レオーネ
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レイモンドの気遣いを受けてステラが躊躇いがちに口を開いた。
「……あのね、ほら、私って庶民じゃない? 沢山の人に助けられてここにいるわけなんだけど、全部頼りっぱなしってのも辛いでしょ?」
伏目にぽそりとステラが落す呟きをレイが丁寧に受け止めて相槌を打っている。それで少し安心したのか、僅かにステラの声量が上がった。
「ハルマの家で働かせてもらってお給金も頂いてるんだけど、全然間に合いそうにないんだよね……」
「よくわからない。何の話よ?」
「シルヴィーには一生縁の無い話よ」
チラリとステラがシルビアへと視線を上げ、すぐに自嘲で目線を伏せる。シルビアが癇癪を起こす前にレイが二人の視線を遮るように身体の位置をずらした。私もすかさず援護射撃でシルビアに向かって口の前に人差し指を立てると、シルビアがフンっと鼻を鳴らして一歩下がった。……頬っぺたが膨らんでいるけど、耳はステラの方を向いている。どうやら最後までステラの話を聞く気はあるらしい。よくできましたとシルビアの肩を軽く叩いて、私も近くの壁に背中を預けた。
(姫さん)
くぐもった声が私に呼び掛ける。私はステラの話に集中しているように見せつつ後ろに意識を向けた。
(なぁに、師匠? 珍しい……。気付かれたくないから手短にね)
(え~! 折角ステラ嬢の情報持ってきてやったのに、姫さん冷たくねぇ?)
(流石師匠! 頼りになる~!! で、どんな話?)
(うっわ、現金……。ま、それでこそ姫さん)
忍び笑いを漏らしながらソウガが続ける。
(どうやらステラ嬢は金策に頭を悩ませてるみたいだぜ)
(金策? 何で……? だって彼女、今イースンが全面的に面倒みてるでしょ?)
(そゆとこ姫さんもお嬢様だよな、やっぱ。普段しっかりしてるから忘れがちだけど)
(からかわないで)
(褒めてんだよ)
楽しそうにソウガがくつくつ笑っているが、これは完全にからかって面白がっている時の声だ。私はムッとなるのを堪えてちょっと声音を低くした。
(で、要点は?)
(悪かったって姫さん、へそ曲げるなよ~。可愛い顔が台無しだぜ?)
(……見えてないくせによく言うわ)
(俺は姫さんの事なら何でもわかるの~)
(語尾伸ばさない!)
(へいへい。――で、ステラ嬢の続きだけど。最近、学園行事について色々調べていてな。同時に書き付けしてたからこっそり拝見させて貰った)
(学園行事?)
(そ。流石貴族学園だよな~、華やかなイベントの多いこって。そりゃ、庶民の嬢ちゃんには荷が勝ちすぎるよな……。――彼女のメモには今後必要なものや、それに伴って予想される出費なんかが書き散らしてあった。それをどうしたらイースン家に迷惑をかけず、自力で準備できるのかを模索してたようだ。沢山の矢印とか二重線で消した案とか、びっしりだったぜ)
師匠の声を後ろに聞きながら、ステラの方に意識を向けると、ちょうどソウガの話と重なる様にステラが零していた。
「沢山の借りを返すにしても、増やし続けていたらどうしようもないでしょう? 私の家は貧乏だし、今の私のお給金じゃ、パーティーのドレスを買ったらあっという間に貯金も尽きそうなの」
「だから気にすんなって。必要なもんはうちで用意する。姉貴も言うてたやろ?」
「気にするのよっ!!」
何度もしている問答なのか、呆れた調子のハルマにステラが吠えた。
「あんたは本物のお坊ちゃんだから良いわよ! でもね、私はただの庶民なの。貴族学園の特待生になったから限定的に貴族扱いになってるけど、普通に暮らす分にはドレスも宝石も要らない。ハルマのとこで侍女の真似事をしてるお陰で、仕立てるための相場を知ったの。……数字を見て飛び上がったわ。そんな大金をよ? 必要経費以上にホイホイ贈られたら困るの!! 綺麗なものも可愛いのも大好きだけど、それとこれとは別。分不相応な施しに手放しで喜べるほど、もう私は幼くない。私はこれから先自立して貴族の世界とも関わっていくんだから、学生の今から自分で何とかする術を身につけたいの。……だけど、どうしたらいいのか分からなくて」
