反対側には青ざめた――ように見える――ダンデが繋がれていた。
「気に入らないわ」
冷ややかな笑みから零れた一言はどこか弾む様に愉しそうなのに冴え冴えと冷たい。ニコニコと威圧されて周囲の息がウっと詰まった。
「ねぇ、ダン? これはちょっと無しだと思うの」
何が彼女の逆鱗に触れたのかわからない。シルヴィーは凄みを増してダンデに笑顔を向けた。ダンデは青い笑顔で固まってダラダラと冷や汗を流している。
シルヴィーが微笑を湛えたまますぅっと息を吸い込んた。
「ついて来たら抹殺する!!」
表情と全く結び付かないドスのきいた怒声を放つとシルヴィーが物凄い剣幕で駆けだした。……私たちを繋いだままで。
必然私もたたらを踏みつつ一緒に駆けだす。取り残された男たちが唖然と間抜け面のままで固まっているのを置き去りにして、グイグイと力強く引かれた手首が千切れないように私は必死で脚を動かした。
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呼吸が苦しくなるくらい駆けた所で私の手首はペイっとぞんざいに開放された。文句を言いたくても喘鳴が許してくれない。私は一生懸命息を吸い込んだ。
「私、まだるっこしいことは嫌いなの」
膝に手を付き中腰で息を整える私の眼前に対峙する二人がいた。
腕を組み、悪の女王然と相手を睥睨するシルヴィーと、掴まれていたのだろう手首を撫で擦りながら軽薄な苦笑を浮かべた優男。ダンデの何とも様になった風体に私の周囲の酸素濃度が下がる。ただでさえ息苦しいのにトキメキがトドメを差しに来た。私、空気不足で死ぬかもしれない。
ゼハゼハと滑稽な私をよそに緊張漂うシルビア。
「さあ、洗いざらい吐いて貰うわよ、ダン」
あくまで静かにシルヴィーが追及する。ダンデは頬をかきながら困ったように笑う。私は状況についていけなくてそんな二人をただただ見つめた。
「その前に、正体を明かして貰うわ」
「ええ~、本気?」
ダンデが小さく非難するのに耳を貸さず、シルヴィーがジロリと私を睨めつけて身が竦む。漸く息が整い出したのに別種の動悸がこみ上げてきた。こ、怖い……。
「あの……正体を明かすって……?」
それでもおずおずと私が訪ねれば、浮気を糾弾する恐妻のような視線をシルビアがダンデに浴びせた。
ダンデは怯む事もなく「う~ん……」と暢気に唸っている。チラリ、私と視線を合わせるとダンデが姿勢を正した。
「どうしても、言わなきゃダメ?」
ダンデがシルビアに可愛らしくおねだりしている。
「そうしなさいと私の勘が大暴れしてるわ」
「そりゃ大変だ」
クックとダンデが笑っているが、私には全く意味が解らない。というか、二人の世界を見せつけないで欲しい。泣いちゃうわよ?
「まぁ、詳しく説明しなきゃだし、それもアリ……かな」
そう言って吹っ切る様な嘆息を漏らすと、ダンデが私を真っすぐ見据えてそれはそれは妖艶に微笑んだ。
―――パサリ。
何かが彼の足元に落ちたのを私の目が反射的に追いかける。理解の追い付かないまま再びダンデの顔に視線を戻して……
―――――私の瞳は、開ける限りいっぱいに大きな大きな皿になった。