「考え過ぎじゃない? 貰えるものは笑顔で受け取るほうが相手も喜ぶでしょう?」
心底不思議そうにシルビアが眉を寄せる。ステラの悩みそのものが理解できないのだ。
「住む次元が違い過ぎて、手放しで喜べないのよ……」
「あ~~、解るわそれ」
うんうんと頷くレイに注目が集まった。
「俺も、男爵子息らしくって色々やらされたから、常識の違いに慣れるの苦労したもんな。作法なんかはそういう世界だからって割り切れたけど、金銭感覚はどうしようもないよなぁ……」
「解ってくれる!?」
「ああ。だって俺、未だに半分庶民だと思ってるし。うちはその垣根も低いからな。それにしても、ステラは何でもっと稼ぎたいんだ?」
「色々調べてザっと計算したんだけど、この学校、お金がかかりすぎよ! 学費は特待生特典で免除されてるのが救いね。……ノーサル様の支援金もイースン家の心遣いも、手元に蓄えとしてあるけれど、私にとっては借金だわ。これまでに受けた恩が大きすぎてこれ以上を無償で受け取るなんてできないのよ。自分で賄えるなら何とかしたいの。もう十分に働ける年齢なんだから、少しずつでも返していきたい……」
「なるほどね」
壁に背をもたれたまま、腕を組んで静かに話を聞いてきたダンデが不意に発言したことで皆の注目が移った。私はその視線を浴びながらニッと笑う。
「そんなステラに朗報があるよ」
そう言って人差し指と中指に挟んだ封書を顔の前に翳した。こっそり師匠から渡して貰った空の封書だ。
「ステラ、レイ、君たちで商会を立ち上げてみない?」
「はぁ!?「ええっ!!?」」
驚く二人にお構いなしで私は続けた。
「ここにお嬢様の指示書があります」
「お嬢様って、ナターシャの?」
シルビアが興味津々に目を光らせたのに私は肯く。
「実はご婦人たちから、め…女神の雫の需要がとても高まっていてね。どうせなら街の人達にもお願いして大量生産するのを仕事にしちゃえばこの先の子どもたちの就職先にも出来るし、資金があれば施設の確保に商品開発の為の研究も出来て品質向上も狙えるからアリかなって。技術提供ってことで孤児院への寄付金を義務付けて、ベイン男爵の息子のレイが商会を取りまとめてくれないか。……だってさ」
「……ナターシャ嬢の……指名?……お、俺に?」
「『頼りにしてます』って」
「やりますっっ!!!!!!!」
わなわなと震えたレイが喰い気味に承諾した。あまりの剣幕に若干怯んでいると、
「私は? どうして……?」
不安気にステラが問うた。
「うん。お嬢様はね、出来るだけ庶民の気持ちが分かる人に任せたいんだ。だから、商会長をレイモンドにして、副会長をステラ、君がやってくれない?」
私はゆっくりステラに近づいて手を取り、自分の両手でステラの手を柔らかく包み込んだ。
「ステラが大変なのは分かった。何とかしたいって気持ちも。だから応援したくなったんだ。伯爵邸での仕事もあって大変だろうけど、商会が軌道に乗れば君の為にもなるでしょう? ステラなら頑張れると思うんだ。お嬢様もきっとそうして欲しいって言うと思う」
「ナターシャが……」
「うん。ステラなら出来るよ」
ギュッと手に力をこめれば「ひぁっ!?」と叫んだステラが真っ赤になった。すかさず手刀で私たちを切り離したハルマが低く呻く。
「胡散臭い。ホンマにナターシャちゃんが言うたんか?」
「僕は指示書を読んで提案しただけ。疑うなら学校でお嬢様の真意でも何でも聞けばいいじゃない」
肩を竦めて返すとケッと悪態を吐かれた。解せぬ。
―――こうして何とか誘導に成功した私は見事、商会『レオーネ』を発足させた。
予約の日付を間違えていた件。算数をやり直してきます……




